3. 守りたい時間
あれから何日も修行は続いた。
おかげでマナを操ることは日に日に上手くなっていき、今では何もないところから火をおこすことも出来るようになっていた。
リュカ様が私を呼び、滝の前へと立たせる。
冷たい飛沫が頬を打ち、澄んだ水音が耳を満たす。
「最後の試練です。己の身を持ち上げ、空に立ちなさい。恐怖を抱いたままでは一歩も進めぬ、マナの流れを感じなさい。」
リュカ様の声は冷ややかに響いた。
私は深呼吸し、両足を揃えて目を閉じた。体の周りを流れる光の糸が、次第に輪郭を持って広がっていく。
胸の奥に力を込めるとーーー足先がふわりと浮いた。
「いける……!」
思った瞬間、恐怖が胸を走った。
もしも落ちたら。怪我をしたら。浮きすぎて死んでしまったら。
光が乱れ、体が地面に叩きつけられる。
痛みが膝を走った。顔をしかめる私に、リュカ様の声が降り注ぐ。
「恐怖を捨てぬものは地に縛られる。自らを鳥と思いなさい。」
悔しい。もう少しだと思ったのに。
立ち上がると、滝の冷気がまた心を揺さぶる。
もう一度、もう一度やらなきゃ……
澄んだ空気とマナを全身に感じる。
頭を空っぽにして、恐れを自分の中から切り離す。
光の糸が明瞭な軌跡を描くーーー
ふわり、と全身が軽くなる。
地面から遠ざかり、足下に光の糸が編まれるように広がっていく。
大気が私を抱きかかえ、滝の飛沫を柔らかくはじいていった。
「……飛んでる。」
思わず呟く声が震えた。
私が静かに着地をすると、リュカ様は初めて柔らかな笑みを浮かべた。
「ようやく一歩、踏み出しましたね。その力はあなたの特別な武器で、多くの者を守る盾にもなります。私が教えたものは基礎でしかありません。日々研磨して、マナを扱いなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
滝の水音が祝福のように響いていた。
「おーい、修行終わったか-?」
振り返ると、ぞろぞろと見える仲間の影……
私の姿は濡れた薄衣一枚で……
「来ちゃ駄目ーーー!!!」
滝を見事に操作して仲間達に放つという、修行の成果を見せることが出来た。
修行が終わった日の夕方、私たちはアルデリア村の広場に集まっていた。
村人達が果樹園から収穫したばかりの果物や、畑で採れた野菜を次々に運んでくる。
炭火の上では魚がじゅうじゅうと焼かれ、甘い匂いと香ばしい煙が漂っていた。
「うわぁぁ!いいにおい!」
サティは耳をピンと立て、果物の山に飛びつきそうになったところをヴァルディに首根っこを掴まれて止められる。
「こら、村人の者を勝手に食うんじゃない。」
「ちょっと、だけ……。」
もがもが暴れるサティに村人の子ども達が、キャッキャと笑って集まってくる。
気がつけばサティはいつの間にか子ども達の遊び仲間にされて、泥だらけになりながら鬼ごっこをしていた。
一方ネロは、腕まくりをして嵐で壊れた木の柵を直していた。
「ネロってば、そういうの似合わないんだから。」
「そうかい?こう見えて器用だよ。【便利な何でも屋】って感じかな。無害そうだろ?」
「もー、ネロ。大丈夫だよ。私は信じてるから。」
ネロの背中に寄り添うと、ネロはむず痒そうに背中を振り払おうとした。
「あー……、お姫さん、駄目だよ?そんなことしちゃ本気になっちゃうからね。」
「ん?何が?」
きょとんとネロの金色の目を見ていると、ため息をつかれた後、両肩を掴まれて押し出された。
「はぁ、天然ってやだやだ。はい、もう邪魔ですから出て行って!お姫さんはあっちで遊んでね。」
「え、何、何よ-。」
ネロに追い出されて、仕方なく他を散策することにした。
向こうにヴァルディの姿が見える。
ヴァルディは村人達に囲まれていた。
近付いてみると、狩りの仕方を教えて欲しいと頼まれたらしく、真面目な顔で地面に木の枝を使って獣の足跡を描きながら説明している。
「足跡の深さを見ろ。これは子鹿。これは大鹿だ。獣道は……」
村人達はふむふむと感心し、子どもまで真似して地面に棒を走らせていた。
私は果物を配っていたおばあちゃんから声をかけられる。
「お嬢さん、あなた修行の時に滝で薄衣一枚で立っていたんだろう?風邪ひかなかったかい?もし体調が悪くなったら、回復の陣をかけてあげるからね。」
「なっ……どこでその話を……!」
仲間達をみると、みんなが肩をふるわせていて……
やっぱり見てた!?こ、このスケベ達……!
「許さないからね!」
思わず焚き火の消火用の水をかけようとすると、サティが「涼しいー」と飛び込んできて余計に賑やかになった。
やがて、炭火で焼いた魚や果物の密煮が並び、皆で輪になって食べ始めた。
「いただきます!」
子ども達と声を揃えて手を合わせる。甘酸っぱい果物を口に入れると、じんわりと温かさが広がった。
ふと見ると、クオルが誇らしげに胸を張っていた。
「この村はマナの加護を受けています。僕もいつか、立派な護り手になって、この村の伝説となりますとも!」
「いいじゃん、クオル。きっとなれるよ!」
私がそう言うと、彼のオッドアイがきらきらと輝いた。
夜空には星が瞬き、焚き火の炎がぱちぱちと弾けている。
サティの笑い声。ネロの軽口。ヴァルディの落ち着いた声。クオルの言葉。
ーーーこの時間を守りたい。
胸の奥で、いつの間にか強い想いが芽生えていた。




