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重い体を引きずりながら、それでも祐也と大学へ行った。
とりあえず出席だけはしておこう、と思ったから。
「ミヤちゃん!」
連絡用の掲示板で休講などの確認をしていると、いきなり聞き慣れない呼び名で呼ばれた。
俺をミヤと呼ぶのは祐也だけで、まして『ちゃん』付けで呼ばれたことなんてない。
「…誰だ?」
身体のダルさから声が不機嫌にはなるが、それでも返事をする。
当然隣にいた祐也も声のする方へ振り返った。
「ミヤちゃん、昼過ぎからなんだ?」
そう言って、手を振ってくるのは、確か昨日、祐也たちの飲み会にいた…
「"真明"くん?」
ほとんど印象に残ってなかったが、かろうじて記憶を辿る。
とは言ったものの、ちゃんと名前を名乗ったわけじゃないから仕方がない。
「あれ、名前知ってたんだ?」
彼は楽しそうに笑う。
「俺、山口真明。ここの英文科に通ってるんだ。鴨井に聞いてない?」
「いや…昨日の話はあんま…」
「そ。シゲとは幼なじみなんだ。俺のが一つ上だけどね」
「じゃあ三回生?」
「うん。よろしく」
物腰柔らかな真明は、祐也とは逆の雰囲気だが女受けが良さそうな顔立ちをしていた。
身長も高い。
なんとなく落ち着いた風貌は、俺と一つしか違うとは思えなかった。
二つ・三つ違ってもおかしくはない気もする。
そんな事をぼんやりと俺は思いながら、山口真明サンを見上げていた。
「鴨井、昨夜…美結ちゃん怒ってたぞ」
真明サンは俺の視線にはチラリと笑みを返し、祐也に話しかける。
「宥めるの大変だったんだからな。もう少し穏便にすませられないのかい?」
「…悪かったな」
裕也は口ではそう言うが…
きっと悪いなんて思ってない。
長い付き合いで分かる。
後に残された人間が、ややこしいことを背負うだけなのだ。
「フォローしておけよ?」
真明サンはそう言うが、祐也の反応はイマイチ。
面倒だとでも思っているのだろう。
その空気を真明サンは感じ取ったらしい。
「じゃあ、そういう事だから。ミヤちゃん、またね」
彼は祐也の態度を深く言及するわけでもなく、爽やかに去っていった。
…しかし…どうにかならないものか…
俺は思わず深いため息をついた。
隣の祐也からの不機嫌オーラが痛い。
自業自得だってのに…
真明サンに感謝こそしても、ここはヤツがキレる場ではない。
「祐也、真明…さんの言うとおり、フォローしておけよ?」
一応諌めてみる。
「いらねぇよ」
あっさり切り捨てられる
「あのなぁ…彼女に振られるぞ」
「別に。どうでもいい」
まただ…
執着が無いのは構わないが、こうやって誠意すら見せないのはどうなんだ。
いざこざ起こさず、よくここまできたものだと思う。
いつか、殺傷事件でも起きるんじゃないのか?
「ったく…祐也、少しは大人になれよ?いつか、本気で誰かを好きになった時に困るのはお前だからな」
「そう…だな」
一瞬…祐也の瞳が淋しそうに伏せられる。
(……?)
それは見間違えかと思うほど一瞬だった。
次に見たときは、いつもの祐也で…
「授業、行くぞ」
そう言って教室に行ってしまった。
ぼんやりした頭で見た、一瞬の幻か…
長く一緒にいても、分からないこともある。
例えば、彼の中に起きている変化とか
例えば、自分の周囲を取り巻く人間関係とか
常に同じ事などなくて
ともすれば、きっと見逃してしまうような些細な変化が、もしかしたら祐也の中にもあるのかもしれない
ふと、祐也との距離を感じて俺は涙腺が緩みそうになった。