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お互い様

 さっきまで号泣してたのが嘘のように真顔になったと思ったら、いきなり止めておけと否定された。余りの速さに驚いている俺を置いて師匠は説明と続ける。


 「ヒサノの言う魔法付与は私の知る魔法の中でも最も無駄が多い魔法の一つだ。魔力操作には個人差がある。君の様に得な者もいれば、苦手な者も少なくない。だが付与は得意な者でも手こずる。それはどうしてか? まず魔力とは常に何かで循環している。身体で、魔法の内部で。しかし例えば剣に付与しても魔力は循環しない。剣先から霧散するだけだ。では霧散しにないようにするには制御するしかない。ヒサノ、球状以外の魔力の形状維持が難しいのは知っているだろ? 悪いことは言わないしない方がいい。それより私も考えて……」


 そこから先はよく覚えていない。

 初めて人に相談が出来て、勢いのまま行ってしまった反動なのか、それとも単に相談に乗ってくれた二人に申し訳が立たないのか、分からないがさっきまでが嘘のようにまた体が重くなっていた。


 「師匠も悪意があって言ってるんじゃないし、最後の方は俺のために考えてくれた訓練を話してたし」


 俺は持っていた剣を鞘から抜き、両手で構える。

 手から剣へ魔力を流し込む。もちろん魔法なんて使えないからただの魔力だ。


 「なんだ、これ? 魔力が思う様に流れない。もう相当量流しているはずだぞ」


 眼を発動させ、剣を見る。確かに剣に魔力が流れてはいるが、一向に魔力が剣に集まっている気がしない。それに大部分が漏れ出てしまっている。恐らくこれが師匠の言っていた魔力が循環せず、霧散している状態なのだろう。

 魔力を流すのを止め、その場に座り込む。


 「確かにこれは魔力操作とかそういう話じゃない。そもそも鉄と俺の体では全く魔力操作の感覚が違う。何だろう? 余裕がない感じがする。決まった形がから動かないような。あー畜生ー。折角いい方法だと思ったのに」


 本来なら出来ないと分かった時点で諦めるべきなのだろうが、そうはしたくなかった。理由? そんなもんは決まってる。かっこいいからだ。魔力の剣、かっこいいじゃん。初めて聞いた時からそう思っていた。実用性なんて後々考えればいいと思ってたし。

 魔力だってそうだ。初め使えるかどうかなんて考えてなかった。結果使えるほどにまで鍛えることが出来たんだ。これだって訓練すれば何とかなるかもしれない。

 そこから俺の無謀と思われる訓練が始まった。

 言っても今の俺にそんなことをしている時間はほとんどない。となるとどこかを削る必要がある。思いついたのが素振りとの併用だ。

 何時もしている素振りに付与を施した状態でするという馬鹿な俺が必死に頭を使って考えた訓練だ。これがクソキツイ。

 何がキツイって木下や師匠が言っていた通り、魔力操作に全神経を使う所為でほとんど剣を振れない。振り上げた途端、魔力が霧散してしまうなんてしばしばだ。

 それでも何とかなっているのは今までの訓練あってのおかげだ。


「はぁはぁはぁ、やっとノルマ達成。訓練を始めて二週間。前よりは剣を振れるようになったけど、まだぎこちないな。こんなんじゃ実戦で使えるのは何時になるやら。それより腹減った。まだ食堂空いてるかな?」

「そ、それならこれ食べる?」


 余りの唐突な出来事に驚いてしまった。万能ではないとは言え探知能力にも優れている眼を訓練中ずっと発動させていた。確かに周りには誰もいなかった筈だ。

 まさかゆ、幽霊?

