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神殺しの乙女  作者: Da Viero
episode.0 前世の記憶
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9. 神を呼ぶ杯、神を殺す剣

「あの日僕は、久しぶりに町に出かけようと思っていたんだ。裕福ではない家だけど、大切な親兄弟がいたから、家族の分を食わせてやらないといけない。責任があった。

 町で美味しいものを買って、家族が喜ぶ姿をみるところを想像していた。そうしたら、いきなり光に包まれて知らないところへ飛ばされて、杯を渡されたーーー。わけが分からなかったよ。

 僕には帰らなきゃいけない場所があった。なのに、周りの人間は戦をやめさせろ。自分達のために祈れ。勝手なことばかりを言ってくる。

 僕がいないと家族はーーーいなくなった僕を、まだ必死に探しているかもしれないのに!」


 そこまで言うと、彼は項垂れて顔を伏せた。

 私は言葉をなくしていた。

 神様に故郷があるなんて、思いもよらなかった。いや、もともと神様は特別な存在で、そんな人間らしい生活とは無縁だと思っていた。


「それでも最初はここで生活するために、周りの言葉を素直に受け入れてはいたよ。でも、周りは僕の言葉を何も聞いてはくれなかった。神様神様って、僕の名前すら興味はなかった。僕が何度帰りたいって言っても、部屋を豪華にするばかり。ここに閉じ込めるだけだった!」


 それは悲痛な叫びだった。

 彼の心情が在り在りと分かるようになっていた。それと同時に果てしない罪悪感を感じていた。


 イサムを呼び出す原因を作ったのは、私。


 彼は大切な家族を、きっと違う世界に置いてきてしまったんだろう。

 彼の家族は彼のことを心配して、彼は家族のことを心配して、今もこうして胸を痛ませている。想像するだけで胸が張り裂けそうだった。


「最近は僕を呼び出したこの世界が憎くて仕方なかった。僕の【神としての権能】だけは確かなようで、それを利用して好き勝手やってきたんだ。僕なりの復讐。……八つ当たりかもしれない。」


 彼はそう言ってこちらを見て、ふと笑った。

 漆黒の眼差しの奥にある悲しみはそのままだけど、何かが柔らいだ、そんな気がした。


「君、名前は?」

「ラファティナ、です。」

「そう、ラファティナ。僕も君の目を忘れないよ。君が僕を見る目は、その目だけはこの世界に来て何よりも、僕に誠意を向けて語るものだった。またここに来て、話をしてほしい。その時は僕のことは神様じゃなくて、イサムって呼んでいいから。」

「イサム、様……。」

「うん。今度は君のことも教えてよ。」


 そして私は何もされず、そのまま檻のある部屋に帰された。

 部屋の女の子達は怯えていたけど、私が無事だということが分かると、心底安心したようだった。

 その後すぐに部屋の中の家具は以前よりも居心地のいいものに取り替えられた。

 彼……イサムの計らい、だろうか。

 私は彼にしたことを言い出すことができない。でも、間違いなく、わたしがやってしまったことが元凶なんだ。


 誰にも悟られないように小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 きっと誰にも許してもらえない。これは、私の罪。




「神の機嫌をとれるものはいないのか!」

「もう女も受け取ってはもらえぬぞ!」

「少しでも意見するものは全て裁かれる!どうしたものか……。」


 それからしばらくして、檻の外が騒がしくなった。

 イサムが何かしているんだろうか。気になったけど、知ることは出来ない。ただじっとしていることだけ。


「このままではまるで神による恐慌政治だ。我々は永遠に機嫌をとり続けなければならない。」

「罰当たりだぞ!神聖なる力をお持ちなのは確かなこと!我々はお仕えできることを誇りに思わなければならない。」

「しかし、限度がある。これでは命がいくらあっても足りない。」


 しばらくざわついていた廊下が、ピタッと静まりかえった。

 部屋の中にいた私たちも、思わず息を潜めた。


「皆のものーーー」

「こ、これは、教皇陛下!」


 教皇陛下?偉い方なのは確かなようだけど、その立ち位置がピンとこない。


「今神は、我らがエルヴァンの一族で最上級のもてなしをさせておる。よいか?これより話す言葉は他言無用。これにあるは我らの一族に伝わる神を殺す短剣。これにより、悪しき神をうち滅ぼす。」


 ーーーそれは、殺す、ということ?

 話の内容の重大性に、耳を塞ぎたくなった。


「しかし、この短剣を扱える者は百年に一度誕生するか否かと言われている。本来であったらそこでこの計画は行き詰まる……はずだった。」


 足音がする。そして、その足音は檻の前で止まった。

 目の前には老いた白髪の老人。片目が赤。片目が青。

 前にルフが言っていた、エルヴァン族だ。


「どうもこの少女に短剣が、わずかに反応を見せていることが分かった。この少女であればあの神を倒すことが可能であろう。さぁ、この剣を手にとるのだ。」


 檻越しに、私に向かって金の装飾の施された短剣を差し出された。

 皆の視線が私に注目している。

 どういうこと?私が……あの神様を? あんなに可哀想な彼を、私が殺すの……?


「う、受け取れません。」

「それはならん。人は誰も使命を持って生まれてくる。お主の使命は、神を殺すことだ。」

「そんなの間違っています!殺すことが使命だなんて、あるはずがありません!」

「そこにお主の意思など、必要はないのだ。」


 老人に手を引っ張られ、短剣を無理矢理握らされる。

 すると、冷たかったはずの短剣が熱を帯び、ぶるぶると小刻みに震え出す。


『ほう、珍しいほどの力の持ち主だな。余の力、そなたに貸し与えてやろう。』


 杯の時と同じだ。

 頭の中に直接、声が入り込んでくる。

 その時察した。私はもう――後戻りのできない場所に、踏み込んでしまったのだと。

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