8. 村への道すがら
盗賊を引き取ってくれる警備団が来るまで、私たちは倉庫内で過ごしていた。
倉庫番の一人が、懐から小さな袋を取り出してくる。
「せめてものお礼に、これを受け取って下さい。」
差し出されたのは、黒い布袋に丁寧に包まれた小さな種だった。
「これは【シリハ=エルカ】の花の種です。聖アグノス帝国から伝わってきた、貴重なものなのですが……。これを芽吹かせるのは難しいようですが、聖アグノス帝国では聖なる花として、時にはどんな宝石よりも特に重宝されるそうです。」
「そ、そんな大切なものを……!」
私が思わず返そうとすると、商人は深く頭を下げた。
「命を救って頂いたのです。金貨よりも、命よりも、重い感謝を形にしたくて……どうか受け取って下さい。」
そこまで聞くと、私は小さく頷き袋を受け取った。
「ありがとうございます。大切にしますね。」
商人達は安堵と感激の入り交じった表情で深々と頭を下げた。
その光景に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
それにしても、【聖アグノス帝国】。どこかで聞いたような気がする名前……。
「【聖アグノス帝国】は、サルディア王国の東にある国だぜ。【神】の意思に従うっていう名目で、昔から戦争をふっかけたりしてたらしい。」
ヴァルディの言葉に、私は言葉を詰まらせた。
【神】。イサム。そうだ、あの時私が連れて行かれたのは……
「ティナにも話したが、100年前、【神】が殺されたと本に書いてあっただろ?あの国のことだ。」
そうだ、神が殺された国。私が、神を殺した。その、国……。
胸の奥がざわつき、手のひらが冷たくなる。
そんな私の動揺を知らぬ様子で、商人が言った。
「そうそう、最近、本物の【神】が帝国に降臨したって話があります。帝国はお祭り騒ぎだったみたいで。【神】の姿は極秘らしいですが……って、黒髪の乙女さん、大丈夫ですか!?」
私は思わず膝をついて口を覆った。
降臨したという【神】の姿と、イサムの顔が脳裏で重なった。
耳の奥でイサムが言う。
ーーー『また会いに来るから』
あの時の声で……。
まさか、聖アグノス帝国に再びイサムが神として……!そして私は間違いなくイサムに狙われている。
つまり……一国そのものが、私に牙を剥くかもしれないということ……?
「ティナ、おいティナ、大丈夫か?」
ヴァルディが肩を支え、揺さぶってくる。
私ははっとして現実に引き戻された。
不安で重苦しい沈黙が落ちた。
そんな空気を振り払うように、クオルが手を上げた。
「え、えっと、皆さんにいいお知らせがあります!僕の村がもうすぐだということが分かりました!皆さん、僕を村に送り届ける栄誉が欲しくはないですか?」
「そんなもの欲しくはないが……。」
「行くっ!」
げんなりとするヴァルディとは対照的に、サティが元気よく飛び跳ねた。
そんな姿を見ていると、私も少しだけ胸のざわめきがおさまってきた。
「うん……ようやくクオルがいた村に着くんだね。よかった。村の人もクオルのこと、きっと待ってるよ。」
「えぇ、そうですとも、そうですとも!」
クオルは胸を張って左右非対称の色を持つ目を輝かせた。
「僕の村は小さいですが、畑も豊かで皆とても親切なんですよ。果樹園もあって、林檎の密煮は絶品なんです!」
「みつに!おいしそ!」
サティは両方の後ろ足をぴょんぴょん跳ねさせながらはしゃいだ。
「俺は肉がいいかも……。」
ネロがぼそりと呟くと、
「甘いのも悪くないさ。」
ヴァルディが淡々と返す。
そんな何気ないやりとりを耳にしながら、私は胸にあった不安が少しずつ和らいでいくのを感じていた。
帝国の影は近付いてきているのかもしれない。だけど今は、仲間と笑いながらいるこの時間が、何よりも心強い。
「本当にありがとうございました!!」
商人達の歓声が響く。
無事に警備団に盗賊達を引き渡し、私たちは商人達の倉庫を後にした。
最後尾のヴァルディがぼそぼそと呟く。
「俺たちの村から旅してきて、滅茶苦茶色んなことがあった気がするぞ……。」
「へぇ。お姫さんに関することなら聞きたいな。」
「うるせぇ、ネロ、お前に聞かせることはねぇよ。」
「ティナのこと!あのね……。」
「サティ、黙ってろ!」
行列の後ろが賑やかなので、私まで楽しくなってしまった。
本当に色々あったなぁ。平穏な生活じゃあ考えられないくらい沢山の人と出会った。
例え帝国の影が迫っていたとしてもーーー
それでも、仲間と笑い合える今この瞬間が、何よりも大切に思えた。
笑い声は空に吸い込まれて、ふわりと揺れる雲に優しく溶け込んでいく。
胸のざわめきも、ほんのすこしずつ和らいでいった。




