3. 掟を超えた者たち
それから私は度々ルフと出会った。
出会うたびに、ルフは私の知らない色んなことを教えてくれた。
「この世界にはね、4つの種族がいるんだよ。まずは人間。君たちだね。そして僕たちノーヴァ。この世界にはとても数が少ない種族なんだ。」
ノーヴァは【マルナ】という湖から生まれた、という伝承があるらしい。
【マルナ】は始まりの湖。母なる万物の源、と呼ばれているとルフは言った。
「そしてエルヴァン族。この種族もマナを見ることができる。ただ、僕らほどはマナを操ることができないんだ。白髪に青と赤をした左右非対称の目を持っているから、見た目はすぐに分かる。彼らは独自の杖を作って、マナを調整して自然と生きている特殊な種族なんだ。」
「素敵!自然と生きるなんて考え方があるんだね。エルヴァン族はどこにいるの?」
「実は人里から隠れるように、各地に住んでいるんだ。マナが豊富な森や渓谷にね。」
「じゃあ会うことは難しいんだ……。」
少し残念に思う。
私と同じようにマナを見ることができる種族。
もし話ができたらどんなに楽しいだろう。
「そうだね。でも絶対に会えないわけじゃない。ラファティナが生きていたら出会える可能性だってある。そのときはマナの話が存分にできるよ。」
励ますようにルフが言う。ルフは優しい。
孤独だった私の心に寄り添ってくれる。
ルフの話は私に勇気をくれる。
「最後にズォン族。ズォン族は人の耳のかわりに、狐のような耳が生えている、感覚の鋭い種族だ。彼らはマナを見ることはできないけど、なんとなく感覚で捉えることが出来るらしい。凄いよね。」
「わぁ、私たちが知らないだけで、そんな種族がいたんだ。ルフは他の種族とも、沢山お話ししたりするの?」
「いや、こうやって積極的に接触をしたのは君が初めてだ。ノーヴァの掟でね。世界中にいる種族にあまり関わらないようにすることで、均衡を保つようにって。」
ルフの笑顔は変わらないけど、私はそれに少し心がざわついた。
それを孤独と思うことはないのかな?
私には家族がいる。村のみんながいる。マナのことを話すことは出来ないけど、その他の沢山のことを聞いて話せる仲間がいる。
ルフはどうなんだろう。寂しくないのかな。
そんな私の心境を察してか、ルフは優しく私の頭をなでた。
「僕にとってはね、旅が出来ること自体が嬉しいことなんだ。例え他者と関わることがなくても、変わる景色、人々の営み、各地で違うマナの流れ。それらを観測することで、この胸が満たされてる。何より今は、君と出会えてこうやって会話が出来て、本当に楽しいよ。」
私こそ楽しい。
ルフの話は物語のような現実の話。
私の閉じた世界がどんどん膨らんでいく。
エルヴァン族やズォン族は、どんな人達なんだろう。会えるかな。私と仲良くしてくれるかな?
想像すると嬉しくて、表情に出ていたらしい。
ルフがニコニコして私を眺めていた。
思わず恥ずかしくなって顔を俯かせたそのときーーー
「襲撃者が出たぞーー!!!」
遠くで声がした。
顔が青ざめて体が硬直した。動けない。
安全だって言われてたのに……。
村が、村が襲われてしまう。私の、村が!!
「ラファティナ……君の村かい?」
震えながらこくんと頷いた。
ルフは少し考えた後、私を抱きかかえようとした。
「ル、ルフ!私行かなきゃ!みんなが、お父さんとお母さんが!」
「僕が代わりに行く。君は安全な場所にいるんだ。」
私は目を見開いた。
さっきルフは言っていた。ノーヴァは種族間の事柄に干渉しないと。これは真逆の行為の気がする。
「ルフ!その、ノーヴァの掟は……」
「目の前でマナを大きく乱すような行為、見過ごすことは出来ない。大地のマナを踏みにじり、戦火のマナで豊かさをかき消す。大丈夫。そこで待っているんだよ。」
そしてルフは人々の波に向かって走って行った。
本当にこれでいいの?
何も関係ないルフに、危険なことをすべてを預けて、私は安全な場所で?
こわい、こわい。体が震えてる。でも……!
私は奮い立った。私も戦わなきゃ。
例えみんなにこの力が知れ渡ったとしても。
例えどんなに変な目で見られたとしても。
関係ない。私の村なんだ。私が守らなきゃいけないんだ!
「ルフ!!」
「ラファティナ!?」
ルフの周りには、3人ほどの兵士が倒れていた。
多分ルフの力で倒されたんだろう。
「駄目だ、ラファティナ!下がっていて!」
「嫌!!大切な人達が傷つくのは見たくない!!ルフ、あなただって大切なの。」
「ラファティナ……。」
私は両手を広げて目を閉じ、集中した。
シュゥーーーと、周囲を渦巻いていた火がかき消えていくのを感じる。
「なんだ、あの娘。」
「しらねぇよ。とにあえず、捕まえとくか。」
向こうからかすかにお母さんが叫ぶ声が聞こえる。
私は静かにゆっくりと目を開いた。
目の前には兵士が二人。私は両手を前に向けて言った。
「大気よ、捕縛しなさい。」
その瞬間、兵士たちは腕を振り上げたままその場に転げた。
まるで身動きがとれない様に、他の兵士たちも動揺を隠せないでいる。
他の兵士たちも同じように捕縛しようと歩みを進めると、その力を不気味がったのか、兵士たちは散り散りに逃げだそうとした。
村のみんなたちはその様子をあっけにとられて見ていた。
ただ、ルフはそのとき懐にしまってあった杯に違和感を感じて取り出していた。
「神器が……呼神の杯が共鳴している……?」
ーーーそれが全ての始まりだった。