5. 声の導き
「この杯に手を添えて。マナを感じ取れるかい?ラファティナ。」
農作業の小休憩。ルフと小屋で二人きりになったとき、銀の杯を取り出された。
自分にしか出来ない初めての大仕事。
胸が高鳴った。
そっと杯に両手をかざす。それは見た目の通り冷たい。でもーーー
「これ……生きてる。マナが通ってるっていうより、生きてるっていった方が正しい。」
ルフが目を見開いた。
「神器が生きてる、だって?」
「うん。今は眠っているっていう表現が正しいのかな。でも、起こすことは出来ると思う。やってみてもいいのかな……?」
「あぁ、お願いできるかな。」
静かな気持ちで杯に向き直る。深呼吸をして、ゆったりと周囲のマナが杯に満ちあふれる場面を想像する。
最初はゆっくり、ゆっくり……
その波は徐々に大きな流れとなって杯をいっぱいにして、小屋の中を包み込んだ。
思わず制御できないと感じて目を開けると、ルフが苦しそうに蹲っていた。
「ルフ!」
杯から手を離そうとした瞬間、頭に響き渡るような声が聞こえた。
『私は、新たなる神を呼ぶ者。神となるものを創る者。私は導く。私は理。神を呼ぶ覚悟が決まったならば、私を高く掲げるがよい。』
その声が止まったとき、小屋の中を渦巻いていたマナが静まっていった。
杯は今は沈黙しているけれど、多少錆びていた外見は磨いたように周囲を反射していた。
「ラファティナ……杯は……」
ルフがゆっくりと起き上がる。
マナの奔流を受けたノーヴァの体は、私には分からないけれど、しんどいことがあるのだと思う。
「大丈夫。動いたみたい。ーーーねぇルフ。さっきの声、ルフには聞こえた?」
「声?」
聞こえていなかったんだ。
これは多分杯の声。
私が起こしたから?私にしか届かなかった声。
私はさっき起こったこと、聞こえた声をそのままにルフに伝えた。
「そうか、杯はそう言ったのか。伝承と一致する。」
「これで戦争は止められるのかな?」
「あぁ、きっとこれで。ようやく。ラファティナ、君のおかげだよ。」
「力になれて嬉しい……!ルフ、いつ神様を呼ぶの?」
「そうだね、もう少し情報を集める必要がある。この辺りでは、東の国と西の国の戦争がいよいよ本格的なものになろうとしているとのことだ。次に各軍がぶつかり合ったとき、その場で和睦のために、杯の力を使おう。」
とても大きな話をしているんだと思った。
これでうまくいく。神様が天界から下りてきて、戦争を止めてくれる。
「ルフ、お願いがあるの。神様を呼ぶときは、私も連れて行って。」
ルフは少し驚いた顔をした後に、お決まりの優しい笑顔で答えてくれた。
「いいよ、ラファティナ。ただし安全なところで見てるんだよ。」
「うん、分かった!」
まだ一度も会わぬ神に、顔も声も素性も分からぬ神に、私は、私たちはとても期待をしていた。
誰でもそう考えると思う。
伝承とは常をして、都合の悪い部分は語り継がれてはいないものだ。