1. 鏡の中の少年
ーーー同じような夢を最近何度も見ている気がする。
私は私じゃない名前で呼ばれて、周りは光であふれていて、私はその光のような何かと遊ぶことがとても好きだった。まるで、それが私のすべてだったみたいに。
緑豊かな大地。働き者の両親。
でも何か違和感がある。何か忘れているような。何かーーー
ピピピッ ピピピッ
「菜乃花-、起きなさい!」
お母さんが呼んでいる。朝だ。
思いっきり伸びをして、カーテンを開ける。夢を見ていた気がした。なんだっけ?
「菜乃花っ!」
「今行くー」
なんとなく引っかかりを覚えながらも、すぐに夢のことなど忘れてしまい、眠気眼で寝間着のまま、家族の待つリビングへと降りていった。
「おはよう、菜乃花!」
「おはよう。」
「今日も綺麗な黒髪だね。羨ましいなぁ。」
いつも通りの通学路で声をかけられる。
学生達に踏まれたあぜ道の、草の匂いが鼻に抜けるのが心地よい。
長くたなびく自分の髪が少し鬱陶しく感じてしまう。
(ゴムで結んでも緩んで落ちちゃうからなぁ。せめてバレッタが校則で認められてたらいいのに。)
きゃあきゃあと私の髪で遊び始める友人達を引き連れて歩くのは、それでも嫌じゃない。
私はみんなが大好き。
友達も、家族も、この町も。
周りで笑ってくれてる、私と一緒にいてくれる、みんなが大好き。
私、柊菜乃花は特に優れていることがあると思ってはない。
強いていうなら真面目が取り柄。授業が好きなわけじゃないけど、勉強は人並みにしてるつもりだし、彼氏どころか好きな人だってできたことがない。
「ねぇ菜乃花-。テニス部入ってよー。」
「だめっ!菜乃花はバスケ部に入るんだから。」
「やだよ、私部活には入らないって。読みたい本がたくさんあるんだから。」
正直、私に部活はあまり向いてないと思う。
部活が嫌いっていうよりかは、やりたいことがたくさんあるんだと思う。
今は読書が一番好きな気分。帰りに図書室でまた本を借りなきゃ。
授業が終わって、静かだった教室は一斉に騒がしくなる。
予定通り図書室で本を借り、校舎を後にした。
帰り道、赤信号。横断歩道で立ち止まって何気なくポケットにある手鏡で髪を整えていたら
ーーーあれ?
10歳くらいの男の子。鏡越しに目が合った。
気まずくて思わず目をそらした。そしてまた鏡を見たら。……今度は姿が消えていた。
あまりにも一瞬のことで驚いて振り返ってみる。
誰もいない。
気のせいだったかな?でも確かにいたと思ったんだけど。
それに、どこかで見たことがある目をしてた。思い出せないけど、年齢に似合わないほど冷えた、静かな、座った目。ーーー私のことを知っているかのような。
信号が青に変わり横断歩道を渡る。
そのことが気になって、周囲をよくよく見渡しながら家路を進んだ。
「あら、菜乃花。遅かったのねぇ。今日はまっすぐ帰ってくるっていってたじゃない。」
「うん、借りる本をどれにしようか迷っちゃって。」
返事には少し嘘をついた。
何度思い返しても見間違いとは思えないほど彼に存在感があった。
そして気になる。自分でも分からないけど、どうしても彼が気になった。
その結果非常にのろのろと周囲を観察しながら帰宅する不審者女子高生が誕生したわけだけど。
今でも瞼を閉じると、あの一瞬の彼の顔と目が合う。
心の底を見透かすような、心の奥を睨みつけるような、少し怖い目。
「気のせい、だったのかな……?」
夜、布団に潜って目を閉じる。
あの少年が気になって、楽しみにしていた読書も捗らなかった。
今はもう忘れよう。多分気のせいだったんだ。鏡に映ったあの姿も。どこかで見たことがあることも。
そのまま意識は微睡みの中遠のいていった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
この物語は、今後もテンポよく更新予定です。
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