2. 止まり木の村
家の外には背の高い木々が生い茂っていた。
マナの豊かな土地。
こぢんまりと並ぶ家々は小さなものばかりだったけど、丈夫な木々が組み合わさり、しっかりと建てられているのが目に見えた。
私がサティに連れられ外を歩いていると、ズォン族の人達が物陰からこちらを見ているのが分かった。
きっと警戒されてるんだろうな。
「ここが、おじいちゃんの、おうち、だよ!」
サティが案内してくれたところは、一番奥にある他より少し大きな家。
家の扉を開けて、サティが呼びかけた。
「おじいちゃん、ティナが来た、よ。倒れてた、人間だよ。」
部屋の中は壁際にチェストがいくつか。薬箱のような小箱が沢山そろっている。
梁からは乾かした草がいくつも垂れ下がっていて、私の知る小説でいうところのシャーマンの家のような雰囲気だった。
その部屋の奥に、民族模様の入った刺繍入りの絨毯。その上に物々しい様子で一人の老人男性が座っていた。
長い耳は横に垂れ下がり、表情は眉やひげに隠れて伺うことが出来ない。
この人が長老ーーー。胸の鼓動が速まるのを感じながら、声をかけた。
「あ、あの……私……」
「来おったな。我こそはこのガリの谷の村を治める偉大なる長老ーーーグマト、であーる……!!」
……え、えぇと……。
なんだか、思っていた雰囲気と違うような?
「で、用件は……なんじゃったかのう?ティナ殿?それともユナ殿だったか?お、ペットのサハラの夕飯の件だったかのう。」
あ、あれ?大丈夫かな、このおじいちゃん。
本当に長老さん?
「おじいちゃん、人間。ティナ。」
「あっ、あの、私、人間のラファティナと申します。長老様にご挨拶を……」
「おぉ、ティナ殿か。しっかりしとる子じゃの。よいよい。ふぉふぉ……。ん?顔が強ばっとるぞ。まるで焼き魚のようじゃ。」
ふぉ、ふぉ、と長老のグマトさんは笑って言った。
少し拍子抜けがした。でも、ちょっとあったかいーーー
はじめから敵意むき出しで尋問されたら答えようがなかったかもしれない。
「……じゃがな。わしはこの村を守る者。」
笑みがすっと消え、短い沈黙が落ちた。
眉の奥から鋭い光が覗く。
「お主が【風を乱す者】であるならば、この村に置くことは出来ぬ。」
さっきまで笑っていた顔が、ふっと影を落とした。垂れた耳がぴんと上がり、細い瞳が真っすぐ私を射抜く。
「……じゃが、【風と調和できる者】ならば、この地は一時の止まり木となろう。ゆっくり羽を休めるが良い。」
「はい……。」
その声は厳しくも優しく、威厳のあるものだった。
村を守る信念。責任感がある方だと直感で思った。
私より長い時間を生きてきて、色んなものを見てきて、数え切れない別れを経験してきた。
だから大切なものは取捨選択をしなければならない。
そんな中、私というリスクのある立ち位置の人間を一時的に受け入れてくれてーーー
「あの、ありがとうございます。」
「ふぉっふぉっふぉ。礼には及ばんよ。」
朗らかにグマトさんは笑った。
「で、ワシの夕飯はまだだったかのう?」
「どうだった?」
家の外へ出ると、ヴァルディが柱にもたれかかるようにして立っていた。大きな狐耳が、ピクピクと動いている。
「お兄ちゃん……!ティナね、おじいちゃんは、いいよって。」
「はぁ?じいさん、いよいよ老いぼれてるな。大丈夫か?」
ヴァルディはぼりぼり頭をかいて私の方に向いた。
「それで、ラファティナ。ティナだっけ?長老があんたを受け入れたっていうんだったら、俺たちがそれに意義を唱えることはない。とりあえず体力が回復するまではうちで面倒見てやるよ。」
「本当?ありがとう、ヴァルディ。」
「別にあんたのためじゃないから。ん?俺の名前、サティから聞いたのか?勝手にお前はべらべらと。」
「お兄ちゃん、けち。」
「くそ!最近変な人語ばっかり覚えるよな、お前。」
ヴァルディがサティを捕まえようとすると、ぴょん!と元気よくサティが跳ねて逃げた。仲の良い兄弟げんかって感じで、微笑ましい。
そこではっと思い出した。
そういえば、意識が途切れる前に私が握りしめていた短剣はどうなったんだろう?大変だ。どうして今まで気がついてなかったんだろう!とっても危険なものなのに!背中を冷たい汗が、つっと伝った。
「あの、私、短剣を持ってなかったかな?」
焦って二人に問いかけると、ヴァルディは「あぁ」と一呼吸置いて話し出した。
「あんたが意識を失ってるそばに転がってたよ。剣なんか危なっかしいもの、持たせておくわけないじゃないか。ちゃんとした場所で、俺らが隠してる。捨てたりはしてないから安心しろ。」
「違うの!あれはとっても、みんなが思ってる以上に危険なものなの!」
「……どういうことだ?」
私が思っていたのと少し違った反応だったんだろう。ヴァルディが動揺している。
ここまできたら、信じてもらえるかは分からないけど正直に全てを打ち明けようと思った。
「一旦落ち着ける場所に移動できる?そこで全部話すから。」
「分かった。あーあ、本当に面倒なことに巻き込まれそうな気がする。お前のせいだぞ、サティ。」
「ティナは、いいひと、だもん!」
ヴァルディが先導して歩き出す。それについて歩きながら、もやもやと考えていた。
記憶では、短剣を扱うことが出来るのは今は私一人のはず。でも、扱う人が増えない可能性もゼロじゃない。情報がどこまで本当かは分からない。
【神を殺すための短剣】って聞いたけど、相手が神じゃなくても殺してしまうかもしれない。あのとき私の体は私の意思に反して操られた。そうなってからでは遅いんだ。
どこまで信じてもらえるかは分からない。
とにかく精一杯このことを伝えなくては。それが私の責任だから。
本当は心の底から短剣を手放したい。そう思っていても、逃げ出してはだめなんだ。