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神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode.1 ガリの谷
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4. 嵐を運ぶ夜

 焚き木がパチッと小さく弾けた。

 100年ーーー長すぎる時だ。

 サティが口を開いた。


「……ひゃく、ねん?」


 小さな声で繰り返しながら、彼女は指を折って数えるような仕草をする。


「ティナが……ちいさいころから、おばあちゃんになって、それで、もっと……」


 サティは途中で首をかしげた。私は言葉を失う。


 ヴァルディは黙っていた。

 狐耳がピクリと動くたび、月明かりが耳の毛並みを銀色に染める。


「……百年も経ってたら、そりゃあ……何もかも変わってるな。」


 低く押し殺した声だった。


「私が知っていた場所も、人も……全部、もうないのかな。」


 自分で口にして、胸が締め付けられる。

 100年という時間が、思い出や約束を無情に飲み込んでしまう重さを、今更のように実感した。


 ヴァルディはしばらく私を見つめていたが、やがて息を吐くようにいった。


「……それでも、何かの痕跡は残っているかもしれないぜ。ティナ。あんたが住んでた場所って覚えてるか?」

「えっと……サルディア王国の、南端の村だよ。」

「本当か?サルディア王国っていったら、このガリの谷のすぐ北側の国だ。側にある川を辿って、行けるかもしれない。」


 ヴァルディの言葉に、鼓動が高鳴った。

 私の、故郷。行ける、行ける、行ける……!自然に私は声が出ていた。


「私、行ってみるよ。ありがとうヴァルディ!」

「待て待て。ちゃんと体力が回復してからな。どこを転がってきたのか知らないが、けがもしてるんだし。それに、あんた一人じゃあぶなっかしいだろ。」


 その声はぶっきらぼうだけど、不思議と温かみがあった。


「つまり、その、な。まぁ、俺がついてってやるよ。別に、その、外の世界に興味があるとかそんなんじゃなくて。」


 そう言ってヴァルディはそっぽを向いた。

 その頭の狐耳はぴこんぴこんと揺れ動いていた。


「お兄ちゃん、ずるい。私も、一緒。」

「サティ。お前は駄目だってば。村の外は危険なんだぞ。お前みたいな世間知らずなんかが歩いてたら、すぐに獣に食われてしまう。」

「そんなこと、ない、もん。私、強い。ティナくらい、片手で、担げる。」


 え、そうなの?思わずサティを二度見した。

 こんなに可愛いのに。

 よく見れば、可愛らしい外見に反して大きな手。鋭い爪。確かに、人間よりも逞しそうではあった。


「強い弱いじゃなくてなぁ。……はぁ。まぁ、後でいい。で、村だけどな。俺が一緒に確認しに行ってやるよ。もちろん長老の許可を取った後でな、ティナ。」

「嬉しい!ありがとう、ヴァルディ。」

「お、おう。」


 ヴァルディは照れて顔を背けた。

 とても反応が素直で顔に出やすいみたい。

 見た目では同い年くらいだと感じるのに、ヴァルディが妙に可愛く見えてきた。


「ふふっ。」

「な、なんだよ。」

「なんでもない、ごめんごめん。ーーーで、短剣のことだけど。」


 それまで和んでいた空気が一変して、再び重々しいものになった。

 改めて私とヴァルディは姿勢を正し、向き直る。サティは不安げに私を見つめていた。


「この村に置いておくのは迷惑がかかると思ってる。だからといって、私が持っているのはとても危険すぎる。」

「あぁ。」

「申し訳ないけど、一時的にでいいから。誰にも分からないところに隠しててもらえないかな。私がここを出て行くときは、持って行くようにするから。」


 私がそう言うとヴァルディは、はぁっとため息をついた。


「ティナ。話してて思ってたけどさ。あんたなんでも一人で背負い込む癖があるんだな。」


 ヴァルディの真っ直ぐな目が心の中を見透かしてきた。

 一人でなんとかしよう。そう息巻いていた私の心の中は動揺をみせる。


「別に悪いことじゃない。ティナの話が本当のことだとして、何かあって誰に責任がとれるわけじゃない、それだけ重たい事柄だ。でも、少しは周りを頼ってもいいぞ。じいさんも年をとってるだけ、何か知ってるかもしれないし。」


 優しさが、温もりが胸を打つ。


「でも、私は外から迷い込んだ余所者なわけだし……」

「なんか、あんたは下手な嘘がつけるような器用さを持ってるようには見えないんだよな。あと、サティが懐いてるし。」

「へへへっ。」


 サティがごろごろと私の膝に飛び込んで甘えてきた。

 狐耳がふさふさと私の手に当たって揺れている。

 私は手を添えるようにして、サティの頭をそっと撫でた。


「二人とも、本当にありがとう。」

「いいさ。ここで会ったのも何かの縁だ。」

「そういえば、ヴァルディは村の外に行ってみたかったの?」


 そう言うと、あからさまにヴァルディの肩は跳ね、耳は垂直に立ち上がった。

 正直な耳。

 膝で転がっていたサティが、くすくすと笑っている。


「お兄ちゃん、ずっと、外、いきたかった。そのために、勉強、してるの。今も……いっぱい、たくさん……」

「サティ、お前、い、言うなって言ったろ!」


 ヴァルディは声を抑えながら辺りを気にしている。

 よっぽど恥ずかしかったのか、周りに言えなかったのか。顔を真っ赤にして必死な形相をしていた。


「村の外に行くことはいけないことなの?」

「いや、いけないことじゃないけど……若い俺たちがこの村を守らなきゃ駄目なのに、俺ばっかり外の世界へ行くとか、好きなことは出来ないじゃないか。」


 あぁ、彼の気持ちはよく分かる。

 私も昔はそんな風に思ってた。

 村を守らなきゃ。仕事をしなきゃ。お母さんの手伝いをしなきゃって。


「恥ずかしくなんか、思うことないよヴァルディ。いつか出来る、いつかやれるって思ってても、手遅れになることもあるんだよ。人だって、また会えると信じてても、もう会えないままになることもある。」


 頭の中に、かつてのお父さん、お母さんが思い浮かぶ。

 もうどこにもいないだろうな……。

 でも、何か手がかりを見つけたいな。


「私も後悔を残したくない。動けるときに動いておきたい。」

「そっか、なんかちょっと気が楽になった。時期村長候補なんか言われて、気が張ってたのかもな。」

「えぇっ、凄いじゃないヴァルディ。」


私は思わず両手で口を抑えてはしゃいだ。通りで、年齢の割に面倒見が良くて大人びていると思った。


「大げさだよ、そんな。」


 ヴァルディは両手で耳をつかみ、肩口まで押さえつけて、顔を真っ赤にして目をそらしていた。とても照れているらしい。


「じゃあ、次期村長さん。短い期間になるかもしれませんが、よろしくお願いします。」

「お、おい、からかうなよ。まぁ、今はゆっくり休め。そろそろ寝るぞ。」


 ヴァルディはそう言うと立ち上がり、机の上の小さな明かりを消した。

 辺りは闇に包まれたけれど、サティがくっついてくるので寂しくない。

 ふわふわの感触に包まれて、意識が微睡んできた、そんな頃だった。その時、不意に風が止み、どこか遠くで木が軋む音がした。腕の中で、サティが静かに呟く。




「嵐の匂いがするーーー」

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