4. 呼神の杯
「一体何が起こったんだ!?」
「説明しなさい、ラファティナ!」
兵士たちは捕縛できるだけ捕縛して、後は四方八方に逃げ去ったらしい。
幸いなことに駆けつけるのが早かったため、村の被害は最小限で済んだ。
ただ問題は、現状を説明することにある。謎の部外者、ルフの存在と、私の能力のことである。
「わ、私は……」
「私から説明することをお許し頂きたい。」
ルフが私の前に立ちはだかった。
村の誰よりも背の高い彼に、皆が圧倒される。
「だ、誰だお前は。ラファティナとどういう……」
「それについてもきちんと説明させて頂きたい。まずはこの大変な状況の中、さらに混乱を招くような自体になってしまい申し訳ない。私はただの旅の者だ。この少女には先ほど道案内でお世話になった。それだけの関係性だ。」
嘘だ。ルフは嘘をついた。
多分私を守るためなんだ。ルフは優しいから。
それでも、それが分かってても、胸がつきんと痛んだ。ルフから突き放されたような気がして。
「私の出身地では、里に徒なす者があるとき、祈祷により邪を払いのける対処法がある。そのうちのひとつを兵士達に行使したまでだ。私の見立てではこの村は先ほど非常に危ういところであった。違うのか?」
「えっ、ああ。それは、そうだが……」
村人達は顔を見合わす。
矢継ぎ早に説明と質問をされ、論点を少しずらされていることに気がついていないみたいだ。
「目の前で危ぶまれる罪なき者達を見捨てるほど薄情ではない。そこの少女の世話になった礼を返そうと思っただけだ。」
ざわざわと、村人達が意見を交わす。
「なぁ。もしかしてこの人は、本当にいい人なんじゃないか?」
「だとしたらこの村の恩人じゃないか。この人がいなきゃこの村はとっくに全滅だったぞ。」
「しかし、俺の目にはどうもラファティナが何かしたように見えたんだがな……。」
「そうだ、何かしたにしても、そんな怪しい力に頼るなんざ恐ろしくはないか?」
「もともと俺は目に見えん力なんか信じんぞ。」
ちら、とルフを見上げてみる。
ルフもかなり緊張しているみたいで顔を強ばらせたままだ。マナの流れも不規則だ。
当たり前なんだ。
この村に関わるメリットなんてルフにはひとつもないはず。私のために、矢面に立ってくれてるんだ。
私は何を勝手に傷ついてるんだろう。この優しくて強い人に、感謝をしなければ。
勝手に浮かんでくる涙をぐっと堪えた。
「何にせよ、あんたがいてくれたからこの村は助かった。ってことでいいな?みんな。」
お父さんの声に、少し納得のいってない人もいるみたいだけど、みんなが頷いた。
よかった……ありがとう、お父さん。
泣きそうな顔でお父さんの顔を見たら目が合って、お父さんはにかっと笑ってくれた。
「だとしたら恩人を追い出すわけにはいかないな。狭くてよかったら、うちにでも泊まってしばらくもてなしをさせてくれ。」
「狭いは余計だよ、あんた!」
どっと笑い声が起きる。
ふぅっと緊張していた肩が下りた。よかった。ルフにも迷惑がかからなくて済んだ。
もてなし、という言葉を聞いて「いや、そこまでして頂くのは……」と焦っていたルフだったが、
「うちの娘が危ないときに助けてくれたろう?そりゃあ私からもお礼くらいさせておくれよ。」
と、お母さんに言われて観念したみたいだった。
ルフが村に受け入れてもらえてよかった。
私は呑気にそんなことを考えていたんだけどーーー
夜中、こっそりとルフに呼び出された。
「ラファティナ、勝手に色々言ってしまってすまなかった。君には君の考えがあっただろうに。」
「そんなことないよ!私の力のことを隠そうとしてくれてありがとう。ルフこそ本当は人前に出てきちゃいけないんだよね。ごめんね。」
「いいんだ。君のためなら。」
ルフはそう言って、いつものようににっこりと微笑んでくれた。
そして少し真面目な顔になって、懐から磨かれていない銀色の杯を取り出した。
「ルフ、それは?」
「これは神器、≪呼神の杯≫(こしんのさかずき)と呼ばれるもの。我が一族ノーヴァに伝わるもので、この地に安寧を齎す万能なる神を呼ぶことが出来ると言われているんだ。いつの日かその力を失い、一族は力を取り戻す術を探していた。でも、君が敵に向かって力を解放したあのとき、この杯は確かに君の力に共鳴していた。これは凄いことなんだ。もしかしたら君が、この杯の力を呼び覚まして戦火を止めることができるかもしれない。」
「私が……?」
驚いて目を瞬かせた。
何の取り柄もない、私が?傷ついた人達を、この村を、みんなを、助けることが出来るかもしれない。
そう思うと胸の中から、ぶわっと熱いものがこみ上げてきた。
嬉しいーーー!こんな風に人から期待をされたのは初めてだった。
「ルフ、私が出来ることなら協力するから。私も戦争なんてやめてほしいって思ってるの。」
「ありがとう、優しいラファティナ。君がそう言ってくれて嬉しいよ。僕がこの地に来たのは、大地に導かれて君に出会うために違いない。」
ルフは本当に嬉しそうに私の顔に手を添えた。
マナで満たされた暖かな手が心地よい。
このときは何も考えていなかった。
私が出来る特別なことに酔いしれていたのかもしれない。
幸せであるはずの未来を、胸の中で確信していたのだった。