1. アルデリア村
街道を抜けると、山裾に広がる小さな集落が見えてきた。
木々に囲まれたその村は、茅葺き屋根の家々が並び、辺りには畑や果樹園が広がっている。遠くから子ども達の笑い声が聞こえ、炊事の煙がゆらゆらと立ち上っていた。
「……ついた。ここが僕の村です!」
クオルが胸を張って宣言する。皆で足を速めて村に入った。
村の入り口で農具を持ったエルヴァン族の中年の男性がこちらに気付いた。次の瞬間、驚きと喜びが入り交じった表情を浮かべて叫ぶ。
「クオル……お前、クオルじゃないか!無事だったのか!!」
声を聞きつけて、次々と村人達が集まってくる。誰もが口々にクオルの名を呼んで、安堵と歓喜の笑みを浮かべた。
小さな子どもが駆け寄り、彼の袖をぎゅっと掴む。
「おかえりなさい!」
「よかった、本当に……!」
その後ろからゆっくりと、エプロンを着けたエルヴァン族の女性が歩み寄ってきた。
「あ、ただいま、母さ……」
「クオル!あんたこんなに心配かけて、馬鹿息子め!!」
ばしーん!!
ふっとんでいったクオルの小さな体。
ぴくぴくとクオルの足が動いている。私たちはこの状況をどうしたものかと思い固まっていたけれど、クオルを叩いたエルヴァン族の女性から声をかけられた。
「クオルを連れてきてくれたんですか?人間とズォンの方々ですね。どうもご迷惑をかけました。私、クオルの母のレイニーと申します。」
にこっと笑った顔は上品そうで、先ほどクオルを叩いた鬼の形相とは違いすぎる。
「あ、私ティナと言います。少し前にクオルが川から流されてきたので、この村へ送り届けにきました。」
「それはそれはご親切に!何もないところですが、どうぞ休んでいって下さい。」
村に入って感じたのは豊富なマナ。
息がしやすくて、この大地に神聖さすら感じた。
村の中央には、苔むした小さな滝が流れ落ちていて、清らかな水音が響き渡り、村の雰囲気を安堵感で満たしていた。
散々レイニーさんに絞られたクオルは萎れながら村を案内してくれた。
「こちらです、皆さんついてきてくださいね。」
サティは目を輝かせながら辺りを見回し、両耳をぴんと立てた。
「すごい、きれいな村……!大きな岩、ある。きれいな川、ある!」
「俺たちの村とはまた違う雰囲気だな。サティ、ほら、岩の上に乗るな。」
ヴァルディとサティは、美しい自然に首ったけのようだった。
そんな中、ネロは少し後ろの方を遅れて着いてきていた。
「どうしたの?ネロ。」
「いや、なんかこう、平和な空気っていうのに慣れてなくて……俺なんかがいて場違いじゃないかな?」
「何言ってんの。ネロは私たちの仲間なんだから!」
後ろからネロに抱きついて、歩みを促す。
ネロはうわぁ、と声を上げた後、困った顔で振り向いた。
「お姫さん……それは天然なの?」
「え、何が?」
「……なんでもない。」
少し赤くなった顔を背けてネロが歩き出す。
皆がわいわいと賑やかに案内をされていると、向こうから白い長髪を複雑に編み込んだ、美しい老婆が現れた。
ケープと長い珠の首飾り。不思議な優しさの笑みをうかべてこちらを見ている。
「クオルよ、よく帰りました。」
「リュカ様!」
クオルがその老婆に向かって駆け寄っていき、一礼をする。
「皆さん、こちらがこの村、【アルデリア】の巫女であり、偉大なる占い師、リュカ様です!」
「はい、あなたが無事だということは分かっていましたよ、クオル。あの嵐があったとき、気を失うまでよくこの村を守ってくれましたね。」
「えへへ……。」
クオルはリュカ様に撫でられてとてもご機嫌そうだ。
「ただ、もう少し体力が持ってくれたらもっとよかったんですけどね。あの後は村が総動員で嵐が過ぎるまで不眠不休で守り通しました。あなたは【護り手】として選ばれたのです。もっと精進なさい。」
「は、はい……。」
しゅんと落ち込むクオル。
なんだか気の毒だったので、少し口を挟んでしまった。
「あの、すいません。クオルは立派な【護り手】として、村を力の限り守っていたんじゃないでしょうか。現に私たちも、旅の最中色々危ないことがありましたが、クオルに沢山守られてきました。」
リュカ様の目が私に移る。
微笑んでいるはずなのにどこかひやりとする、人を見通してくる目だった。
「いいえ、【護り手】は完全に村を守ってこその【護り手】です。私たちには役割があります。私の役割は占い、政、次世代の育成。クオルはまだ半人前ですからね。過信してもらっては困るのです。」
クオルがいよいよしゅんと萎れていってしまう。
サティと一緒に撫でて慰めようとしたとき。
「黒い髪のあなた……。」
私が指名されてしまった。
「あ、はい。なんでしょうか。」
「あなたはマナが見え、マナを扱うことが出来ますね。」
心臓が飛び跳ねた。
そんな、いきなりそんなこと、分かるものなの……!?
「そう、ですけど……。」
「でもマナを扱いきれず、持て余している。そうですね。」
「ーーー仰るとおりです。」
私の気にしている部分までお見通しだった。
なんだろうこのすごいお婆さまは!
「あなたにはマナを制御する特訓が必要です。さぁ、明日からは早速特訓です。それまではゆっくりとこの村を散策なさい。」
にっと笑ってリュカお婆さまは立ち去ってしまった。
私は何も突っ込むことが出来ず……いやいやいや!
「私、特訓することが強制されたの!?」
思わず叫んでしまった。
「あぁ、すいません。ティナさん……。リュカ様はなんというか……。将来有望な若者を見ると自分が教え込んでしまおうとする悪癖があって、それは相手の都合を考えないというか、はい……。」
「えぇぇ、いいのかなぁ?」
ちら、と皆の方を見ると、両手いっぱいに果物を分けてもらったヴァルディ、サティ、ネロが並んでいいる。
「いいんじゃねぇか?」
「うん。もぐもぐ。」
「こっちは気にせず、行ってこいよ姫さん。」
みんな食べ物を分けてもらって上機嫌になってる!
仕方ない。ここまで来たら、とりあえず付き合ってみることにしよう。
マナの制御なんて今まで意識したことがなかったし。
もしかしたらこの出会いも、いい方向に向かうかもしれない。




