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噂の番号

 深夜、静まり返ったワンルーム。

 パソコンのモニターの光だけが、部屋の中を淡く照らしていた。

 フリーライターの榊原麻衣は、締切が迫った記事の原稿と格闘していた。

 テーマは「現代の都市伝説」。

 山のようにある噂の中から、信憑性や資料などを調べながら、真偽を確かめていく仕事だ。

 だが、今日書くはずの題材は、どうにも資料が見つからなかった。


『電話帳に載っていない番号に、真夜中に絶対かけてはいけない』


 ネットの書き込みの噂では、深夜一時十三分にだけつながる番号があるという。

 「かけちゃいけない」というだけで、理由は語られていない。

(子どもじみた作り話よね)

 そう思いながらも、麻衣は心のどこかに引っかかりを感じていた。

 手元の資料を広げ、唯一見つかった情報を読み返す。


『かけたらね、出ちゃうの。でも、絶対に名前を言っちゃだめ。名前を言わせられたら、その人もう戻れないよ』


 書き込みの投稿日は五年前、投稿者はその後アカウントごと消えていた。

(オカルトマニアの悪ふざけか……)

 壁の時計をちらりと見る。

 針は一時十分を指していた。

 麻衣は思わず笑った。

「タイミングよすぎるでしょ」

 だけど、手は勝手にスマホを持ち上げていた。

 噂の番号を打ち込む。


 090-13000-00013


(くだらない……)

 通話ボタンに指をかける。

 鼓動が速まる。

 呼出音が鳴ることなく、通話が開始された。

 耳には無音だけが流れ込んできた。

「……」

 失敗かと思った瞬間、スマホから、かすかな音が聞こえた。

 ザザ……ザ……

 遠くで風が吹いているような音。

 その奥で、かすれた声が混じった。

『……こえますか』

 思わず息を呑んだ。

 男とも女ともつかない声。

 湿った、低い響き。

「どなたですか」

 言った瞬間、後悔が背筋を走った。

 声が少し近づく。

『あなたのなまえを、おしえてください』

 心臓が跳ねた。

(まずい……)

 切ろうとしたその時、声は少し笑ったように聞こえた。


『……もうしってますけどね』


「は?」

『あなたのこと、ずっとみてましたから』

 ぞわりと寒気が走る。

 どうしてか、部屋の空気が突然冷たくなった気がした。

「誰なんですか」

 返事はなかった。

 風の音だけが続く。

 そして、ガリ……ガリ……という、爪で何かをひっかく音が聞こえた。

 背筋が凍った。

 音は遠くではなく、すぐ近くから聞こえていた。

 麻衣はゆっくり顔を上げた。

 部屋のドア。

 玄関の扉の向こうから。


 ガリ……ガリ……ガリ……


 スマホの向こうの声が囁く。

『いま、あなたのいえのまえです』

「嘘……」

『ねえ、あけてくださいよ。そのほうが、はやい』

 麻衣は通話を切った。

 スマホを投げ捨てるようにして、部屋の隅に駆け寄った。

 息が苦しい。

 背中に汗が流れる。

 その時。

 スマホが勝手に点灯し、通話が再開された。


 発信中:非通知


「なんで……」

 出なくても、向こうの声が聞こえていた。

『どうしてにげるの』

 玄関の前の音が止まった。


 静寂。


 次の瞬間、コン、コンと玄関の扉が軽くノックされた。

『あけて、まいさん』

 心臓が止まりそうになった。

(どうして名前を?)

『まいさん』

(電話で……言ってない……)

 麻衣は震える声で叫んだ。

「帰って!!」

 すると、声は笑った。

『もうとおいですよ』

「……え?」

『あなたは、もうここにいない』

 視界が一瞬ぐらりと傾いた。

 まぶたが重くなる。


 気づけば、麻衣は見知らぬ廊下に倒れていた。

 照明はほとんど壊れ、長く続く暗い通路。

 携帯の画面が勝手に灯り、表示が浮かぶ。


『ようこそ』


 遠くで、誰かが笑った。

『ねえ、名前をよんであげますよ』

 暗闇の奥から、ゆっくりと足音が近づいてきた。

『まい、まい、まい、まい……』

 声は四方から響いていた。

 逃げ場は、どこにもなかった。

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