1. 託された希望に応えて
馬車の揺れにあわせて、鼓動まで小さく上下している気がした。
窓の外には緑深い山々が遠ざかり、石を積み重ねた街道が真っ直ぐに続いている。蹄が石畳を叩き、車輪が軋む音が響くたびに、胸の奥の高鳴りがますます大きくなっていった。
やがて、遠くにそびえる城壁が見えた。
白く磨かれた巨石で築かれた壁は朝日に照らされて輝き、その中央に穿たれた城門はまるで大陸を守護する扉のように威容を誇っていた。
「……凄い。」
思わず声が漏れた。
ここに私が招待されたの?場違いなようで落ち着かない。
城門をくぐり抜けると、やがて人々のざわめきが波のように大きくなっていった。
市場から駆け抜ける人、家の窓から身を乗り出して窓を開ける少年、子どもを抱き上げて門前に立つ母親。……心なしか、注目を集めている気がする。
「おい、見てみろ。」
「ああ、あの美しい黒髪!」
「あれが噂の、【黒髪の乙女】様だ!!」
視線が一斉に突き刺さり、居心地の悪さは頂点を極めた。
目の前にいるネロに思わず助けを求める。
「ネロ-!恥ずかしいよぉ!」
「人気者じゃないか。皆のティナになっちゃう?俺、妬いちゃうな-。」
「もう!!」
今更と思いながらも、上着を脱いで髪の毛を隠すように被せる。
しばらく進むと馬車が止まり、扉が開けられる。
そして兵士が恭しく扉を開け、差し出された手に導かれ、私は石畳へと足を踏み出した。
途端に、歓声があふれる。
「乙女様だ!!」
「来て下さった!!」
人々が押し寄せてくる。
花売りの少女が走り寄ってきて、震える指先で花冠を差し出してくれた。
私は膝を折ってそれを受け取り、ぎこちなくも微笑みを返す。
通りは人で埋め尽くされていた。
石造りの家々には布が掲げられ、色とりどりの旗が風に翻る。
窓辺から花弁が撒かれ、ひらひらと舞い落ちて私の頭や肩を飾った。
「凄い歓迎だな。」
ヴァルディが呆気にとられている。
サティはひらひらと落ちてくる花弁にはしゃいで、掴もうと一生懸命だ。
クオルとガランさんは身を寄せ合って、おっかなびっくりついてきている。
ネロは……辺りを警戒中みたいだ。職業病というやつだろうなぁ。
無数の視線に晒されながら、私は深く息を吸った。
堂々としなくちゃ。私には仲間がいて、支えてくれる人達がいる。
一歩、また一歩と私は王都の中心へと進んでいった。
白亜の白い壁。王城は空を突くように高く、塔の先端は朝日を受けて輝いている。
正門を抜けると赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その先に聳える豪奢な扉がゆっくりと開かれた。
広大な謁見の間が姿を現す。
天井には色鮮やかなステンドグラス、壁には古の英雄達の壁画。列柱の間には甲冑姿の兵士が整然と並び、場の緊張を一層高めていた。
「すごい、ところ!」
サティが私の服の裾をきゅっと握ってくる。
分かる、分かるよ。私も緊張してるから!というか、多分皆緊張してるから!
「大丈夫だよサティ、ほら、手を繋ごう。」
怖くないよ。と言ったのは、多分サティに対してだけじゃなくて、自分に対しても。
皆と一緒だから緊張も大丈夫。
大きな扉が開かれた。
玉座に座っていた人物ーーーバラム陛下が立ち上がった。
あの日、力なく倒れていた老人……
「よくぞ参った、ラファティナよ。」
その声は重々しくも温かく、謁見の間に響き渡った。
「陛下、久しくしておりました。お体に差し障りはありませんか?」
「ははは、おかげですこぶる元気になったぞ。その者達が、そなたの仲間だな。ズォン族の二人には我も世話になった。改めて礼を言う。」
ヴァルディは真剣な顔で胸に手を当て、お辞儀を行う。
それを見て、サティは慌てながらヴァルディの真似をした。
「うむ。エルヴァン族が二人も来てくれるとは、これも心強い。直々に交流が出来たのはいつぶりだろうか。」
「ひゃ、ひゃい!」
「はっ。陛下。私はエルヴァン族の鍛冶、装飾、道具を誂える職人です。私の力、この国の役に立てよと、我が集落の長から仰せつかっております。」
「なんと!」
王は目を見開いた。
「職人と言えば、一族の秘宝ではないか……!この責任の重さ、確かに受け取ったぞ。名は何と申すか。」
「はっ、ガランと言います。」
「そうか、ガランよ。よくぞ来てくれた。」
王とガランは両手でしっかりと握手を交わした。
「そして、青年よ。そなたもラファティナの連れ合い。さぞかし頼もしい仲間なのだろう。」
ネロを見て、うんうんと頷く王。そしてばつが悪そうにしているネロ。
……まぁ、仕方ないよね。何しろ一度は私を襲った悪人だったから。
王は再び一人一人を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「そなたらの名声は多くの民衆の耳に届いておる。嵐の被災地を救い、異種族の垣根を越えて人々を助けた……その働きに、国中の民が、今希望を見いだしている。」
王は私の正面へ歩み寄る。その足取りは確かで、言葉には重みがあった。
「だが、我がサルディアは今、かつてない危機に直面しておる。
嵐の爪痕は未だ深い。更に東西の強国が虎視眈々と我らを伺っている。民は不安に怯え、国は大きな岐路に立たされておる。」
王はそこで一息つき、私を真っ直ぐに見つめた。
「【黒髪の乙女】ラファティナよ。そなたの力を、この国に貸してはくれぬか。仲間と共に、我がサルディアを支える光となって欲しい。」
謁見の間に沈黙が走った。
仲間達の息づかいが耳に届く。
胸の奥でまた鼓動が高鳴る。でも、これは怯えからくるものじゃない。何故だろう。私、ワクワクしている……!私は今頼られている!
顔を紅潮させながら、私は大きくその場で頷いた。




