-9-
ズルズルとその場に座り込む。
昼間より体が重くなった気がした。
無性に祐也に会いたくなる
恋しくなる
真明の言葉が…まるで自分の事を言っているようで胸が痛い。
「…っつ」
自然と頬に涙が伝う
何がなんだか混乱していた。
どうすれば良いのか…
自分の気持ちの整理がつかない…
優しい真明の言葉にリンクする自分の気持ち
見えない祐也の心に、どうしようもないんだと納得させようとする自分がいて…
「…なんっ…なんだよっ」
誰に対してでもなく毒を吐く
何かを言葉にしなければ、重くなって行く気持ちに耐え切れなくなってしまいそうで
その時、部屋の鍵が開く音がした。
(祐也…!)
バイトが終わったのだろう。
部屋の扉が開く。
「ミヤ?」
間接照明だけが照らす部屋に、祐也が呼びかける。
「ミヤ?…って、お前…どうしたんだよ!」
まだ座り込んでる俺を見つけ、祐也は駆け寄って来た。
「具合でも悪いのか?」
「ゆう…やっ」
泣けば変に思われる
余計な心配をかける
分かってはいても、流れる涙は止まってはくれない
「わり…っ」
裕也から顔を逸らす。
泣いてるのはバレているが、それでも見られるのは気持ちが良いものではない。
「何かあったのか?」
心配そうに祐也は俺の前に屈む。
俺の顔を覗き込もうとする祐也から、逃れたかった。
「…ミヤ?」
「ごめん。ちょっと情緒不安定…」
なんとか心配かけまいとするが、祐也は俺の前からは去ってくれない。
それどころか…
「……具合も悪いんだろ?」
「え?」
「今朝、顔色悪かったしな」
「…気付いてた?」
俺は思わず顔を上げた。
気付かれてないと思ったのに…
彼には気付かれていた…
「そりゃ、気付くだろ。何年の付き合いだと思ってんだ。でもそれだけじゃないんだろ?何があった?」
「何も…」
「嘘つくなよ」
「……」
時々、こいつは何もかも見透かしているんじゃないかと思ってしまう。
間接照明の薄暗い灯りの中、至近距離にいる祐也の表情は、この間見た時と同じ辛そうな…何かを堪える顔。
心配かけているのは俺なのに…
不謹慎にも、その顔をキレイだと思ってしまった。
灯りに透ける茶色の髪も、整った目鼻立ちも…
全部、俺のものだったら良いのに…
「………」
俺は無言のまま、祐也の頬に手を伸ばす。
そのまま顔にかかった髪をかき上げる。
サラリとした感触が気持ちよい。
「ミヤ?」
「ごめん。祐也」
俺は祐也から手を離し、自分の頭を掻き毟った。
「何でも、ないんだ。さっきさ、真明から電話があって…」
「真明から?何であいつがお前の携帯知ってるんだよ」
「シゲから聞いたんだって。お前に話したかったらしいんだけど、繋がらないって」
苦笑しながら祐也を見上げる。
「着信、気付かなかったのか?」
「気付いたけど折り返さなかっただけ」
「あのな、折り返せよ。だから俺のとこに皆伝言頼むんだろ」
…本当に、周囲に無関心だな。
言葉に出さず、思う。
「彼女に電話してやれよ。何か話あるんだってよ」
「…それが伝言か?」
「そう。俺が窓口になってやったんだよ」
「それだけで…お前こんなになってんのかよ」
今度は祐也の手が俺の頬に触れる。
ようやく止まった涙の跡をなぞるように指を這わす。
「それだけじゃないだろ?あいつに何言われたんだよ」
問いただす祐也の口調に、わずかに怒気が含まれているのは気のせいだろうか。
頬に触れられた手は、そのままに…
ただ、祐也の視線だけが鋭くなる。
いつもなら納得して引き下がるのに、今日は何か様子がおかしい。
「言えよ」
有無を言わさない。
「言えよ。ミヤ」
「………真明に…一緒に出かけようって言われた」
(何を正直に話しているんだろう)
詳しく話すような内容じゃない。
けれど、今の祐也には話さなければいけない気がして…
「俺に興味があるって。一目ぼれだってさ…」
