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神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode.0 前世の記憶
12/51

10. 許さない、忘れない

 階段を、一歩。また一歩と上る。

 懐に短刀を携えたまま。

 短刀は私に語りかけてくる。


『杯と余は、一対の神器である。人が杯で神を呼び、その終焉を望めば余が幕を引く。神は如何なるものからも傷つけることはかなわない。余という存在を除けば。』


 周りは兵士達で囲まれている。

 ここで騒ぎを起こせばもしかしたらーーー


「逆らうような動きをすれば、お前の身内がどうなるか分からんぞ。」


 後ろから教皇と呼ばれていた老人が声をかけてきた。

 私は息をのむ。


 ーーーお父さん。お母さん。


 抵抗なんて出来るはずなかった。

 でも、私は人を殺すなんて、とても出来ない。


 鮮やかに彩られた高級そうな絨毯は今の私にとって、地獄への道だった。




「神よ、申し上げます。神と面会を希望する少女を連れて参りました。」

「僕に面会?」


 大きな扉が開かれると、エルヴァン族の人々がイサムに宴を開いていた。

 沢山の果物。豪華な調度品。空中に浮き出たマナの陣模様からは、虹色の兎が次々とはねて踊って出た。

 その中央で、イサムは退屈そうに長椅子にもたれかかっていた。


「あれ、ラファティナ?ラファティナじゃないか。皆、もういい。帰って帰って。」


 私に気がつくと、イサムの表情はぱっと明るくなった。

 それと相反して私の顔は青くなる。そんな顔をしないで、お願い。


「おや、この娘をご存じでいらっしゃいましたか。」

「まぁね。そこら辺のものも邪魔だから片付けて。ラファティナ、食べたいものはある?」


 イサムがした問いかけにも答えることが出来ず、小さく首を横に振る。

 それを緊張と捉えたのか分からないけれど、食べ物も一緒に下げるようにイサムは指示を出した。


「よいか、神に失礼を行うのではないぞ。」


 教皇は後ろから冷ややかに声をかけた。

 両親を盾にした忠告であるかのように。


「はぁ、君たち邪魔。僕はラファティナと話がしたいんだ。【神罰】を下されたくなければ、立ち去れ。」

「はっ!た、直ちに!」


 イサムが杯を掲げたら、周囲の人は慌てふためいて去って行った。


「ふっ。おかしいだろ?【神罰】って言うだけで、もう皆大騒ぎ。神様って凄いねぇ。」


 イサムは杯を指先でくるくると回す。

 私は何も言えないでいた。自分が何をしに連れてこられたか。何を隠し持っているか。


「来なよ。何かあったかい?誰かが君に何かした?すぐ処分するから。」

「そ、それは駄目!」

「どうして……?」


 心の底から不思議そうに聞き返される。


「あぁ、なるほど。君は優しかったんだね。無理矢理連れてこられたり、酷い目に遭いそうになっても、相手を憎みきれない。分かってたよ、君に会ったときのこと。君は僕のところに連れてくるはずだった子の代わりになろうとしたね。自分も怖いはずなのに。」


 図星をつかれて俯く。

 そんな私に近付きながら彼は言った。


「大丈夫、君のその弱さも優しさも、君の長所だ。そんな君を僕は守ることが出来る。ほら、君を不快にさせた奴がいるんだろう?言ってごらんよ。」


 私は大きく深呼吸して言った。


「私は望みません。そんなこと。私が原因で人が傷つくなんて。」

「へぇ。じゃあ僕ならいいわけだ。君を不快にさせた奴は僕が殺したい。それなら文句はないだろう?」

「い、いいわけあるはずーーー」

「あははは!冗談だよ。ラファティナに嫌われるようなことしたくないからね。」


冗談? けれど、どこまでが本気でどこまでが嘘か分からない。

彼の笑顔が、怖い。


 その時短剣がブルブルと振動しだした。

 私の感情に呼応するかのように。

 思わず服の上から短剣を押さえつけた。


「どうしたんだ?いきなり。」

「い、いえ……なんでも……。」

「ふぅんーーー?」


 イサムは目を細めて、ーーー私の両腕を押さえつけた。


「ラファティナ、何か隠しているね?」

「そ、そんな……。」

「聞こえるんだ。杯から声が。『危険だ。』ってね。」


 どくん。

 駄目だ、もうおしまいだ。何もかも。

 私はここで殺される。お父さんも。お母さんも。


「何が危険なのかな?教えてよ。」


 イサムの顔がゆっくりと近付いてくる。

 心臓が爆発しそうなほどに飛び跳ねている。


「ねぇ、ラファティナ。」


 唇が触れあいそうなほど近付いたその時ーーー




 一瞬のことだった。


 私の体は私のものではなくなっていた。


 全身のマナをまるで操られたかのようだった。


 いや、操られていた。


 ーーー短剣に。




「ラファ……ティナ……?」


 ゴフッとイサムが血を吐く。

 目の前で何が起こっているのか分からなかった。

 私の手には短剣が。そして短剣の切っ先はイサムの体に。まるで吸い込まれるかのように。


「嫌……いや、いやあああ!!!」


 短剣から手を離したいのに離せない。

 血が止まらない。早く手当を!!


「なん……だよ……。好き勝手呼び出されたあげく……これかよ……。散々、だな。……元の世界に戻ることも出来なくて……好きになった女に……殺されるとか……。」


 イサムの膝が崩れ落ちる。

 短剣から手を離せず、私も床に膝をついた。


「違う、違うの。」

「何が……違うんだよ……。許さない……絶対に、お前だけは……ラファ……ティナ……」


 短剣が体から抜ける。

 物言わぬ身体が床に転がる。

 ようやく短剣が指から離れたーーー


「あああああああああああああっっっ!!!」


 殺してしまった。私が、私が殺めてしまった!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!

 イサムーーーーーーーー




 ざくっ




 私の腹部から剣が突き抜けていた。

 なん、で?


 そのまま乱暴に突き飛ばされる。

 血が抜けていく。あぁ、意識が、遠のいていく。


「見よ、これが神をも殺す異端の姿だ!だが恐れるな。我が神の意志はここに残った!真なる信仰が、我らを導くであろう!」


 遠くから、そんな声が聞こえた気がした。

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