 そーっと振り返った先にいたのは懐かしいき日本の代表食おにぎりを持った桜井が立っていた。


 「さ、桜井さん、どうしてここに?」

 「あ、あの窓からまだ訓練してたのが見えて、もうすぐ食堂閉まるから……頼んでおにぎり作ってもらったの。そ、そのだから……食べませんか?」

 「ありがたく頂きます」


 俺は彼女からおにぎりを受け取り口に放り込む。中に具は無くシンプルに塩味だった。だが汗を掻いた訓練後にはちょうどいい塩加減でうまい。

 おにぎりを渡し、戻ると思っていた桜井は意外にもその場に立ち竦んだままだ。二人の間に沈黙が流れる。

 き、気まずいな。そういえばあの日以降まともに話してないんだった。

 正直に言おう。彼女に謝ることがすっかり頭から消えていた。腕の治療に魔力の訓練、至っては師弟関係とここ最近イベントが目白押しだったんだ。忘れてても……はい、分かってますよ。全面的に忘れてた俺が悪いですね。

 現実逃避の自己完結自問自答をやっている間に貰ったおにぎりを食べ終えてしまった。

 さてここからどうしようか? まずはおにぎりのお礼だよな


 「桜井さん、おにぎりありがとう。美味しかったよ」

 「あ、そう? いやそれ作ったの食堂の人だから」

 「そうなの? でも持って来てくれたのは桜井さんだし、お礼を言いたいのは変わらないよ」


 よし! 口が回る様になってきたぞ。いい調子だ。このままの勢いで謝ってしまおう。これ以上先延ばしにすると良くない気がする。

 勢いに任せてなんて酷い謝り方だが、この機を逃さまいと必死な俺は脈絡なんて無視して話を切り出そうと口を開いた


 「あの!」「あの!」


 被ってしまった……。それも相手の方を見たものほぼ同時とか。

 お互いの目がかち合う。こうして彼女の顔を正面から見るのは何時ぶりだろうか。いやそもそも正面から見たことが一度でもあっただろうか? 多分ない。目が合ったのも初めてかもしれない。


 「ご、ごめん。桜井さんからどうぞ」

 「私の方こそごめん。連城君から……」


 日陰者特有の譲り合いの精神。美しいように見えてその実、ただ相手に主導権を与え、自分がなるべく目立たない様にしているだけのだ。これも生きづらい世の中を生きて行くための必須スキルなのだが、このままでは一向に話が進まない。


 「なら俺から。桜井さんに召喚当日の事謝りたくて。あの日は酷いこと言ってごめん。励まそうとしてくれてたのに、俺……」

 「いやあれは私も言い方が悪かったから……でも私と連城君が『違う』って言われたのは少しショックだった」

「それは……」

「いや、責めたいわけじゃなくて。なんていうのかな? 本当は一緒にいて欲しかった……今の無し!」


 なんだこのラブコメみたいな空気は? たしか俺は異世界ファンタジーの世界にいたはずだ。いつの間にか青春ラブコメの世界に召喚されていたのか……いや、待て。現実逃避をしてる場合じゃない。


 「そ、それより私も連城君に謝りたいことがあって……」

 「謝りたいこと? 桜井さんが? 俺に?」

 「うん。その連城君が右腕を失ったあの事件、噂を止めることが出来なくてごめん」


 精一杯の勇気を振り絞ったその言葉は俺の予想していた物とは違った。そもそもあれは桜井の所為ではない。上野も謝りに来たことがあり、同じことを思ったが、あの事件で全面的に悪いのは彼等ではなく、戸口の奴だ。

 謝るべきは戸口で桜井や上野じゃない。だけどそんなことを聞きたいわけじゃないよな。謝るのは相手に許して欲しいという気持ちの現れだ。それは俺も一緒。ならここは……。


 「いいよ、別に。それに関しては俺、全然怒ってないんだ。寧ろあのことがあったから今の俺がある。こうして五体満足に生きてる訳だし、それにクラス連中から好奇の目で見られるのは慣れているから」

 「いやでも……」

 「それならお互いこれでチャラにしようよ。俺も桜井さんに嫌われたままってのは嫌だし」

 「……分かった」


 自分からこんな提案をするのはお門違いかもしれないが、これがちょうどいい落としどころだと思う。でもやっとだ。やっと彼女と仲直り出来た。

 俺の中でまた一つ重たい荷が落ちたような感覚になった。その後、本当は座学があるはずだったのだが、二人でサボることになった。お互いそんな気分じゃなかった。そのままこれまでの事を話せなかった分を話した。