「…なんだって?」
一層険しくなる表情
そりゃそうだろう…
女付き合いが派手なこいつにしたら、男が男に恋愛するなんて想像できないのかもしれない
けれど、それは俺の気持ちを拒絶したのと同じ事…
だから自分で予防線を張る
「笑っちゃうよな…。俺、女に見えないんだぜ?なのに…惚れたなんてさ。しかもどこが良いんだかさっぱりだよ。第一印象だって良いとは思わないし…」
「………」
「だからさ、ちょっと混乱しちゃっただけ。少し体調も良くなかったしさ…。それで情緒不安定になっただけだから…。ほんっと、心配する必要ないんだ」
(だから…もう、そんなに心配そうな顔するなよ)
俺は祐也の顔を見たくなくて、少しづつ俯く。
しかし、祐也の手がそれを許さなかった。
頬に添えられていた手は、俺の顎にかかり顔を持ち上げられる。
「……!ゆう…や?」
祐也と目が合う。
その目に俺は恐怖を覚えた。
「ゆうっ…や!」
「ふざけんなよ?」
「……え?」
聞いたこともない程、低い声。
明らかに怒りの感情を露にした瞳。
「ふざけんなって言ったんだ。何が一緒に出かけよう、だ。一目ぼれだと?ムカつくんだよ。何なんだよ、それ」
「…祐也…?」
こいつが何に対して怒っているのか分からずただ戸惑うだけ。
「断ったんだろうな?ミヤ」
「…え?」
「その誘いだよ。断ったんだろうな?」
「いや…その…なんだか俺…混乱しちゃって…でも…OKは…した」
まさか、その時は告白されるとは思わなかったから。
ただ、友人として遊びに行くだけかと思っていた。
しかし、その瞬間、俺は祐也に襟首を締め上げられた。
「…っ!!!ゆう…やっ…ちょっ」
「お前もあいつの事好きなのかよ。だからOKしたのか?」
「…やっ…ちがっ…待て…よ、祐也っ」
苦しくて上手く喋れない
「何が違うんだよ。好きだって言われて…二人で出かける約束して…何が違うんだか言ってみろよ」
祐也の手に、力が篭る。
「それとも、欲求不満か?男でも良いって…あいつに優しく言われたから、それでも良いってことか?」
「…ちがっ…って…離せ……よっ」
俺は首元にある祐也の手を掴み、そして力いっぱい引き剥がした。
「げほっ………つっ…ってぇな…」
ようやく酸素が入り込む感じに、俺は肩で呼吸する。
しかし、祐也にはそんな事はどうでもいいらしい。
「ミヤ、どういうつもりか言えよ」
「どういうって…どうもしねぇよ。OKしたのは告られる前だ。ダチと出かけるのに、断る理由なんかねぇだろ!」
「じゃあ、告られた後だったらどうなんだよ」
俺の反論に、ようやく冷静に人の話を聞く気になったらしい。
「告られた後の誘いなら断ったよ。お前みたいに、好きだって言われて誰彼付き合う気はないからな」
「じゃあ、きっちりと断わっておけよ?」
「…そのつもりだよ。大体なんだよ。…お前がそんなに怒り狂うことじゃねぇだろ」
今度は俺がにらみつける。
祐也の鋭い眼光に負けそうになるから…
「お前だって、あちこち遊び歩いてるじゃねえか。何が違うんだよ」
「バカか、お前は。いい加減、俺だって限界なんだよ」
「…バカって…あのなっ。何が限界だよ。俺が殺されかけた理由になんのかよ」
今まで見たことない程、冷静さを欠いた祐也。
一体なのがそれ程までにこいつを駆り立てたのか検討もつかない。
「四年間、キスだけなんて、俺もなかなか純情だろってことだよ」
そう言って、今度は祐也が脱力したように座り込み、なんとも情けないような…全く違う顔を見せる。
「は?純情?」
「いい加減気付よ?戯れに四年間キスだけしてたと本気で思うか?下心くらいあるぞ」
祐也の視線が柔らかくなる。
「そろそろ限界だ。いつまでもキスだけで満足出来る男じゃないからな」
少し自嘲気味に笑う祐也を俺は見たことがない。
一体……こいつは何を言ってるんだ?
