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神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode.5 マナの制御
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2. マナに寄り添う者

 翌朝、私は村の中央にある滝の前に立たされていた。

 仲間達は後ろにいて、成り行きを見守っている。


 冷たい朝霧が肌を撫で、苔むした岩から滴る水の音が耳に響く。

 村の巫女リュカ様は、静かに両手を差し出していた。その掌に乗っているのは透き通るように薄い布。


「これが【マナ織りの薄衣】です。他の衣は不要です。全て脱いで、この衣だけを纏いなさい。」


 差し出された布は羽衣のように軽く、陽に透かせば淡い光を帯びる。まるで大気そのものを紡いだような、不思議な質感だった。


「え……ぜ、全部ですか?」

「はい、全部です。修行中はマナを隔てるものがあってはなりません。肌も心も、虚飾を剥がして大気にさらさねばならぬ。己の弱さを覆い隠したままでは、マナは決して応じません。」


 ちら、と後ろを見る。

 ヴァルディ、ネロ、クオルは目を合わせない……!!


「ちょっと、男の人達は、絶対修行中見ちゃ駄目だからね。」

「べっ、別に変なこと考えてなんかねぇし……!」

「そうそう、お姫さんの裸なんかどうってことないよねぇ、ヴァルディ。」

「殺す!ネロお前殺す!」

「僕は少ししか下心がありませんから!」


 がやがやと騒がしくなってきたところで、リュカ様が大気のマナをパン!と叩いた。

 凄まじい威圧だ。皆が黙り込んだ後で、リュカ様が私の方を見て言った。


「さて、ここで着替えますか?あちらで着替えますか?」

「……あっちで着替えます。」


 この巫女様は、茶目っ気があるんだろうか。




 村の外れの森の木陰で。

 震える手で旅装を解き、慎重に薄衣を肩にかけた。冷たい布が肌に触れた瞬間、空気の流れが冷たく胸を突き抜ける。

 まるで世界そのものが、直接肌に触れてきたように感じた。


「そう、それが【マナ織りの薄衣】。虚飾を捨てた今、ようやくお前は世界と繋がった。


 リュカ様の瞳が、私を射貫いた。

 暖かさを含んでいるはずなのに、ひかりとした鋭さを秘めたまま。

 息をするだけで、無数の光の糸が体をすり抜けていく感覚が広がっていった。



 更に奥に進むと、村にあったものより大きな滝が現れた。

 これ、まさか、滝行……!?

 リュカ様をちらりと見ると、目で「行け」と合図をされる。そうですよね……。


 跳ね返る水の冷たさに凍えながら、歩いて行く。


「何をしているのですか。あなたは滝を頭に被ることなく、跳ね返せるはずです。それを行いなさい。」


 リュカ様に言われてはっと思い出す。

 雨から守ってくれたルフのことを。

 あの時ルフがやってくれたことをしたらいいんだ。でも、どうやって?


「さぁ、早く入りなさい。」


 苔むした岩からしたたり落ちる滴が、規則正しく水面を叩く。

 深い緑と清流の匂いが鼻を抜け、冷たい風が頬を撫でる。

 えぇいーーーままよ!


「ぶぶぶぶっっ!!」


 私は滝に頭を突っ込んだ。冷たい、痛い!散々だ。


「心を静めなさい、波立てば、マナも荒れる。雑念一つで世界は乱れるのです。」


 びちゃびちゃになった顔を拭って深呼吸を行った。

 頭上に傘をかけるように……。あの時、ルフが優しくかけてくれた傘。

 力任せじゃいけない。守るように。そう、守るための……


 もう一度、滝に足を踏み入れてみる。

 大丈夫。守るための力だから。


 滝は私の頭上から2つに割れて、両側へ落ちていった。

 私は笑ってリュカ様に言った。


「出来ました、リュカ様。」

「えぇ、そのようですね。それを後2時間継続しましょうか。」

「えっ……えぇぇぇ!!」


 ばしゃっと滝が私の頭にしぶきを上げて落ちてきた。



 そして自給自足の修行。


「食べ物を探しなさい。ただし、見た目で判断をし、手でちぎって口に入れるのではなく、マナに問いなさい。」


 リュカ様に導かれて森の中に入る。木々の間に転々と伸びる草や木の実。

 私は息を整え、手を翳した。

 草の表面から淡い光が立ち上る。……だけど、何が食べられるのか判別が出来ない。

 口に入れてみると、苦くて胃がきしむような痛みが走った。


「うっ……!」

「愚かですね。愚かさは死に直結します。マナは導き手。マナの導きを無視すれば、牙となります。」


 リュカ様は手に持っている水筒を私の口に突っ込み、水と一緒に木の実を吐かせた。

 一気に楽になる。

 マナ……マナが導くってなんだろう。


 次は川での修行だった。


「魚を捕りなさい、ただし網も槍も使わず、マナを通じて導きなさい。」


 川面に手を翳す。きらめく魚影が光の筋のように見えた。

 みつけたーーー!焦った私は力任せに光の矢のようにマナをぶつける。


 ばしゃん、と水しぶきが上がり、魚は散り、川底が濁った。


「……乱暴な力は破壊しか生みません。導くとは、流れを掴み寄せること。押しつぶすことではありません。」


 肩が重く沈む。失敗ばかりだ。

 けれど、もう一度、今度は恐れずに川の流れを感じてみる。

 光の糸の一つに意識をあわせると、ふわりと魚が水面へ近付き、指先へ吸い寄せられてきた。私は震える手でそれをそっと掬った。


「……出来た。」

「ようやく、ですね。」



 次は火をおこす試練。

「炎は命そのもの。乱せば暴れ、軽んじれば消える。お前の心も同じです。」


 私は両手を合わせ、マナを練り上げる。

 最初は小さな火花しか出ない。

 焦って力をこめすぎると、ぱっと燃え広がりかけた炎。それを慌てて消す。

 リュカ様は冷淡に言う。


「灯火は一度消えれば戻らない。お前の命も同じだ。」


 胸が痛む言葉だった。

 けれど深呼吸して、もう一度、丁寧に火花を抱きしめるように意識を注ぐ。

 やがて小さな火が焚き火に広がり、ぱちぱちと木を舐める音が響いた。


 その温もりを手で覆いながら、私は初めて心から安堵した。

 リュカ様はわずかに口元を動かし、しかし厳しい声を崩さなかった。


「覚えておきなさい。マナは従わせるものではなく、寄り添い導くものです。」


 炎で揺れるリュカ様の横顔を見据えながら、私は深く頷いて返した。

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