表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode3. 支援活動
23/51

3. 遅かった、ただいま

 風が冷たく吹き抜ける。

 それは季節のせいだけじゃない。

 足下に広がる瓦礫の山が、否応なく心を冷やす。


「……間違いない。私には分かる。この土地のマナ……。私が育った村……だった場所。」


 誰にともなく呟いたその言葉は、空へと溶けていった。

 立っていられなくなるほどの感情が、胸の奥からこみ上げてくる。


 記憶は断片的だった。

 だけど、石畳の感触。木製の柵の形。家の前に裂いていた白い花。

 そして辺りを取り巻くマナ。常に私と一緒にいた形。忘れない。

 そのひとつひとつが、目の前にある廃墟の影と、どこか重なる気がした。



 助けを求める声が遠くで上がる。

 私は我に返り、そちらに駆けだした。


 小さな子どもを抱えて泣いている母親。

 潰れた家屋の下敷きになっている家族。

 ーーー今は、探すよりも助ける方が先!


 私は自分にそう言い聞かせて、泥に膝をついて動き続けた。



「おい、ティナ。大丈夫か?」


 無我夢中で働いてると、ヴァルディが声をかけてきた。


「うん、休んでる暇なんてないの。困ってる人が沢山……」

「そうじゃなくて。」


 ヴァルディに手を掴まれた。


「この辺だって言ってたよな、ティナの村。さっきから無茶してるようにしか見えないぞ。救助活動はしばらく俺とサティでやっておくから、気になるものを探して来いよ。」


 そう言われ、手を離された。

 心配をかけてしまった。少し落ち着こう。

 感謝の言葉をかけて一人、瓦礫をかき分けて奥へ入った。



 日が傾き始めた頃。

 ふと、視界の隅に、半ば埋もれた灰色の石柱が見えた。


 何かに引き寄せられるように近付く。


 それは、墓碑だった。

 装飾もない、ただの丸い石。

 けれど、そこに刻まれていた文字を見た瞬間、全身が硬直した。


「……リサ・ヒルダン」

「エルド・ヒルダン」


 懐かしい名前。

 私にとって、かけがえのない名前。

 どうしてこんなところに彫られているの?ーーーそんなの分かってる。100年経ってる。生きてるはずなんかない。私の、両親が!!


「……お母さん……お父さん……」


 崩れるように、その場に座り込んだ。

 冷たい石の前で、ただただ泣きじゃくった。

 私が消えてからどうしてた?二人は何をしてた?ねぇ、帰ってきたよ。ただいま。ごめんね、おそくなったね。ラファティナだよ……。

 心の奥にあった者が、堰を切ったように流れ出してきた。


 私が泣いている時間がどれだけ経ったか分からない。

 サティが声をかけてくるまで、まるで一人きりの世界で閉じこもっていたらしい。

 ヴァルディは何も声をかけてこない。

 ひとつ、スープの入ったお皿を分けてくれた。

 つぅと口に運んでみるけれど、味がしない。食欲が、全くわかない。


 食べ物に申し訳なくて、その場で固まってしまう。


「そんなときもあるだろ。食えるときに食えばいい。明日はもっとうまいスープを作ってやる。」


 ぶっきらぼうに言うと、ヴァルディは残りのスープを平らげた。


 私の心にはぽっかりと風穴があいたようだった。




 その夜。

 私は焚き火から少し離れた場所で、一人でぼんやりと座っていた。

 月も出ていない曇り空。風が木々をざわつかせる音だけが、世界を満たしていた。


 胸の奥に開いた穴。

 埋めよう、埋めようとしても、風が吹くたびに広がっていく、穴。


「……散歩でもしてこい。」


 そう言ったのはヴァルディだった。

 それもいいかもしれない。どこに行くあてもないけど、じっとしていると、涙が出そうになるから。


 私はヴァルディに借りたマントを羽織り、夜の村を歩き出した。



 泥が落とされた石畳の上に、私の足音が反響する気がする。

 道は静寂に包まれていた。

 私の心も静寂になるような気がして、ほっとした。そんなときふいに、風の中に違和感を感じた。


 誰かがこちらを見ている気がする。

 懐かしいような、でも初めてのようなーーーううん、これはどこかで。心がざわついた。


 そして目が合う。


 目線の先には、倒木に腰掛けた黒髪の一人の少年がいた。

 年は10歳くらいの子……



 あの少年は!!

 柊菜乃花として過ごしていたとき、鏡の中で出会った少年。

 私が鏡の前で短剣を手にしたとき、鏡の中で杯を持っていた少年。

 冷たい、深い、闇夜のような昏い瞳。


「こんばんは。こんな夜中で一人で歩くとか、危ないよ、お姉さん。」


 にっこりと笑いかけてくるけれど、瞳は笑っていない。

 私はこの瞳を知っている。


「だいじょーぶ?僕が送ってあげようか?」


 少年は倒木から身軽に降りて、近付いてくる。


「僕がこの世界に君を連れてきたんだもの。君たちと違って、僕はちゃんと責任をとるよ。」


 驚きで、立ちすくんでしまう。

 ぺたり、ぺたりと少年は歩みを進める。


「ね、ラファティナ。」


 私は膝から崩れ落ちた。

 まさか、まさか、この少年は……


「イサム……?」

「あははっ、覚えててくれたんだ。嬉しいなぁラファティナ。」


 無邪気に笑う、その表情は幼くあどけないはずなのに、その奥に感じるのは果てしない黒、黒、黒。


「僕、こんなに小さくなったのに、それでもちゃーんとラファティナは分かってくれたんだね!愛の力だねぇ。」


 おどけるように私の目の前に立ちはだかる。

 何も言わない私に一瞬の沈黙の後、顔の表情の一切を無にして、イサムは言った。


「僕君に言ったよね。【許さない】って。」


 突然激しい風が駆け抜けた。

 月の光は雲に隠れ、イサムの顔を照らさなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