四年間キスだけの関係って…
それ………
「俺とのこと…言ってるのか?」
間抜けだと、自分でも思う。
それでも、俺の自惚れかもしれない不安がある。
「お前は俺に四年間付き合いが続いてる人間を他に知ってるのか?」
からかうような口調に、何かを吹っ切れた感じを受け取る。
俺は思わず首を横に振った。
大概、女と別れると何か言ってきたり、家にいるようになる。
新しく彼女が出来ると朝帰りが多くなったりする。
なんとも分かりやすい行動なので、祐也の付き合っている期間は大体把握していた。
四年間…付き合いが続いている彼女なんて聞いたことは無い。
「なぁ、ミヤ…そろそろ良いだろ?」
「な…にが?」
「キスの意味…はっきりさせようぜ」
そう言って、祐也は俺に口付ける
いつものように軽く…
しかし、それは何度も降ってくる
額に…頬に…瞼に…
「ミヤ…お前はどうなんだよ」
「俺は…」
”はっきりさせよう”
それは、俺の気持ちを言っても大丈夫なのだろうか
伝えても、それでもなお…こいつは隣にいてくれるだろうか
不安が無いわけではない…
でも、俺もはっきりさせたいのは本音。
何か答えが見つかるのなら…
たとえ…別れでも…
「俺は、四年間…気持ちのないキスをするような人間じゃない」
「ミヤ…」
「俺だって男だよ。下心くらいある」
祐也の言葉を借りて言う。
そして、今度は俺から祐也に口付けた。
よもや、俺からキスされるなんて思ってなかったんだろう。
呆然とする祐也に、思わず笑いがこみ上げた。
「びっくりしすぎだろ、祐也」
「おまっ…そりゃ、びっくりするだろうが!」
笑われたのが恥ずかしかったのか、祐也は薄暗い中でも赤くなっているのが分かる。
だけど、これで分かった。
祐也はこの先も一緒にいてくれる
きっと俺たちの気持ちは同じだったんだ
「ミヤ!いつまで笑ってんだよ」
「だって…あ~…おかしい……」
「あのな、笑うとこじゃねぇだろ」
呆れた声がするけど、笑いは止まらなかった。
そりゃそうだろ?
今までどれだけ不安だったか。
どれだけ自分の気持ちを押さえ込んでいたか…。
それが、受け入れられたって分かったらテンションもあがるだろ?
きっと、気が抜けたんだ。
安心したら、余計に笑いが止まらなくなる。
「ミヤ~…おーまーえーなぁぁ」
「ごめん、ごめん」
ようやく笑いを抑えた俺は、ふぅっと一息つく。
そして改めて祐也を見た。
「…祐也、ありがとう」
「ん?なんだよ、いきなり」
「なんとなく、言いたくなっただけ」
「変なヤツ」
それだけ言うと祐也は立ち上がり部屋の電気をつける。
床に放置された俺の携帯と、帰宅してそのままになっていた祐也のカバンをテーブルの上に上げ、俺の腕を掴むと立ち上がらせた。
「体調は?」
「少し…疲れただけ。明日休みだし」
「ならいいけどよ」
祐也は俺を椅子に座らせると、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、こっちへよこす。
「飲めよ」
「ん、サンキュ」
「おう。それからミヤ、真明に明日にでも断りの電話しておけよ」
「分かってるよ」
そこは念入りに言う。
なんとなく、嬉しい。
だけど、彼は更に嬉しい言葉をくれた
「後な…真明に"ミヤちゃん"って呼ばせるの止めさせろ」
「別にいいけど…なんでだよ?」
別に呼ばれる名なんて、何でも良い気がするのに…
「ミヤって呼ぶのは俺だけにしておけ」
「え?」
「高校の時から…これからもずっとだ。俺だけが呼ぶお前の名前だろ?」
(なんだ…)
もうずっと…こいつは俺を特別視していたんだ…
それは気付かない程些細なものだけれど、きっとこいつにとっては大切な事。
「そう、だな」
「俺も美結に明日電話するし」
「…珍しいな、お前が電話するの」
「まぁな。だけどもう、"彼女"は必要ないからな」
祐也が笑って言う。
「たまには俺から別れ話だ」
「だな」
俺も一緒に微笑む。
今までと変わらない会話。
それでも、確かに違うものがそこにあった…
ひとまず落ち着きました。
ラスト1話で終了です。