6. 花びらの護陣
「こっちです、間違いありません!」
胸を張って先頭を行くクオルの指さす先は、見事なまでの行き止まりだった。岩壁。苔。そして沈黙。
「……三回目だぞ。」
ヴァルディが頭を押さえる。
「うそぉ!?じゃああっちです!いや、多分!」
クオルはくるっと踵を返す。
歩き方はまるで子鹿のようにおっかなびっくりだ。
「きのみ、みつけた。」
サティは道ばたで見つけた赤い実を、器用にポーチへぽとんぽとんと入れている。
「気をつけるんだよ、サティ。クオルに置いてかれちゃうから。」
私が笑うとサティはこくりと頷き、クオルの元に走って行った。
そしてクオルの目の前に木の実を一つ取り出す。
「食べる?」
「いや、その木の実、洗ってないじゃないですか!あっ、無理矢理ねじ込まないで下さい!洗って!せめて洗って!」
クオルとサティがばたばたと走り回っている。もう、また道に迷っちゃう。
そうやって和気藹々としながら歩いていると、ふとヴァルディがクオルに問いかけた。
「クオル。エルヴァン族は大抵の奴が、外部の種族に敵対意識を持ってるって俺の持っている本には書いていた。お前を送り届けたところで、俺たちは攻撃されはしないのか?」
「なっ、失礼ですね!僕たちは、か弱い、か弱い、村人です。少なくとも僕のいる集落はね。敵対意識だなんて、自己防衛の範囲でしかないですよ。僕らより、君たちズォン族や人間の方が、よっぽど怖い野蛮な種族じゃないですか。」
「……お前、本当に臆病なんだか、怖いもの知らずかよく分かんねぇな……」
まさに、げんなりといった表情でヴァルディがクオルを見る。
「いいですか?エルヴァン族はズォン族のような優秀な感覚機能や筋力、人間のような圧倒的な集団の為せる力など持ち合わせていません。エルヴァン族が持っている力、技。それはマナを見ることなのです。」
マナーーー!ルフが教えてくれた……私が見えているもの。
「マナってなんだ?」
「まぁ、あなた方には見えないでしょうが、この大地や風には、まるで光を帯びているかのように、道筋を作って息吹いて流れているものがあります。それがマナ!そして我々エルヴァンの民は、長い年月をかけてそれを操る術を習得しました。それが、この世界樹の杖で陣を描き、マナの流れを整える方法なのです。」
そう言うと、クオルは懐から一本の細い杖を取り出した。
杖の先端、何か違う材質でもはめられているのだろうか、そこに集中する光の塊。
「よく折れなかったな。」
「世界樹は丈夫なんです!ともかく、マナの流れを整えると、火、風、水、土などを操る力、はたまた気候変動なども巻き起こすことも出来ます!」
「おい……その力早く使って嵐をおさめれば良かったんじゃないか?」
ちっちっち、と、クオルが指を動かす。
「マナを操ることは、非常に技術がいるんですよ。それにエネルギーも。どんなに頑張ったって、嵐をどうこうすることなんて出来ませんよ。」
「へぇ。」
ちらっとヴァルディが私を見る。
「それはエルヴァン族にしかできないことなのか?」
「ええ、そうですよ。先ほど言ったように、この目!目が特殊なんです。まずはマナを見るのに、この美しい赤と青がないと……はっ!さ、さては、僕を貴重な存在として売り飛ばす気ですね!?恐ろしい……!」
「言ってろ言ってろ。……ティナは……」
私の足が、止まる。
「ティナは、マナを操ったり出来るのか?」
あっ、これは、この流れは、言ってしまった方がいいのかな?
力があることは村で見せた。どうせヴァルディ達に隠すようなことでもないし。
そこでクオルが割って入ってきた。
「いやいや!人間がマナを見たり操ったりするなど、聞いたこともないですよ!」
「いちいち五月蠅っせぇな、お前は。俺はティナが大災害を食い止めるところを見たんだよ!」
「あ、あの!」
ここは私が!と二人の間に遮って出た。
「実は、そうなの。私はね……」
そのときだった。
のんびりとした風が、不意に止む。
足裏が低く震え、地面の奥から、獣が唸るような音が這い上がってきた。
ーーーゴゴゴゴゴゴ……。
鳥が一斉に飛び立ち、枯れ枝がパリンと砕けた。
崖の上で土がうねる。黒土に混じる濁流の跡、折れた幹、緩んだ地層。
見える。光りながら咆哮する、竜のように棚引くマナが。
「山、崩れる。」
サティが短く告げる。
前方を見上げると、崖の縁が大きく裂け、巨岩ごと土砂がずるりと腹を見せた。
「あそこに人が!!」
谷道の先、人の集団が移動している。
まだ誰も気がついていない。いや、気がついたとしても、間に合わない!
