8. 谷を越えて
あれから数日が経った。
夕暮れ、広場には大鍋が据えられて、狩ってきた獲物や保存食が次々と運ばれていく。
煙と香ばしい匂いが風に混ざり、空は茜から群青へと流れる絵の具のように変化していった。
火を囲んだ村人達が歌い、踊り、笑い声が絶えない。
私はサティに手を引かれて、焼きたての肉を勧められた。
「ティナ、食べて!これ美味しい!」
「ありがとう。……あ、熱っ!」
笑うサティの髪の毛と耳が、たき火の光に揺れている。
遠くではヴァルディが仲間とお酒を酌み交わしていたけれど、ふとこちらを見ると、にやっと笑って木のカップを軽く掲げた。
私も笑って、小さく手を振り返す。
ーーー嵐は終わった。
この村の温もりを守ることが出来たんだ。そう実感して胸が満たされる。
ーーーけれど、私の胸にはまだ引っかかっていることがあった。
いつの間にか、ヴァルディが隣へ座っていた。
「ティナ。故郷に行く話だけど……」
「うん。私、一人でも行くよ。ヴァルディ達は村のことで大変だろうけど……私、育った村が今どうなってるのか、どうしても知りたいの。」
「……うん、そうか。」
ヴァルディは机に盃を置き、真っ直ぐこちらを見た。
「やっぱり俺もついて行くことにしたよ。グマト爺には許可をとった。じいさんも、『可愛い子には旅をさせよ』だってさ。」
思わず目を見開いた。彼はてっきり村に残るものとばかり思っていたから。
「ここに残って村を助けるのも必要だろうけどさ。この村以外も嵐で被害受けてるんだろうなって思ったら、なんかこう、いてもたってもいられなくて。知りたいんだ。他の世界のこと。そして、ティナみたいに他人を助けたい。」
彼は照れくさそうに笑い、盃をあおった。
その時、ぴょんっと大きな狐耳が視界に飛び込んできた。サティだ。
「私も行く!」
「お前な……。」
ヴァルディは苦笑して、すぐに頷く。
「分かったよ。止めてもどうせ、きかないんだろうお前は。」
そこへ、盃を手にしたグマト長老がゆっくりと近付いてきた。
「ふぉふぉ……お主ら、旅立つのじゃな。」
「はい。」
私は答えた。
二人の心強い仲間と行けることが、本当にありがたかった。
この世界に突然飛ばされ、二人に見つけてもらえたのは幸運でーーーあのとき一人だったら孤独なまま、嵐に飲み込まれて終わっていたかもしれない。
そんな思いで二人を見やると、二人も笑みを返してくれた。
「そうか、そうか、よいよい。……分かっておると思うが、今回の嵐。壊滅的なまでの被害があちこちにあるじゃろうて……。困っとる人がおったら、助けるんじゃぞ。」
「はい!」
元気よくサティが返事をした。
「それとな、ヴァルディ、サティよ。お主らは、人間をよく知らん。ティナはな、たまたまいい子だったんじゃ。世の中は悪さで溢れかえっておる。くれぐれも、気をつけよ。」
先ほどまで元気だったサティが、困り眉になってしまった。
そんな妹の頭を、ヴァルディが軽くぽんぽんと撫でて元気づける。
「ティナもじゃ。聞いておるかもしれぬが、黒い髪は珍しい。言われなき偏見を受けることもあるじゃろうて。」
「はい、分かりました。」
静かに、忠告を受け入れた。
「そして……あの短剣のことじゃがな。」
きたーーー短剣。
「えっと……なんじゃったか……」
「じいさん、短剣だよ。俺が話しておいたやつ。」
「あぁ、そうじゃったそうじゃった。危険な代物じゃ。特にティナ、そなたが手にするのが一番危ない。ワシらはしかと、そなたの強大な力を見た。しかし、話によるとあの短剣はそなたの力を悪用する代物。今はワシが責任を持って管理するのが一番良い。」
長老の手が私の肩に置かれる。
胸の奥が熱くなり、涙腺が緩む。ーーーあぁ、この人達には頼ってもいいんだ。
「すいません、お願いします。……必ずこの短剣を封じる方法を見つけて帰ります。」
「うむうむ。気をつけて帰りなさい。」
ふぉっふぉっと長老は笑うと、千鳥足で宴会の中へ混ざっていった。
ヴァルディは焚き火の光を背にして、こちらを見た。
「よし、準備ができ次第、出発だ。サティは物資を頼めるか?」
「分かった!ティナのも、まかせて!」
こうして、私たちの次の目的地が決まった。
そして翌朝。
夜明けの光が谷間を照らす中、私たちは軽装で集会所に集まった。
サティは背中に食料や水袋を詰めた大きな袋を担ぎ、ヴァルディは防具と武器を身につけている。
村人達が見送りに集まり、温かい言葉をかけてくれる。
「気をつけてな!」
「困っている人がいたら、助けるんだぞ!」
長老が一歩前に出て、両手で私の手を包み込んだ。
「ティナよ……無事に戻ってくるんじゃぞ。」
「はい、行ってきます。」
沢山の人に手を振って、私たちは村をあとにした。
目的地は川を沿って北の村。
嵐の爪痕はすぐ目の前に飛び込んできた。
折れた木々、氾濫した川、流された小屋の残骸ーーー
道すがら、サティは耳を動かし、鼻をひくつかせている。
「あいつはズォン族の中でも感覚が鋭いんだ。」
少し得意げにヴァルディが言った。
「……まだ先、だけど。生きてる匂い。あっち。」
ヴァルディと私は顔を見合わせ、頷き合った。
この先に嵐に翻弄された人達が助けを待っているかもしれない。私たちは駆けだした。




