5. 流されてきた護り手、拾いました
翌朝、一番に私は両親のお墓を綺麗に掃除した。
立派なお墓は建ててあげられないけど、精一杯の気持ちを込めて。
あまりにも遅すぎた帰省。親不孝者でごめんなさい。お父さん、お母さん……
手を合わせて目を閉じた。懐かしいマナの香りが吹き抜ける。「おかえり」って言ってくれているようで、涙が一つ、こぼれ出た。
「ティナの、お父さんと、お母さん?」
いつの間にかサティが横に座っていた。
慌てて涙を拭いて、笑顔を見せる。
「うん、最期に会うことが出来なかったけど……そういえばサティとヴァルディのご両親は?」
「お父さん、お母さん、病気で、死んじゃった。」
しゅんとしてサティが俯いた。
しまったーーー!安易に聞いた私が馬鹿だった。
「あ……サティ、ごめん……」
「こっちから言うつもりだったし、気にすんな。飯、できたぞ。」
後ろからヴァルディが声をかけてきた。
サティが手を引かれて、ヴァルディの後をついていく。私もすぐにその後を追った。
火の温もりが、心までも温かくしてくれる。
朝食をゆっくりと食みながら、ヴァルディは語り出した。
「今から10年くらい前かな。俺はまだ小さくて……サティなんか、もっと小さくて、多分ろくに覚えてなんかいないと思う。村に病気が蔓延してな。村人も沢山死んだ。
俺たちの両親も、そんなやつらを看病してたけど、結局うつって死んだ。俺も必死に救う方法を探したんだけど……痛感したよ。知識が人を救う。この世に知っていて損をすることはない。俺はもっと色んなことを知らなきゃいけないって。」
その時思い出した。ヴァルディ達の家の中、棚に並ぶ数々の本。
ーーー色んな思いで彼は勉強したんだ。
「今ここで人間を助けていることも、村に戻ったら皆を救うノウハウに繋がるかもしれない。何もかも、無駄じゃない。ティナについてきて良かったと思ってる。」
サティも横で、こくこくと頷いている。
二人とも、強い。幼い頃両親を亡くして寂しい思いを抱えているはずなのに、人のために強くなったんだ。
そんな彼らが眩しくて、私は憧れを抱いた。
私も、立ち止まっているだけじゃ何も変わらない。
やるべきことは沢山ある。嵐の後始末をすること、困った人を助けること、元の世界に帰ること……その前に、あの短剣を封印すること。
「話してくれてありがとう。私も、頑張らなきゃね。」
「おう、まずは食え。お前少し細いんじゃないか?体力つけろよな。」
わしゃわしゃ、とヴァルディの大きな手が私の頭を撫でた。
まるで心ごと包み込んでくれるような掌。お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうな。
横でサティが真似をして、私の頭を撫でてキャッキャと笑っていた。
朝食を食べ終える頃、サティがぴくりと動いた。彼女が何かを見つけた時に決まってそうするように、鼻をひくつかせている。
「ーーー人、いる。けが、してる。」
サティは立ち上がり、川の方へ駆けだした。
「サティ、どうしたの?」
「こっち!」
水音が近付くにつれ、私にもそれが聞こえた。
激しい川の流れに混じって、「……たすけ……」という微かな声。
川上から【何か】が流れてくる。いや、あれはーーー【誰か】だ!
肩口で揃えられた白銀の髪は水面に散らばり、小柄な体が必死に浮かび上がろうともがいていた。
あれはもしかして……エルヴァン族……!?
「ヴァルディ!」
「あぁ、分かってる!」
ヴァルディはためらいもなく川へ飛び込む。大きな水しぶきがあがり、流れを切り裂くように泳いでいく。
私とサティは岸辺を走りながら、流されてくる二人を追った。
「……ごほっ、ごほっ……ぼ、僕はまだ、死にたくないっ……」
岸に引き上げられたエルヴァン族の少年は、びしょ濡れのままぶるぶる震えていた。
右目が赤。左目が青。
やけに臆病そうなその瞳で、私たちを見上げる。
「ひぃぃぃっ!!?に、人間!ズォン!食べられる!お、お助けぇぇぇえ!!」
あまりにも必死すぎて、思わず笑ってしまった。
びしょ濡れの少年は、くしゃみを一つ。
「ぶえぇっくしょい!ああもう、服が冷たい。……風邪引く……風邪引いたら死ぬ……いやだ、死にたくない。」
「お前、しゃべれる元気あるじゃねぇか。」
ヴァルディが呆れたようにタオルを頭に押しつけると、少年はびくっと肩を跳ねさせた。
「ひっ!なななんですかっその手は!殺す気ですか!」
「拭いてやってんだよ。」
私とサティは顔を見合わせ、ぷっと笑った。
「おいお前、エルヴァン族ってやつだろ?本でしか知らねぇけど。」
「え、あ、はい……そうです。僕は、エルヴァン族の集落の護り手、クオルです。」
クオルを温かい火の側まで連れて行くと、鼻をすすりながら急いで手をこすり始めた。そしてブランケットに身を包みながら、ぶつぶつと早口でしゃべり始める。
「すごい嵐がきたじゃないですか。もう僕必死だったんですよ、村を護らなきゃいけないから。けど、あの、限界があるじゃないですか。僕ってば三日三晩描き続けたんですよ?結界陣を。一人で。そうこうしたら寝落ちして、そのまま嵐で流されて……あんまりだ。なんで僕がこんな目に……」
「なんか、貧弱そうな護り手だな……」
「そんなことないですよ!何を聞いてたんですか……って、お嬢さんっ!髪を引っ張らないで下さい!」
サティはさっきからクオルの髪を編んでは遊んでいる。
どうやら白銀の髪の毛が気に入ったらしく、「きらきら!やわらか!」と無邪気に観察していた。そんな風に弄られているクオルはやっぱり少し頼りなく見えて、確かに村の護り手?と言われると、少し違和感がある。
「とりあえず、僕を助けてくれてありがとうございます。」
「あぁ。」
「そして僕を集落まで無事に送り届けてくれるんですよね。」
「はい?」
「当然じゃないですか!僕一人で帰れるはずないじゃないですか!か弱いんですよ、僕はあなた方と違って!ああ、ようやく嵐がおさまったというのに、仲間とはぐれて僕は、一人じゃ生きていけないというのに!」
「なんで俺らが……」
ヴァルディは完全に呆れている。
私は場を取り持つように言った。
「私はいいと思うよ、ヴァルディ、サティ。これも何かの縁だと思うし。もちろん、二人が良ければだけど。」
「いいのか、ティナ。この村にいたいんじゃないか?」
心配そうにするヴァルディに私は首を横に振った。
「大丈夫、私のけじめはつけたから。私は目の前の人を助けてあげたい、そう思うの。」
「それじゃあ俺たちもティナについていくだけだな。サティ、いいか?」
「うん!クオルの村、行く!」
「僕、か弱いですから。戦闘は任せます!僕は後ろで応援しますから!」
「……護り手ってなんだ?」
私たちは、次の目標を見定めて立ち上がった。
嵐の残骸があちこちに破片をまき散らしている。少しでも役に立てるなら。王と交わした人々を助ける約束を胸に、私は今ゆっくりと歩みを進める。




