5. 運命の呼び声
「なんだなんだ。」
「人間の集団がやってきたぞ……。」
エルヴァン族の集落は緊張に包まれていた。
大人達は各々の杖を取り出し防御を固め、子ども達は家の中に避難する。
「【黒髪の乙女】様へ、伝令がございます!」
兵士達が村の入り口に軍勢を固めてきている。
どう考えてもただ事ではない気配を察知して、私は口を開いた。
「どうしよう……、出て行ったほうがいいよね。」
「馬鹿、何かの罠だったりしたらどうするんだ!ティナ、お前はここにいるんだ。」
「うーん、俺は出て行ってもいいと思うけど。無関係な村人を巻き込むのもどうかと思うし。」
私たちが隠れてこそこそ言い合っていると、リュカ様がすっと前に出て言った。
「早朝からご苦労様です。私はこの村の代表です。王国からの使者とお見受けしますが、それを証明するものは何かございますか?」
兵士は「あれを!」と言って他の兵士に指示を出す。指示を出された兵士は刻印の入った長細い箱を取り出してきた。
リュカ様は杖を上げ下げすると、「ふむ……」と呟いた。
私には見えた。今のは偽造のチェック。杖の先で素早く変質した場所がないか細かく見ていたんだ。
「どうやら本物のようですね。差し出がましいようですが、王宮にはマナを扱う技師がいないのでしょうか?このような刻印はマナで行うのが確実性がもててよろしいですよ。」
「は、はぁ……。」
「ラファティナ、こちらにいらっしゃい。」
リュカ様に言われて私は物陰から出てきた。
私の姿を確認すると、兵士達は「おぉ」「乙女だ」とざわめき駆け寄ってくる。
「静かに。代表者以外は控えなさい。」
リュカ様のぴしゃりとした物言いに、兵士達は小さくなってしまった。
分かる……。リュカ様にはなんだか逆らえないんだよね。
兵士の一人が私に跪くと、先ほどの長細い木箱を抱え上げ、刻印のある蓋を開けた。
中には紐で縛られた紙の巻物。
「国王からです。どうぞお読み下さいませ。」
周りのエルヴァン族達は、どよめいた。
おそらく今まで村に直接国の伝令が来たことすらもなかっただろう。
ここへ立ち寄る前にたまたま助けたご老人……それがまさか国王陛下だったなんて。
驚くほどの奇跡的なご縁だった。
わざわざ人を何人も派遣して私を探して、伝えたいことって何なんだろう?
私は巻物を慎重に広げた。
『ラファティナよ。息災であるか。我は城へ帰ってからも嵐の事後業務で忙しくはあるが、そのような中でもそなたの名が色々な土地で名声を上げているのを聞いておるぞ。なんでも、ズォン族やエルヴァン族と力を合わせて人々の役に立っているそうではないか。我でもなし得なかった、異種族の垣根を越えて、そなたはこのサルディアの英雄となったのだな。
それを聞いて思い立ったのだが、我が国の城へぜひとも招待させて欲しい。
正直なところ、東西の強国に挟まれ、嵐で壊滅的被害を受け、我がサルディアは力をなくしておる。そなたのような光が欲しい。そなたの仲間のような、力強い人材が欲しい。
是非とも、仲間共々やってきてもらいたい。可能な願いは叶えよう。遠慮なく頼って欲しい。
迎えの馬車にそなたが乗って帰ることを期待しているぞ。
バラム・オルステッド・サルディア』
兵士の後ろで、ヒヒンと馬が鳴いた。書状にあった馬車か……。
すごく、すごく!話が大きくなってる気がする!
「どうしようみんな、王様が皆を連れてお城に招待するって。」
「ひえぇっ!ティナさん、すごいじゃないですか。ちょっと読ませて下さいよ。」
「これは、思いもよらない出来事だな。どうする?」
「読めない!読めない!」
わいわいと騒ぎが大きくなってくると、「パン」っと大気を割った音が鳴り響いた。リュカ様だ。
「なるほど、いいタイミングです。ガラン、あなたも一緒に城に行きなさい。」
「えっ!俺もですか!?いいんですか、短剣は違う場所にあるんじゃ……」
リュカ様は「しっ」と自分の口元を指で抑える。
「よいのです、後々を考えれば。ガラン、あなたは王に頼んで王都に工房でも築いてもらえば良いではありませんか。」
「はっ!?流石にそんなこと王様に言ったら怒られるのでは……」
「書状に書いてあったのでしょう。可能な願いは叶えると。叶えてもらえばいいのです。そしてズォン族に頼んで例のものを持ってきてもらえばいいでしょう。」
恐るべし、リュカ様。
リュカ様は手紙の内容は読んでないはずなのに、内容を知ってた。
……ってことは、マナを操って離れたところにある文字を読む方法があるんだなぁ。すごいなぁ。
ーーーじゃなくて、
「リュカ様、本当にいいんですか?ガランさんは大切な職人さんですよね。」
私の台詞と食い気味に、
「そうそう、僕だって大切な護り手ですよ!いなくなったら大変困りますよね!」
クオルが飛び出してくる。
クオル、まだ旅についてきてくれるつもりだったんだ?
リュカ様は遠くを見つめてゆっくりと口を開いた。
「あの嵐が来てこの集落も転換期を迎えた、そのように感じます。閉鎖することで守られてきた村ではない、解放することで次世代に若い息吹を与える村へと成長するときだと。ガラン。あなたの腕は確かです。王都、王城でその技術を示してエルヴァンの力を見せてきなさい。そしてその技術を広めることを、私は許可します。」
「なんと……承知しました、リュカ様!」
「そして、クオル。」
「はい!」
「あなたは護陣の精密さ、描く早さはこの集落でも群を抜いています。しかし、応用があまりききません。非常にもったいない……もっと腕を磨いてきなさい。」
クオルはしょんぼりしながら、「はい……」と項垂れた。
そしてリュカ様は私に向き直って微笑んだ。
「ラファティナ。あなたは大きな力を持ち、大きな宿命を背負ってしまったのですね。その力に惹かれて、あなたを付け狙う闇を纏いし運命もまたやってくるでしょう。しかし忘れないで下さい。あなたに惹かれているのは、周りの仲間もまたそうなのであると。
困ったことがあれば頼りなさい。私もまた、力になります。」
「はい……リュカ様……。」
私はリュカ様の細い手を、優しく両手で包み込んだ。
冷たいけれど、温かな手。厳しいけれど、優しい人。
短い間だったけど、沢山のことを教えてくれた恩人。
私も微笑み返すと、「孫が出来た気分だわ」とぽつり呟かれた。




