足踏み
俺は今日もいつも通りティリナと模擬戦をしていた。
「攻めが甘いよ」
「はい!」
眼の性能もこれまでと比較にならない程向上している。今までは良く引っ掛かっていたフェイントにもうまく対処できるようになっていた。それに体も確実に成長している。そのおかげで物真似の再現率も53パーセントと微々たるものではあるが、向上している。
だけどそれでも……。
「うわ!」
「剣の使い方は上手くなってる。けど力がない、スピードも。だからいつも最後にはこうなる」
初めて彼女と出会った人思い出す。
俺の喉に彼女の剣先が付き、血が流れる。後数ミリ押し込めば殺せる距離だ。それを寸止めできているのは彼女の高い技術がなせる技だ。
これで通算難十敗目だろう?
あの日、師匠と出会った日以降、訓練では俺はティリナと実践を見据えた模擬戦を永遠とやっていた。けれど彼女から未だ勝利を勝ち取っていない。
「よっしゃー俺の勝ち!」
「もう一戦! 次は俺が勝つ!」
周りの連中も着々と強くなっている。初めは一条だけしかいなかった実践組の数も多くなり始めている。そりゃそうだ。俺と彼等では何もかもが違う。スタートラインから何もかも。
いや駄目だ! 駄目だ! 後ろ向きな事ばっかり考えては。また元に戻ってしまうぞ。
頭を振り、さっきの戦いを振り返る。
彼女が言っていることは初めから分かっていたことだ。両手利き、物真似、先読み、その全てが小手先の技に過ぎない。そんなものは圧倒的な力で、目に追えない速度で意味を無くしてしまう。今までの敗因がその力技によって悉く策を潰されていることだ。
だからといって突然力が強くなるわけでも、速くなるわけでもない。
訓練は終わり、いつもの様に師匠の元へ向かう。
魔力もそうだ。基本的な魔力操作はほとんどマスターしてしまった。今しているのは言わばそれを使った応用に過ぎない。
例えば魔力の形を変える。遊んでいるように見えてこれが意外と難しい。球体は簡単に出来るが立方体や直方体と言った角がある物は特定の場所で力の制御をしないといけない。
それすらクリアしたら生物などのさらに複雑な形に変化させ、それを動かす訓練だ。
「師匠、これに一体何の意味があるんですか?」
「魔法陣の中には箇所によって魔力の調整を行う必要がある場合がある。そう言ったときにこの魔力制御が出来てないとまともに発動しなんだ」
その理屈は理解できる。だがこの制御能力が日の目を見るのは何時になるのだろうか? 時間を割いて本当に今やるべき訓練なのだろうか? もっと体づくりに時間を使った方が強くなるのではないか?
ポコポコと疑問が沸いては消えて行く。
夕食時も入浴時も頭の中は強くなるための方法で一杯だ。
「師匠、俺はこのままでいいんでしょうか?」
「どうした突然?」
「今日もいつもの様に朝早くから自主訓練をし、午前中は座学、午後の訓練ではティリナさんと模擬戦をして負け、師匠の魔力の訓練と魔術の授業……これ、俺強くなってますか?」
師匠は何も答えてくれない。
何も言ってくれないのは魔法使いだから剣士の俺には言う言葉が見つからないのか、それともやっぱり強くなっていないのか。
恐らくこの思考は師匠に読まれているだろう。
答えは聞かなくても分かった。後者だ。
「いや、でも弱くはなってないはずだ。君の先読みは前より洗練させているしそれに……」
「弱くはなってないって、それは止まってるってことですよね。俺は皆より遅れているのに止まってる暇なんてありません……すいません、今日は帰ります」
「待……」
何時ぶりだろうか、こんなにナーバスな気持ちになるのは。
雲一つない夜空を見上げ、いつもの様に夜空に輝く星と二つの月を眺めていた。だが今日はいつもの様に清々しい気持ちになれない。
俺は人生で初めてヤケ酒をすることにした。父が仕事で嫌なことがあったときによくしていた。もちろん未成年は酒を飲んではいけない。だがここは異世界だ。法律ないが酒は十五歳からという風習があるそうだ。
つまり十六歳、いやこの前十七になったのか。取り敢えず異世界なら酒が飲めるのだ。これが佐藤先生にバレようものなら長時間正座説教もんだろうが、今の俺には関係ない。
食堂から拝借した小樽に口を付ける。
「なにこれ⁉ 苦!」
初めての酒の味は余り上手いと思えるものではなかった。これは俺がガキだから不味いと思うのか、それとも単にこの酒が不味い酒なのか、どっちでもいいか。
