4. 捕食者の笑み
「君に殺されてから僕の意識は、悠久の時を彷徨っていたかのような感覚だった。僕の人生は何だったんだろう。僕の召喚は、誰のためだったんだろう。考えていたら、杯が答えてくれたよ。
……ラファティナ、まさか、僕の召喚にまで君が関わっていたなんてね。眠っていた杯を呼び起こしたのは、君だったんだろう?」
肩が震えた。
知られている。
イサムの顔を見ることが出来ず、ただただ地面を見つめていた。
「驚いたよ。君にそんな凄い力があったなんて。それで、召喚された僕が悪い神だったから、君らに都合が悪くて殺しに来たんだろう?」
「ち、違う……」
「じゃあ説明してよ。」
ぐいっと髪を掴まれた。
痛い、と思う間もなく、イサムがしゃがんで顔を近づけてきた。
その表情には一切の慈悲はない。
「僕が怖い?どうする?また殺す?あぁ、ごめん。僕を殺せる短剣は今手元にないんだね。杯が教えてくれるんだ。全部……。
僕はあの後、前世の記憶を持ったまま日本に生まれ直したよ。生まれた頃から杯が近くにあった。お守りみたいに。そして探した。ラファティナ……あの時見た瞳を頼りに、ずっと君を探してた。僕が生まれなおしたみたいに、君もどこかにいるはずだって。
ようやく見つけた。会いたくて仕方がなかったよ。」
にやりと笑って、イサムは目を見開いた。
それはまるで獲物を狩る捕食者のようで、思わず身震いがした。
そんな私を愉快そうに見下ろし、続けて語る。
「ラファティナ。今の気分はどう?突然自分が暮らしていたのと違う世界に引き込まれて、家族を失う気持ち。周りには誰も知らない人ばかり。焦ってはない?寂しくはない?……僕の気持ちが少しは分かる?答えてよ。」
イサムの瞳は相変わらず真っ暗な闇夜のようだった。
その闇夜はどこか寂しそうでーーー
あぁ、そうか。この気持ちを誰にも理解されないのが、孤独を一人で抱え込んで壊れそうな思いが彼をそこまで追い詰めて……。
あのときもっと彼の話を聞いてあげれば良かった。何一つ勇気がなくて……私はとても弱い人間で、結局一番彼のことを……
後悔と懺悔で胸の痛みが増す。
唇がカタカタと震えだした。
「ふふっ、いい顔。安心して。この世界でひとりぼっちの君を、これからは僕が匿ってあげる。最後まで責任を持って、ラファティナ、君のことを飼ってあげるから。」
ぞっと背筋が凍った。
何を言われているのだろうか。
危険を感じて掴まれていた髪を振りほどいて距離をとろうとしたとき、彼も杯を片手に翳した。
「この娘を拘束せよ。」
大気のマナが圧縮されて私を取り囲む。
そのままマナは光のベルトのように、何重にも私に巻き付いてきた。
「うっ……!」
「さぁ、一緒に行こうか。」
イサムが再び杯を翳そうとする。私は巻き付いているマナを自分の一部であるかのようにイメージをした。
(大丈夫、大丈夫、私には扱える……!)
最初は力を緩めるように、段々マナをほぐしていって、光を一本一本の柔らかい細い糸にして分解していくように……
しゅる、しゅる。
マナが糸となってゆっくり大気に溶けていくのを見て、イサムの顔は驚愕に染まった。
「何、その力……面白いじゃん。ちょっと痛いかもしれないけど、躾を受けた方がいいかもね!」
イサムが声を上げたその時、
「おい、ティナに近付くんじゃねぇ!!」
ヴァルディが風のように飛んで入った。
ーーー速い。
「大丈夫か、ティナ!こいつ誰だ!?」
「ヴァルディ……!」
私を背に守り、ヴァルディは喉を低く唸らせながら耳を後ろに伏せ、イサムを睨んでいる。
イサムはそんなヴァルディの様子に呆気にとられていたものの、ふぅと一息ついて踵を返した。
「帰るよ。」
茂みの中をざくざくと歩いて行く。
思わず私は声をかけた。
「イサム……私は……!」
「今の君を見て、改めて思った。【許さない】って。また会いに来るから待っててね。浮気は駄目だよ。」
冷たい目。強く睨みつける目。その奥から感じる何か……私の想像できないものが渦巻いたような感情。
小さな足音が消えるまで、私たちは一歩も動けずにいた。
「で、説明してもらいたいんだが。」
一気に緊張が途切れて、腰が抜けてしまった私を背に抱えて、ヴァルディが歩き出した。 ……本当に情けない。
「ヴァルディも知ってるよね。100年前に呼び出された神様の話。」
「あぁ、本で読んだあれか。あれがどうかしたのか?」
「あの神様が、さっきの子どもだよ。」
「は!?な、何言ってるんだ!?」
支えられていた両手が離され、思わず落ちそうになったけど思わず両手でヴァルディの背にしがみついた。
「100年前だぞ?あの姿は?そもそも死んだんじゃないのか?」
「うん、100年前に殺されたの。でも、生まれ変わったらしくて……。私は100年前に、あの神様を短剣で殺しちゃったの。そのことが憎くて仕方ないみたい。相当恨まれてて……この世界に私を呼んだのも、彼だったみたいなの。」
「……マジかよ。何でもありな力だな。」
ヴァルディは驚きながらも話を疑わずに聞いてくれた。
そんなところに安心感を感じて、背中に体を預けた。
「私は彼の心も体も傷つけた。許されようとも思わない。でも、どうしたらいいか分からないの。」
「あの短剣はティナの意思を無視して動くんだろ?あんまり気にしすぎるな、とはいかないけどさ。ティナは色んな人を助けてる。俺たちはティナのいい面を知ってる。とりあえずそれじゃ駄目か?」
真っ直ぐ前を見据えながらヴァルディは言った。
「少なくとも俺は村を助けてくれたあんたのこと、信用してるぞ。」
相変わらずぶっきらぼうな口調。
でも、やっぱり暖かい。
私は今、立ち位置が用意されている。
信用してくれてる人達が何人もいる。
今はそれに答えよう。胸に刻んで、私は前を向いた。