 訓練の大変さ、異世界生活、悩みに至るまでテンション上がって変なことを言ってないか不安だが、彼女なら笑って流してくれそうだ。


 「三属性持ちも大変なんだね」

 「うん、皆一つの属性を極めることに時間を使ってるけど、私はその三倍の時間が必要だから。だから最近はもういっその事一つに絞ろうかと考えてる」


 賢者は楽だと言ったあの日の自分を殴りに行きたい。

 桜井も桜井で自分の背丈に見合ってない力に苦労させられている。今の俺にはその感覚を理解できる。したいことに対して出来ることが少ない現実。時間をいくら使っても足りないと思う感覚も。


 「一つにするならどれにするんだ?」

 「今考えてるのは土魔法かな? 攻撃も防御にも使えるし、土自体を動かせるから魔力もそこまで必要ないし」


 それは今の俺が抱える問題と一緒だ。付与の弱点の一つ、燃費の悪さの克服だ。どんなに強い魔法でも魔力が無いと発動できない。長期戦が苦手な魔法使いとしては彼女の選択は間違いない。

 だから余計に思う。基本俺の戦法は格下の相手には短期で終わるのだが、同等かそれ以上となると長期戦は覚悟しなければならない。いざって時に使えなくなっては本末転倒だ。


 「連城君は魔法付与(マジックエンチャント)を訓練してるんだっけ?」

 「うん。でもこれがうまく行かなくてさー、魔力制御と出力の同時操作に加えこれまで同様の動きをするとなるととてもじゃないけど俺の技術じゃ限界がある」

 「それなら攻撃の瞬間に魔力を込めればいいんじゃ」

 「それもやったけど、鉄の剣じゃ魔力の通りが悪いんだ。流し出して剣全体に魔力が行き渡るまで早くとも三秒は掛かる。その間相手が止まってくれるわけじゃないし」

 「そうだよね」


 もしこれに魔力操作以外の解決法があるとすればやはり武器を変えることだろう。

 鉄以上に魔力の通りがよい素材で作られた武器。知ってる限りではミスリルやオリハルコンだろうか? ミスリルは今でも鉱山があるそうだから武器自体はあるだろうが、高すぎる。剣一本で大金貨五枚相当だ。つまり日本円で500万相当。とても買えた代物じゃない。

 やはり諦めるしかないのか。


 「もしかしたら武器を変えれば如何にかなるかもよ」

 「俺もそれは考えた。だけど無理なんだよ。高すぎてとてもじゃないけど手が出せない」

 「いやそうじゃなくて、渡辺(ワタナベ)君って覚えてる?」

「渡辺って確か……渡辺裕翔(ワタナベ・ユウト)のことか?」

「うん」


 渡辺裕翔、俺のクラスメイトの一人だ。一条と同じサッカー部だが、余り彼奴と一緒にいるところは見たことが無い。仲が悪いのかと思っていたがそうではないらしい。単に一人が好きな一匹狼という奴だ。

 俺と一緒じゃないか。親近感が湧いて来るぜ。

 さてその狼君が一体この話のどこに関わってくるのかと言うと、以前ダガーの手入れのために訪れた城内にある工房にラエズの弟子として通っているようだ。

 彼のジョブは鍛冶師。武器の作成や手入れを専門とするジョブで俺達が訓練すればレベルが上がる様に鍛冶師は武器を作ることでレベルが上がる。だから工房に入り浸っているそうだ。

 通りで偶数人数の内のクラスがいつも奇数になる訳だ。

 それに浜口達が言っていた魔剣制作にも一枚噛んでいるとか。


 「でも魔剣制作って失敗したんでしょ?」

 「そうだけどもしかしたら何か手掛かりになるかと思って。それにほら新しいスキルを手に入れて魔剣作れるようになってるかもしれないし」


 それもそうか。絶対にためになると言えないと同時に絶対に無駄だとは言えないよな。それにその狼君に少し興味が湧いた。


 「百聞は一見にしかずだ。今日あたりにでも工房に行ってみますか」

 「うん」


 そして何故か桜井もついて行くと言い、二人で渡辺がいる工房へと行くことになった。


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