9. 邸宅
「こいつが【神を殺す短剣】か……。強烈なマナを感じるな。」
サティに短剣を持ってもらって、私たちはガランさんとクオルの部屋に集まった。
……といっても、ヴァルディとクオルは熟睡中。その場にいるのは、ガランさん、サティ、ネロと私。
ガランさんが慎重に短剣を手に取り、赤と青の目でしげしげと観察していた。
「どうでしょうか、ガランさん。この短剣を封印することは可能ですか?」
「ああ、やってみるよ。しかし、工房がないことにはどうにも出来ねぇ。」
短剣をかちゃり、とガランさんが置く。
その一挙一動にも体がざわつく思いがした。短剣の存在が恐ろしくて、思わず服の裾を掴んで握った。
「ティナ?」
心配そうにこちらを見るサティ。
「……その短剣、危険なものですけど、ガランさんが預かって頂くことはできますか?私が近くにいたら……その、また、制御が効かなくなるんじゃないかって……。」
前世で人の肉体を刺した感触が今も忘れられない。私の手は柄から離れなくて、気持ちの悪い感触がその柄の先から伝わってきて……。
頭がずきっと痛み、目を閉じた。
「ティナ、ティナ!しっかり。顔が真っ青だ。」
ネロの声が聞こえる。
ゆっくりと瞼を開けると、ネロに両肩を抱きかかえられ、皆の目線を集めていた。
私が息を整えていると、ガランさんが神妙な面持ちで口を開いた。
「ティナ、あんたがこの短剣で苦しんでいることはよく分かった。絶対にこいつは俺がなんとかしてやるから安心しろ。それと、封印を行うまで、俺が厳重に保管しておいてやる。誇り高きエルヴァンの職人の名において、約束するから。な。」
その言葉に涙が出そうなくらい安堵した。
「よろしくお願いします……。」
そう呟くと、サティが優しく手を握ってきた。
「ティナ、大丈夫。私達、ついてる。一緒だよ。」
「うん!」
皆が励ましてくれて、私の気分はかなり楽になっていた。
翌日からの業務にも身が入り、指示や決定もてきぱきと対応が出来た。
そしてーーー
「おぉぉ……。」
「こいつは……すごいな。」
職人達に呼ばれて出てみれば、立派な外観の城壁の邸宅。
過剰な装飾はなく、陽を受けて輝く壁面は清廉さを感じさせる。
扉をくぐれば、広すぎず狭すぎない石畳の玄関が迎えてくれる。
奥にはみんなの分の部屋が用意されていて、客室まで完備されていた。
「こちらを守護官様方の住居として利用して下さい。」
職人の方が言ってきた。
サティもクオルも中に入ってはしゃぎまわっている。
「新しい、おうち!新しい、おうち!」
「これはこれは、素晴らしいですね!どこに護衛陣を敷きましょうか。あ、サティ!そっちは僕の部屋にしたいです!」
「はやいもの、勝ちー!」
二人はぴょんぴょんと飛び跳ねて、仕舞いにはヴァルディに怒られていた。
笑っていると、ガランさんから声をかけられた。
「よう、ティナ。工房もあと少しで完成するって話だ。そうしたら安心しろよ。あの短剣も封印してやるからな。」
「はい、ありがとうございます!」
こうして私たちの王都での暮らしが本格的に始まった。
新しい住まいは、まだ木の香りが残る真新しい邸宅。
城壁が朝陽に照らされて輝き、過剰な飾りこそないものの、りんとした清廉さが漂っている。
サティは台所に立った途端、目を輝かせて声を上げた。
「ここ、すごいね!水場も広い!ご飯、沢山作れる!」
戸棚を開け閉めしながら小さく跳ねる姿に、私まで嬉しくなった。
一方のクオルは、壁や床をじっと観察していた。
「入り口に大きく護衛陣を敷けば、結界としてかなり機能するし……あ、玄関にも沢山!!」
「勝手に刻むな馬鹿!」
ヴァルディの鋭い声が飛ぶと、クオルは肩を竦めてしゅんと黙り込んだ。
その様子にネロが肩を揺らして笑い、
「いい家だね、ティナ。ふかふかの寝床があって風呂もあって、皆が安心できる快適そうな家じゃないか。」
その声に、「そうだね」と返す。
私は窓辺に置かれた机に腰を下ろして、そっと手を置いた。
小さな書き物机と椅子。
ほんの些細なものに過ぎないのに、胸の奥がじんと熱くなった。
ーーーこれは、私の居場所なんだ。
色々あったけど、ようやく腰を落ち着けることが出来た自分の空間。
ふと、その時外から、子ども達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「ねぇ、本当にここに【黒髪の乙女様】が住んでるのかな?」
「見てみたい!」
門の外に集まった子ども達が背伸びをして中を覗こうとしている。
通りすがりの大人達も足を止め、白壁を仰ぎ見ながら囁きあった。
「ここが【守護官】様のお屋敷らしい。」
「噂は本当だったんだな!」
視線を感じ、私は緊張して窓の側から隠れた。
だけど近くにいたサティが外に向かって手を振ると、子ども達は歓声を上げて駆け去って行った。
人々の瞳には、畏れよりも、憧れと期待の色が宿っていた。
私たちの新しい暮らしがここから始まる。
【守護官】としての務めを果たす日々が、この家を拠点に積み重ねられていく。