四季がこの世界、王国にあるのかは知らないが、最近では徐々に気温が下がり、過ごしやすい日々が続いている。でも夜になるとその過ごしやすさも寒さに変る。厚着とはいかなくても半袖では過ごせない程度だ。
「少しポカポカして来たな。はぁ~」
酔い始めた所為か少し気分が軽くなった気がした。少しはポジティブな考えも出るという物だ。俺はその場に寝転がり、思考を回転させた。
「まず差し迫った問題はこれ以上強くなるには何が必要かだよな。魔術はそもそも攻撃手段になるような物はまだ教わってない。あーそれ以前に師匠に謝らないとな。許してくれるかな? あとは魔力か? 確かに先読みは以前より精度は上がっている。だけどそれじゃ結局今までと一緒なんだよな。もっと根本的に俺の攻撃力を上げる物が必要だ。うーん……」
「おい! おい! 連城! 大丈夫か?」
体を揺さぶられる感覚を感じ、目を開ける。どうやらいつの間に寝ていたようだ。
まさか初酒で酔って外で寝るとか想定外だ。それに頭痛い。
「連城大丈夫か? 頭痛いのか? 聡どうしよう? 医務室に運んだ方がいいかな?」
「落ち着きなよ、孝太郎。彼の隣に落ちてるのそれ多分お酒だよ」
聡? 孝太郎? って確かうちのクラスの木下と浜口だったような……頭痛くて考えがまとまらない。
俺はどうにか体を起こし、寝起きの目で二人を見た。どうやら正解だったようだ。この背が高く、妙に人当りが良いのが浜口孝太郎だ。そしてこっちの眼鏡をかけたインテリ男子が木下聡だ。
二人とも余り教室でも異世界に来ても一切喋ったことがない。
「本当に大丈夫か?」
「あーうん。大丈夫。少し頭痛いけど」
「それは大変だ! 聡、急いで医務室に連れて行かないと!」
「だから落ち着きなよ、孝太郎。多分二日酔いだよ。水を飲めば少しは楽になるさ」
「そうか! 水か! 今すぐ持ってくるからな、待っていろよ連城」
気遣いはありがたいのだが、余り傍で大声を出さないで欲しい。頭に響くから。
だが気づいたころには既に浜口は居らず、本当に水を取りに行ってくれたようだ。となると木下と二人っきりになってしまう。同じクラス、同じ召喚者とは言えほとんど喋ったことがない相手だ。少しは改善されたかと思っていたがコミュ症は未だ健在のようだ。
それに頭が痛くて考えがまとまらない。
「意外だね」
「い、意外? 何が?」
「君がお酒に逃げたことがだよ。ほとんど話したことは無いけど、君はそうゆうのとは無縁の人だと思っていた」
「俺も、俺が酒に逃げるとは思ってなかったよ」
「そうか」
妙に心地いい。彼もコミュニケーションが苦手なのかな? いやそうじゃない。俺の踏み込んで欲しくない所を探って喋っているんだ。だからそれ以上は踏み込んでこない安心感がある。
人によっては冷たいとも捉えられる彼の話し方は俺にとってはちょうどよかった。
「連城ー、お水貰って来たぞ」
さっきまでの静かな空間はどこへやら一瞬にして騒がしくなってしまった。
「あ、ありがとう」
俺は浜口から樽一杯の水を受け取り、飲む。乾き切った喉が潤いを取り戻して行く。気分的にだが頭の痛みも取れてきたような気がした。
その間、目の前では正反対の二人が言い争っていた。いや、喧嘩という訳ではない。彼らにとってこれはコミュニケーションの一環なのだろう。羨ましい。
「そういえば、どうしてこんなところで酒を飲んでいたのだ?」
唐突に飛んできた質問に水を噴き出してしまう。さっきまでの木下の配慮が文字通り水の泡になったしまった。それを静止させようと木下が言い聞かせているが一条に負けず劣らずのお人好しモンスターの浜口は引かない。
それが少しおかしくて笑ってしまった。
別に秘密にするような話じゃないし別にいいか。
「実はさ……」
俺はありのままを話した。もちろん秘密にすべきところは省いたが伝えられる限りの事は伝え、その上で今自分が抱えてる悩みを話した。
「連城にもいろいろあったんだな!」
「まーね」
「僕からしてみれば贅沢な悩みだと思うけどね。僕だって魔法使いの端くれだけど魔力の流れ? なんて視えたことないし、それにティリナさんって第二騎士団の団長なんでしょ。そんな人に勝てないのは当たり前だと思うけど」
「そうなんだけどさ……ほら俺ってジョブもスキルも無いけど、強くなりたいって思っちゃんだ。だからそのための努力は惜しみたくないんだよ」
「感動した! 連城、俺はお前のその男気に感動したぞ!」
「あ、ありがとう」
抱き着くのはいいけど力強いなー。あっいや待って本当に強い! 折れる! 折れる!
