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月曜の会議室

 春に入社したばかりの佐伯さえき(すぐる)は地方支店の営業課に配属されて三ヶ月が過ぎた。

 毎日、決まりきった仕事と、終わらない残業。

 営業成績は上がらず、上司の叱責ばかりが増えていく。


 月曜日の朝、支店長の 倉科(くらしな)から突然言われた。

「新人を対象に、特別会議を行う。夜八時、第五会議室に来い。時間厳守だ」

 理由も告げられないまま、紙の招集状だけが渡された。

 そこには太い赤字でこう書かれていた。


『遅刻厳禁 途中退出禁止』


(何だよ、これ)

 しかし、逆らえる立場ではない。

 佐伯は息を飲んでうなずいた。


 夜八時。

 第五会議室の前は異様な静けさに包まれていた。

 蛍光灯のちらつく廊下。

 会議室のドアはすでに半分開いており、中からは冷たい風のような空気が流れてくる。

 佐伯がそっと中を覗くと、六人の新人社員が同じように黙って椅子に座っていた。

 誰も喋らない。

 目も、合わせない。

「遅いぞ、佐伯くん」

 背後から声がした。

 倉科支店長が立っていた。

 支店長の顔は、いつもよりずっと白く、血の気を失っていた。

「全員そろったな。始めよう」

 扉が自動的に閉まり、

 カチリ、と鍵の音がした。

 佐伯は、背筋を氷で撫でられたような感覚に襲われた。



 会議室の中央に置かれたテーブル。

 その上に、分厚い封筒がひとつ。

「この支店には伝統がある」

 倉科が封筒を指先で弾いた。

「新人には、一人ずつ、証明してもらう」

「証明……?」

「会社への忠誠心だ。ここで続けていく覚悟だ」

 倉科は封筒を開け、中から数枚の写真を取り出した。

 新人社員たちは息を呑んだ。

 写真には、かつての社員と思われる人物が写っていた。

 首から上が写っていない。

(なんで……?)

 誰かが小さくつぶやいた。

 倉科は微笑んだ。

 その笑いは、目だけが異常に光り、まるで人間ではなかった。

「これは脱落者たちだ」

 静まり返る空気の中で、時計の秒針だけが響く。



「いいか。この会社は、人材を簡単には捨てない。その代わりに、捧げてもらう」

 倉科はゆっくりと手帳を広げた。

「順番は、入社番号順だ」

 手帳に記された名前が読み上げられるたび、

 新人たちの顔は青ざめていった。

「第一会議室に移動しろ」

 別の社員が扉を開け、名前を呼ばれた新人が一人、連れて行かれた。

 扉が閉まる音のあと、どこか遠くから、金属を削るような音と、短い悲鳴。

 残された者は震え上がった。

 次の名前が読み上げられ、また一人が消えていく。

 佐伯の心臓は、破裂しそうに脈打った。

(逃げるしかない……)

 立ち上がろうとした瞬間、倉科が静かに言った。

「逃げるな。カメラが見ている」

 会議室の四隅に黒いレンズが、こちらを向いていた。

 足が石のように重くなった。



 ついに佐伯の名前が呼ばれた。

 重い足を引きずりながら、第一会議室の扉が開いた。

 そこには、大きな会議テーブルと、中央に置かれた古い契約書の束。

「読め」

 奥に座っていたのは、支社の役員たち。

 どの顔も、生気を失った死人のように青白い。

 佐伯は契約書をめくった。

 そこには、見慣れた文章と共に

「身体の一部を保証金として差し出す」

 と書かれていた。

「サインしろ」

「……嫌です」

 佐伯は震える声で言った。

 役員たちの目が一斉に向けられる。

 その瞬間、照明が明滅し、会議室全体が低いうなり声をあげ始めた。

 壁がどす黒い液体を流し、床が脈打つように揺れた。

(ここは……生きているのか?)

「この会社を裏切る者は、ここに喰われる」

 倉科の声が、どこからともなく響く。

 契約書が勝手に開き、ペンが佐伯の手に強く押しつけられた。

(死ぬ……!)

 そのとき、会議室の外で、ドアノブを回す音が聞こえた。

「やめろ!!」

 残された新人のひとりが、火災用の消火器を持ってドアを叩き壊しに来ていた。

 ガラスが砕け、空気が一気に流れ込む。

 闇のようだった部屋の影が一斉に揺れ、役員の姿が霧のように崩れ始めた。

「逃げろ!!」

 佐伯は全力で走った。

 廊下を駆け抜け、階段を踏み外しそうになりながら出口へ向かう。

 背後から、無数の足音と低いうなり声が追ってくる。

 外の空気が近づいた瞬間、

「次は火曜日、第二会議室だ」

 倉科の声が、耳元ではっきり聞こえた。

 振り返ると、ガラス扉の向こう側で倉科が笑っていた。


 その顔は、もう人間ではなかった。



 次の日の朝。

 会社は、何事もなかったかのように始業した。

 昨日一緒にいた新人たちの席は、「欠勤」とだけ張り紙が貼られていた。

 誰も理由を聞かない。

 誰も疑わない。

 佐伯は机に座り、震える手で書類をめくった。

 書類の上に、茶色い封筒が静かに置かれていた。

 赤い文字で書かれている。


『火曜日 第二会議室 時間厳守』


 震える手で封筒を開くと、白い紙に短いメッセージが書かれていた。


『途中退出禁止』


 ひどく冷たい風が、その文字をなぞった。

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