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神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode.1 ガリの谷
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3. 夜が運んだ百年

 夜の帳が村を包み込む。

 昼間は子供達の笑い声が響いていた小径も今は静まりかえり、木々の隙間から洩れる月明かりが白い筋を描いていた。

 どこからか虫の音が聞こえる。たき火の煙が、甘い草の香りをほんのりと漂わせる。

 この村の夜は、ひどく穏やかだった。


 それに反して私の胸の中は少しも穏やかじゃない。

 あの短剣のことを考えるたびに、イサムを刺した時のことをリアルに思い出してしまう。胸がざわつく。

 信じてもらえないかもしれないけど、この話、ちゃんと伝えないと。


 ヴァルディが私の隣に腰を下ろした。大きな狐耳が、微かに月光を受けて揺れる。


「……で、話っていうのは何だ?」


 低く抑えた声。彼なりに、周りに聞かれないように気を遣ってくれているのが分かる。


「まずは短剣のこと。あれは……ただの武器じゃないの。」

「聞かせてもらおうか。」


 言葉を選びながら、少しずつ口を開く。


「あの短剣はね、【神を殺すための短剣】。そう呼ばれているもの。私は持ちたくて持っていたんじゃないけど。あれは、持つものを選ぶって、そう言われてた。そして選ばれた者の手の中で、意思に反してでも振るわれることがあるの。」


 喉が渇き、声がわずかに震えた。


「もしかしたら私じゃない誰かがあれに選ばれるかもしれない……そして、神じゃなくても、人を殺してしまったら……」


 一瞬、風が木の葉を揺らした。

 そのざわめきの中で、サティが心配そうにこちらをのぞき込む。


「ティナ……こわいの?」


 私は小さく笑って、静かに俯いた。


「怖いのは……あれを持つ自分。また短剣に操られて、人を殺してしまったらーーー」

「あんた、あれで人を殺したのか。」


 そこまで言って、はっとして顔を上げた。

 今までになく真剣な鋭い眼光でヴァルディが私を見つめてくる。

 しまった……言い過ぎた!!


「危害を加えようって思ってはいなかったの。……聞いてくれる?」

「あぁ。」

「……ありがとう。どこから話せばいいか分からないけど、実は私、この世界じゃない場所からきたの。」


 ヴァルディとサティ。二人の両耳がピクピクッとはねて、目がまん丸になった。


「何言ってんだ?この世界?やっぱり気を失って、どこか頭がおかしくなったのか?」

「おにいちゃ、ティナが、話してる。ちゃんと、聞くの。」


 ヴァルディが思わず大きな声を出しそうになったけど、サティが制してくれた。

 そんなサティに微笑んで、話を続けた。


「信じてもらえないよね。私は【日本】っていう国から来たの。そこはあなた達みたいなズォン族達がいない世界。人間しかいない世界なの。」

「だから珍しい黒髪をしているのか。」

「多分、そう。【日本】に住む人は、黒い髪の人が多かったから。平和な国で、普通に過ごしてた。争いなんてなかったよ。」

「そりゃあ随分羨ましい環境だな。」

「うん。でもね、私、もっとおかしな秘密があるの。ーーー多分この世界で育った、前世の記憶があるの。」


 二人は大きく開いていた目をより大きな者にして、口をあんぐりと開けていた。


「この世界で、育った……?」

「うん。人間として生まれて育った。私はある日兵士に攫われて、どこかに閉じ込められた。そこで、【神様】と出会ったの。【神様】はわけも分からず違う世界に呼び出されて、いつも一人で悲しそうだった。寂しそうにしてた。」


 今は完全に分かる。【神様】……イサムの気持ちがはっきりと。

 大切な家族と突然引き離されて、どれだけ不安な気持ちを抱えていたか。

 家族もどれだけ心配をして探しているだろうか。……イサム。


「そんな【神様】を殺すように渡されたのが、あの短剣。短剣には意思があって、私にだけ聞こえる声があったの。誰も【神様】を傷つけることは出来ないけど、短剣だけは神様を殺すことが出来るって。」


 状況を思い出していると、汗がにじんでくる。


「私も最初は殺すつもりなんかなかった……。でも、私の感情が高ぶったその時、マナ……あなた達風に言ったら、私の【生命の風】っていった方が分かるかな。それを短剣が操って、【神様】を刺したの。」


 周りの風がやんだ。

 穏やかな村の一角に緊張が走る。

 月明かりの揺れだけが、しずかに時の流れを告げていた。


「その時、私も後ろから刺されて死んだ。それで私の前世はおしまい。私は【日本】に転生したはずだった。ある日夜中に短剣が目の前に現れて、何も分からずそれを手に取ったら鏡に吸い込まれてーーー気がついたらここにいたの。」


 自分でもとんでもない話をしている自覚がある。

 サティは全てを飲み込めないようで、「んー……ティナが?ぜんせって……なに?」と、口の中でもごもごと呟いていた。


 しばらく沈黙していたヴァルディが、口を開いた。


「ティナ。あんたの言うことはとっぴょうしもなさすぎる。」

「だよね……。」

「だけどな、あえてそんな嘘をつくメリットが分からない。それに、似たような話が100年前にあったって聞いたことがあるんだ。」

「100年前?」


 ヴァルディはすくっと立って、近くの本棚に向かい、一冊の本を手に取った。


「【聖アグノス帝国の歴史を記す】。俺はここにいる皆より本が好きでさ。人語を話せるのもこの村にいる50人の中でも半分くらいだっていうのに、読み書きできるのは多分長老のじいさんか、俺ぐらいだ。本を集めるのが趣味で、それで、いつかはこの村の外へーーーと、どうでもいいんだ。そんなことは。」


 ごほん、とヴァルディは咳払いをした。


「この本には、【聖アグノス帝国】っていう、ここから東側にある国の歴史が簡単に説明されてるんだ。そこでは100年前、戦を止めた神が降り立ったっていう伝説があるらしい。なんでも珍しい黒髪、珍しい衣服を着用していたらしい。どこかで聞いた話だ。」


 どきっとした。

 あれ?今まで意識したことがなかったけど、イサムはもしかしなくても日本人なの?


「争いを諫めた神の元、平和は訪れたが、神を呪われし短剣で殺めた異端者が現れたって話だ。そしてその異端者を成敗することによって、神の力は民に受け継がれていったと。」


 つながる。イサムと私の話だ。

 間違いないんだ、ここは、私が転生前に過ごしていた世界。

 そして私は恐ろしい事実と向き合わなければならなかった。




 あれから100年。

 時は、すでに流れきっていた。

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