私が手を翳そうとしたその時ーーー
「下がって!!」
いつもより低い、真っ直ぐな声でクオルが前に出た。
持っていた杖の先端で、空気に微細な虹色の線を刻む。
線は淡い光を放ち、瞬く間に陣形となった。
「≪護陣・層環≫第一層、展開!!」
空気中に幾重もの大輪の花が開き、花びらが一枚一枚、幾何学模様の膜となる。その膜は前方を行く人々の周りを取り囲むように包み込んでいった。
土砂の波頭が膜とぶつかった。轟音。世界が揺れる。膜がきしむ音がする。
ーーーいけない、私は何をしているんだろう!
慌てて、私も全神経を集中した。
乱れるマナを宥めて落ち着かせるように。どうか、人々が避難するまで、耐えて、耐えて、耐えて!
「第二層、展開!ーーー第三層、展開っっ……!!」
クオルの声が遠く聞こえる。
大丈夫、人を護ることはクオルに任せて、私は……
ゆっくりと目を開く。
息を吸い、マナの流れに指を添える。
土は水より鈍い。でも、流れである以上、癖がある。地脈に「逃げ道」を、作る。
「竜よ、聞こえる?ーーーこっちへ曲がって。」
視界の端で、土砂の縁がゆっくりと首を曲げる。私は人のいない場所を確認すると、そこへもう一本、見えない溝を描いた。流れの肩を優しく押す。
「クオル、お願い!!」
「合わせます!!」
クオルの作った膜が、扇のように角度を変えた。私の作った【溝】へ、土砂の下がするりと滑り込む。
流れが逸れ、巨岩が花びらの膜の端をかすめて転がり落ち、谷の空き地で力を失う。土煙があがり、遅れて風が頬を撫でた。
沈黙。鼓膜の奥で自分の鼓動だけが鳴っている。
やがてーーー
「た、助かったー!!!」
人々の歓声。
何人もの人がこちらを目撃していて、手を振ったり帽子を振り上げたり。
種族なんて関係なく、そこには真っ直ぐな【人助け】の精神だけが存在した。
「ふ、ふぅ……これが、護り手の、本気、ですからね……。」
膝に手をついて息を整えるクオル。
空中の虹彩がふっと消える。
「やるじゃねぇか。」
ヴァルディがぼん、とクオルの背中をたたいた。
「いだぁっ!?骨が砕けます!もっと優しくして下さい!」
「道案内も、その【本気】で頼む。」
「うっ……善処します……。」
私は崖の上を見上げた。
まだ、地中のマナは安定していない。いくつもの細い光の線が、地面を割ってしまいそうに走っている。
「地盤が緩んでる。今日は安全なところに避難して、明日からは少し回り道をした方がいいね。」
「了解。」
サティは素早く周囲を点検しに行き、ヴァルディは人々の荷物を安全な場所へ移動させた。クオルは皆の頭上に石などが振ってこないよう、防御となるマナを張り、私はその補助をしていた。
「あー……ティナさん。」
「ん?」
クオルがぼそぼそと何やら呟いている。
「あなた、実は凄いんですね。認めますよ。人間にも凄い人がいたってこと。」
「ふふっ、ありがとう。クオルも凄かったよ!さすが護り手だね。」
「も、もちろんですとも!なんたって僕は……」
こつんと、小さな砂利がクオルの額に当たった。
「いたたっ!いや、計算です。全部計算ですとも。」
「そっかー。計算なんだ。」
私は笑い、ヴァルディもサティも、皆も笑った。
嵐の残骸はまだ道を塞いでいる。
けれど、進むべき方向ははっきりとしていた。
王と交わした約束を胸に、そしてーーー新しく知った【護り手】の頼もしさと、仲間の手の温かさを携えて。
私たちは、崩れた山肌の縁を慎重に選びながら、次の一歩を踏み出した。




