5. 大嵐-1-
サティの囁きに、私は静かに目を開けた。
【嵐の匂い】
どういうことだろう。外はまだ夜の闇。風は止まり、村全体が不自然な静けさに包まれている気がする。
ヴァルディが立ち上がって、耳をピンとたてて空気を探った。
「よくやった、サティ。本当だ、湿気が重すぎる。普通の嵐じゃないな……。」
その言葉と同時に、遠くで低い雷鳴が響いた。
しかし音は遠いのに、胸の奥がざわざわと騒ぎ始める。まるで大地ごと震えているような、不安を誘う、不快な気配。
ヴァルディは即座に窓を閉め、サティに指示を飛ばす。
「長老の家だ。知らせろ。【大嵐】が来るってな。」
「うん!」
サティは長い髪をふわりと揺らし、音もなく闇へ溶けた。
数分後、村中に大きく鐘の音が鳴り響いた。
家々から眠たげな顔のズォン族が出てくる。耳を立て、空を見上げる者。小走りで集会所に向かう者。
私はその様子を呆然と眺めていたが、ヴァルディに腕をひかれた。
「来い、手伝ってもらうぞ。屋根の補強と物資の移動だ。」
村の広場は瞬く間に騒然となった。
頑丈な丸太が運ばれ、屋根の梁に縄がかけられていく。乾燥させた食料や水の樽が中央の集会所へ集められ、女性達が手際よく仕分ける。
子供達は年長者に連れられ、地下の避難所へ向かっていた。
「これ、よくあることなの?ただの嵐……?」
縄を結びながら問うと、ヴァルディは険しい表情で首を振った。
「違う。空気がおかしい。……風が乱れている。なんだこれは。」
言われてみたら、確かに何かがおかしい。
肌を撫でる風が重く、ビリビリとした耳鳴りのような低い唸りが胸の奥で響く。
普通の雨雲が運んでくる湿り気ではなく、何か巨大なものが息を潜めて押し寄せてくる気配ーーー。
「祈祷をおこなう!!」
長老、グマトの声が響き渡る。
村の中央にある一際目立つ大樹。
その前でグマトは膝をつき、手を翳して祈りを捧げた。両手を大きく振り上げて、右へ。素早く下に振り下ろし、虚空を割くように左上へ腕を振り上げ……ゆっくりと下へ。
すると、ふわり 柔らかな光の幕に村が覆われるような、そんな感覚がした。
大丈夫、守られる、そう感じたとき……
ガラガラガラガラ!!
近くに雷が落ちる音が響き渡り、人々は悲鳴を上げて抱きしめ合った。
光が揺らいでいる気がする。私の胸に、嫌な予感が走る。
「……これ、もたないんじゃない?」
ヴァルディも同じことを感じていたのか、短く答えた。
「せめて2、3日でこの嵐が終わってくれたらいいが……。」
遠雷が再び鳴り、今度は地面まで震えた。
その瞬間、空の端から、黒い壁のような雲がうねりを上げながら迫ってくる。風が唸り声をあげ、村全体がその息を呑む。
大陸を覆う嵐が、ここへくる。