2. 夜明けに咲く
王は腰に手を添えながら、静かに言った、
「改めて名を名乗ろう。我が名は、バラム・オルステッド・サルディア。サルディア王国の国王である。」
どよめきが一層強くなる。
ティナは反応するのに一瞬遅れ、慌てて膝を折ろうとしたが、王がそれを制した。
「そのようなことをするでない。今回我を救ったのはそなただ。むしろ、我が跪きたい。大嵐の中、民がどれほど傷ついているか、状況を直接見定めようとしてこの有様だ。皆に迷惑をかけた……。そなたらが来てくれなかったらどうなっていたことか。誠に礼を言うぞ。」
王の声は威厳と共に、確かな誠実さが宿っていた。
「ラファティナよ。そなたらが示したその心と行動、深く感謝しておる。そして今後も慈愛の精神を持って、人々を助けてほしい。頼んだぞ。」
「……はい、承知しました。」
私は深く頭を下げて、胸の奥からあふれる熱をかみしめた。
騒ぎがひと段落すると、王は避難した人々の元へ訪れ、丁寧に声をかけていた。
まるで父のようなその姿に、こちらの心まで温まる。
ヴァルディが起こした焚き火の側で休憩をしていると、小さな子どもに手を引かれた。
「ねぇ、お姉ちゃん。さっき私を助けてくれたでしょ?」
女の子は、泥のついたスカートを握りながら、恥ずかしそうに笑っている。
「うん、元気になったみたいだね。良かった。」
「あのね、ありがとう!お姉ちゃん、綺麗な黒い髪。……ほんとに私、神様かとおもったの!」
キラキラした真っ直ぐな瞳。私は思わず苦笑した。
「そんなのじゃないよ。私も人に助けてもらってばかり。だからね、今みんなにお返しが出来てうれしいんだ。」
「お姉ちゃん、誰かに助けてもらったの?」
「そうだよ。誰かから助けてもらったら、また別の人を助ける。そうやって人を助ける和が広がったら、皆が幸せになるでしょう?」
「そうなんだ!私もそうする!お姉ちゃんみたいに、人を助けたい!」
そう言って笑った女の子の声に、辺りに少しだけ明るさが戻っていった。
一夜明け、空がわずかに白み始めていた。
夜の寒さも和らぎ、火の粉がふわりと宙に舞う。
王は避難者達のもとを一通り巡ると、私の前に再びやってきた。
「ラファティナ。今日という日を、我は忘れぬ。」
その言葉に、私はただ静かに頷いた。
「この国はまだ立ち上がれる。そなたのような者がいる限り、何度でも。もしも助けがいるなら、我の名を出すが良い。少しは役に立てるだろう。」
思いがけないことを言われた気がする。
そして王は振り返り、同行の兵達に声をかけた。
「行くぞ。我らには、為すべきことがある。」
「はっ!」
馬車もなく、徒歩でーーー
その姿は王というよりも一人の旅人のようで。でも、背中はしっかりとこの国を背負っているような頼もしさがあると感じた。
その背中が瓦礫の向こうへ消えていく。
私はそっと胸に手を当てる。
暖かくて、少しだけ重たい。
人を助けたい。
この世界にやってきて、とても大きく膨れた思い。
例え異世界からやってきた、ここの住民に何も関わり合いのない人間だったとしても、今はこの国で、この国に生きる人間として責任を感じるようになっていた。
それは確かな居心地を、私に与えてくれた。
「……ありがとうございます。バラム陛下。」
空を仰いだその瞬間、一陣の風が髪を撫で、夜明けの光がそっと差し込んだ。
王が去ってから数日。
私たちは村の復興を手伝いながら、次の行き先を考えていた。
仮説の炊き出し所で、ヴァルディが鍋の底をかき混ぜながら、そっと言った。
「ここも落ち着いてきたな。あとは村の人間だけでもなんとかなるだろう。」
焚き火の隣で器を持ったサティが頷く。
「次、どこ?」
私は器を受け取りながら空を見上げた。
雲はゆっくりと流れて、風は穏やかだった。
「……北へ。ここがサルディア王国なら、もう少し先に、私が生まれる前にいた村があるはずなの。わがままを言うみたいだけど……私は、自分の故郷を確かめてみたい。」
ヴァルディが、ふっと笑う。
「今更、わがままなんて思うかよ。目的は本来そこにあったんだろう?俺たちはついていくだけさ。」
「ティナの、行きたいとこ、私たち、行く……!」
サティは身を乗り出して、元気よく答えた。
「ありがとう、二人とも。」
私たちは荷をまとめ、再び旅立つ準備を始めた。
瓦礫を抜けて広がる道の先、朝日が差し込む。
新しい旅が、また始まるーーー。