「孝太郎、その辺にしときなよ。でないと彼死んじゃいそうだよ」
「おーそれはすまない」
「いや、別にいいよ。ほぼ初めて話す二人に聞くのは変な感じはするけど、何かいいアイデアないかな?」
二人は頭を抱え、必死に考えてくれた。その姿は写真に収めたいぐらい嬉しい光景だった。そっと心のアルバムにこの光景を焼きつける。
っと、二人ばかりじゃなくて俺も何か考えないと。昨夜酔っ払った頭で考えたが、一切アイデアが浮かばなかった。今なら少しはましな物が思いつくか?
「うーん……すまん! 馬鹿な俺ではやはり筋トレぐらいしか思いつかん」
「いや、良いよ。確かに体を鍛えるのも大事だ。木下君は何か思いついた?」
「思いついたには、思いついたんだけどあまり参考にならないと思うけどいいかい?」
「いいよ! 今正直手詰まりなんだ。どんなことでも役に立つよ」
「そうか……僕が思いついたのは『魔法付与』とって物なんだけど」
「マジックエンチャント?」
魔法付与とは俺が冒険者稼業に勤しんでいる時にある話題から始まったとのことだった。その話題とは魔剣だった。ティリナの持つ細剣が魔剣だと知った奴らはどうにか魔剣を作れないかと考えたらしい。結果から言ってその目論見は儚く潰えたそうだ。
ただ諦めきれなかった一部の連中が、魔剣が無理なら剣に魔法を纏わせればいいのでは考え、教えてもらったのが魔法付与だった。
だが俺が復帰してその姿を見たことが一度もないことからお察しできるだろうが、これも失敗した。
何故なのか? その理由は単純、弱いからだ。武器に魔法を纏わせ相手に属性攻撃を与えるのが魔法付与の効果だ。しかしその維持に馬鹿にならない程の魔力を消費する。魔法職ならつゆ知らず剣士などの近距離職にはそれだけの魔力量を誇る人はいない。
持って十秒。魔力量が多い一条ですら維持に意識が行ってしまい、まともに動くことが出来なかったそうだ。
そもそもそんなものに使うぐらいなら普通に魔法を撃った方が強いという結論になったそうだ。
「今説明した通り、代償に対して得られる恩恵が少なすぎるんだよ。それに……ほら連城君、適性が……」
皆まで言わなくてよい。
確かに話を聞く限り、大した恩恵は受けられない。それに適性が無い俺にはそもそも扱えない可能性がある。でも何もしないよりはマシか。よし! 取り敢えず師匠に謝って聞いてみよう。
「ありがとう木下君、浜口君。やれるだけやってみるよ!」
「あまり力になれなくて、ごめん」
「次はため込む前に相談してくれよ!」
俺は午前中の座学をサボることにした。いや、言い方が悪いな。やむを得ない事情があるから休んだ。良し! これだ。
やむを得ない事情で休んだ俺が向かったのは師匠の研究室だ。謝るなら早い方がいいと思ったからだ。扉の前で大きく深呼吸をする。こんなに緊張するのは久しぶりな気がする。
「師匠ーいますか?」
「うわーーーーーーーーーーーん、よがっだー、戻っでぎでぐれだーー」
号泣も号泣。穴という穴から水が出ているのは無いかと思うぐらい顔の周りがびちゃびちゃになっていた。正直怒られるか、拒絶されるかと思っていた俺は少し安心していた。
「師匠、顔ぐちゃぐちゃじゃないですか。はい、鼻かんで」
「ふーーん」
「落ち着きました?」
「うん。でも本当に良かった。ま、また逃げられたのかと……」
「あーあー、折角拭いたのにまた泣かないでください。逃げたりしませんよ。俺はファスク・クノスタルの弟子なんですか。それより俺の方こそすいませんでした。あんなこと言って」
「いいんだ。君が悩んでいたのは知ってたんだ。私心が読めるから。でもなんて声を掛けるべきか分からなくて……」
師匠も師匠で悩んでてくれたんだな。本当に申し訳ないことをした。今度からはなるべく早く誰かに相談するようにしよう。
「ところで師匠、こんな朝早くから来たのは謝るためともう一つ聞きたいことがあるからなんです」
「グスン、聞きたいこと?」
「俺、魔法付与の訓練をしようと思ってるんですけど、どうですかね?」
「止めておいて方がいいね」