2. 現れる短剣、私の名前
ふと目が覚めた。辺りの暗さでまだ夜中なのだと理解した。
いつもより早めに寝付いたせいで、どうやら変な時間に起きてしまったみたいだ。
一度覚醒したせいでまた寝てしまうことができず、もぞもぞとベッドから起き上がる。
目覚めた後の視界は月明かりのおかげもあって、足下が見える程度には鮮明だった。
せっかくだから読もうと思っていた本を読んでしまおう。
おぼつかない足で机の上に置いていた本に手をかけたそのとき、机の横の鏡台の真ん中に置いてある短剣が目に入った。
「なに、これ……」
思わず息をのみ、まだ夢を見ているのかと疑った。
だって、黒の土台に細かな金の装飾の鞘。見た目だけでも安物ではないと分かるような、現代社会に似つかわしくない剣が自分の部屋に急に現れたりするだろうか?
誰かが私の部屋に入ってここに置いていって……?いやいや、そんなはずない。
一目見ただけでこんな高そうな刃物を人の部屋に置いていくなんて、家族であっても意味不明すぎる。
でも、だったら本当にどうしてこんなところにこんなものが?
思わず鏡台の前に来て短剣に触れてみた。
つめたい。
持ち上げて装飾をまじまじと見てみる。少しずっしりとしている。そしてとても綺麗。月明かりが当たって繊細な金色がキラキラと煌めいている。
そして目の前の鏡を見てぎょっとした。
鏡に映っていたのは私ではなかった。
銀色の杯を持った少年ーーー
昼間に手鏡越しに目が合った、あの、冷たい瞳が印象の。少し癖のある髪。あどけないのにすっとした鼻筋。整った眉。
まるで鏡の内側に、別の世界が広がっているような感覚。
目をそらすことが許されない。
少年はゆっくりと口を開いた。
「ようやく見つけた。迎えに来たよ、ラファティナ。」
……ラファティナ?
その瞬間、世界の重力が歪んだのかと思った。
激しい力で私の体が鏡の中に引きずり込まれる。
抵抗なんてできない。足を突っ張ることが不可能だったから……!
「うああああっっーーー!!!」
私は光の中に包まれた。
まるで洪水に飲まれているみたいに体が揺さぶられる。
恐怖で身を強ばらせていると、手の中にある短剣が熱を帯びてきた。
そして微細に振動をするのだ。短剣が。
何?一体何なの?
『なるほど。再び余を手にするのがそなたとは。』
今の声は?
『悪くない。そなたの力は類を見ぬ。再び使命の元、身を投じるがよい。』
もしかして、この短剣から声が聞こえるの?
訳が分からず、奥歯がカタカタと鳴り始める。
こわい!
何が起こっているのか分からない!助けて!
ふわっと体が解放されたように軽くなる。
ゆっくりと瞼を開けると、視界は一面の田畑だった。
土の匂い、虫の音、頬をなでる暖かな風。
見慣れない空の色に、私は目を瞬いた。
これもまた夢?
キョロキョロと周囲を見渡していたら、向こうから農作業服をした茶髪の女性が歩いてきた。
「ラファティナ!またこんなところでサボっているのかい?いい加減光が見えるだの変なことを言って仕事を手伝わないのはおよし!さぁさ、収穫時期は待ってくれやしないのさ。行くよ。」
「はい、お母さん。」
思わず自分の口からすらりと言葉が出て驚く。
いや、そうだ。
どうして忘れていたんだろう?
私の名前は、ラファティナだったんだーーー