2. ルフ
避難を行ってから四年が経った。
山の向こうに越した村では、作物に新しい実りがついた。(私は雨の調整や土壌の調整を密かに手伝った)
情報によると、争いは段々と激化し、小さな村は巻き込まれていくつもが消えたらしい。 みんなが不安になっているのが分かる。
もしかしたらこちらにまで戦火がくるのではないだろうか。
「なぁに、大丈夫さ。この村はサルディア王国の中でも南に位置してる。静かに待っていたら巻き込まれることはないだろう。」
私は胸が痛んだ。
私たちは大丈夫かもしれない。でも、罪のない他の村の人達は、今日も血を流しているかもしれない。
もし私にできることがあれば。力になれたなら。
でも、それを口にするほど愚かではない。
みんな自分たちを守ることだけで精一杯だ。
『お前に何ができる。』
『この村を助けることが優先だろう。』
そう言われるに決まっているし、実際その通りだ。
歯がゆい思いをしながら、水を汲んでいた。
次に植えた作物は順調に育ってはいたが、このところ日照り続きで雨水が足りていなかった。
私は周囲を確認する。
よし、どうやら私一人みたい。
「雲よ、集まって。雨を降らして。」
大気が震える。うっすらとした光が空へ吸い込まれていく。
しゃらん しゃらん 光の音。
空に消えていった光はやがて、薄い雲を形成していく。
ゆっくり、ゆっくり、その層は厚くなって、そしてーーー
ぽたり
空から雨粒が落ちてきた。
よかった。これで作物が問題なく育ちそう。
「君は、誰だ?今自分が何をしたか理解しているのか?」
背後から声がして、はっとして振り返る。
全然気がつかなかった。
そこには背の高い、金色の髪をした、男の人か女の人か分かりにくい綺麗な人がいた。
「ご、ごめんなさい。私、あの……」
「あ、すまない。君がしたことを責めているわけではないんだ。」
その人はゆっくりこちらに近付いてきて、私の目線まで屈んで微笑んだ。
「君のしたことがあまりにも特別だったから、つい声をかけてしまった。君はエルヴァン族の血が入っているわけではないよね?」
「エル……ヴァン?」
「あぁ、何も知らないんだ。本当に特別な子なんだね。」
目の前の綺麗な人は、優雅にお辞儀をした。
「僕はノーヴァの一族、ルフっていうんだ。よろしくね。君は?」
「私は、ラファティナ。」
「ラファティナ。いい名前だね。ラファティナはここでその力を使って生活をしているのかい?」
「ううん。人には教えてない。私、変だって言われるから。」
「あぁ、なるほどね。」
ルフが頭の上に手をかざすと、降っていた雨が私たちを避けるようになった。
まるで見えない屋根ができたみたいだ。
「すごい!」
「いいや、こんな力は君には到底及ばないだ。僕は観測者。世界のマナの均衡を保つ一族の一人だよ。」
「マナ?」
聞き慣れない単語が沢山ある。
マナって何だろう?
「マナというのはね、君にも見えている、あの光の流れたちだよ。マナが豊富に流れていれば豊かであり、マナが途絶えればその地は枯れる。世界のどこにでもマナはある。そのマナが枯れ果てないように、観測する旅をするのが僕の役目なんだ。」
こんなところで疑問が解決するとは思わなかった。
今まで私が光と呼んでいたものは、マナという名前があったんだ。
そしてマナが見える一族がいるなんて。
マナが見えるのは一人じゃないって、思わず嬉しくなった。
「私、初めてマナが見える人と話ができたの。ずっと一人だと思ってた。見えてること、それを人に話せるってこんなに嬉しいことなんだ……!」
「そう、光栄だな。」
「それに、ルフ……あなたの体、肉体じゃないよね。マナそのものに見えるよ。」
「……君は本当にすごいな。」
ルフの体はマナで構成されていた。光の束だった。
多分普通の人には分からないだろうけど、こんな人間(一族?)がいるなんてとても驚いた。
「そうだよ。ノーヴァの一族の体は、マナで構成されている。細胞がないんだ。人の形を模しているだけ。だから豊富なマナ無しでは生きられない。世界のマナが枯れたら困るんだ。」
「だから旅をしているのね。」
「まぁ、特に寿命もないしね。生きがいを見つけたい。それが僕の観測者になった動機かな。」
ルフはにっこりと笑った。
そのとき、遠くで私を呼ぶ声がした。お母さんだ。
「いけない、もう行かなくちゃ。」
「分かった。またね、ラファティナ。僕はしばらくこの辺りにいるよ。今度もいろんな話をしよう。」
「うん!」
私はルフに軽く手を振って、雨の中を駆けだした。
今日は色んなことがあって、胸がいっぱいになる思いだった。また彼に出会えることを考えると嬉しくて嬉しくて。
ぱしゃぱしゃと足下の水が楽しげにはねていた。