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夢は勉強の末に

 走り出した良いけど一体どこに向かっているんだろうか……あー確か明日にだっけ? 未来にだっけ? どっちでもいいけどそろそろ疲れて来たな


 「ヒサノ、私達一体どこに向かっているんだい?」

 「え? 師匠が走り出したんでしょ」

 「いやーテンション上がってさ、こういう時って走りたくなるじゃん」


 『走りたくなるじゃん』ってあなた現在進行形で浮いて走ってないでしょうが。それにしてもなんの目的も無く走っていたとはこの時間一体何だったんだ。俺は一刻も早く使えるという魔法の事について知りたいんだが。


 「そこまで言うなら仕方ないなー。よし! 取り敢えず私の研究室に来てもらうかな。そこで話をしよう。ほい」


 勝手に俺の心を読んだ挙句、仕方なさそうに言った師匠は手を伸ばし、徐に俺の手を握る。幼女の姿をしているとは言え相手はエルフだ。恐らく年齢は俺より相当上だろう。つまり相手は女性……。

 女性免疫皆無の俺の人生において女子と手を繋ぐという行為そのものが極めてレアだ。覚えているだけでも幼稚園でかほちゃんと繋いで以来か。

 その時のかほちゃんときたら一切目を合わせてくれなかったな。俺嫌われることしたっけ?

 だが今、目の前の幼女は目をしっかり見ている。そんな状況に突如陥った男の末路は決まってこうなる。

 これが女の子の手。ぷにぷにしてて柔らけーーーーーーーー。


 「自分から手を握っといてこう言うのも変だけど相当気持ち悪いぞ」

 「師匠、そういうのは思っても言わない物ですよ。傷つきます」


 俺の豆腐のメンタルが傷つけられたことでさっきまでのときめきは完全に消え失せた。


 「よし、それでは行くぞ! 『転移(テレポート)』」


 そう唱えると周囲の風景が一瞬で室内に変った。

 それはまごうことなく転移魔法だった。室内に移動し、その感動を噛みしていたが、それはほんの一瞬だけだった。


 「「いだ!」」


 空中に放り出された俺と師匠はそのまま重力に従い、落下する。ただ問題だったのは落下先には大量のごみが散乱していたことだ。ごみは俺の背中にクリティカルヒットし、折角治った腰を砕かんばかりの打撃を浴びせてきた。


 「し、師匠、転移するならもう少し安全なところでお願いできないですかね」

 「痛た、いやーごめんね。久しぶりに帰って来たものだから座標指定ミスっちゃって」


 俺は強打した腰を摩りながら顔を上げた。そこは何というか研究室というにはそこまで専門的な器具が置いてある訳でもない。一言で言うなら汚部屋だった。

 こんな汚いところに転移させられたのか、俺。


 「汚いとは失礼な! これでもしっかり整理されているんだぞ!」


 そう言って久しぶりなのにも関わらずどこに何があるかを事細かに説明し始めた。

 これはあれだ。汚部屋住民特有の散らかっているように見えて、本人は必要な物を手の届く範囲に置いているパターンだな。

 俺もよくした。

 そのたびに親が勝手に掃除してどこに何があったか分からなくなって……懐かしいなー。

 感傷に浸っているのも良かったのだが、尤もそれは一人の時に限る。人を呼ぶには散らかり過ぎだ。このままだと俺の座るスペースすらない。


 「師匠、分かりました。まずこの部屋を片付けましょう」

 「ん? いやだから……」

 「片付けましょう」

 「わ、分かった」


 威圧で押し切り、記念すべき最初の弟子としての仕事は汚部屋の片付けとなった。

 数分後


 「大分綺麗になったんじゃないか?」

 「まー俺が座るスペースぐらいは出来ましたね」


 俺達がした片付けはものをどかしたに過ぎない。片付けが苦手な人間が一人から二人になったところで突然片付けが出来る訳もなく、これが俺達の限界なのだ。

 明日にでもメイドさん達に頼んで片付けて貰おう。その後勝手に片付けをし師匠から怒られるとも知らない俺はそんなことを考えた。

 俺はその辺に置いてある椅子を運び、空いているスペースに座った。


 「ところで師匠、さっき言っていた俺に使える魔法ってのは何ですか?」

 「まーまー待て。順序があるんだ」


 ごみの山から移動式の黒板を引っ張り出し、先生の様に説明を始めた。


 「まず、魔法の事は、今は置いておいて、先にヒサノには正しい魔力の使い方を教えてやる。それからじゃないと教える魔法は使えないからな」


 と言って何やら黒板に書きだした。身長が低い所為で黒板まで届いていない。その姿はとても見ていて微笑ましいが、どうして魔法を使わないのだろう。

 なんて思っていると『分かっとるわい』と小声でつぶやき浮遊し始めた。

 忘れていたようだ。本当にこの人の弟子でいいのだろうか? そんな考えが頭を過る。


 「ゴホン! それではヒサノに正しい魔力の使い方を教えてやる。まずさっきも言った通りお前の魔力操作は卓越している。その辺の魔法使いとは比べ物にならない程に。ただそれは体内のみでの話だ。本来魔力とは外部に放出しない限り、魔法を打てない。体内で完結する魔法もありはするが極少数だ。だからまずお前が学ぶべきなのは魔力を体外に放出。そしてその出力制御だ」


 師匠は魔力を右手に集中させ、白い球体を作り出した。それは某少年漫画の気巧弾の様だった。


 「これが魔力だ。本来であれば先に体外への放出。その後に調整や体内での魔力操作に入るのだが、ヒサノはその順番が逆になっている。まーそこまでの魔力操作が出来ているからこれくらいはすぐにできるはずだ。ほれ立ってみろ。早速やるぞ」

 「は、はい」


 何事も初めてとは怖い物だ。

 俺は師匠の様に腕に魔力を集中させ、体外に出そうと試みる。だが待てど暮らせど一向にその兆しが見せない。


 「もう少し力を抜け」

 「こ、こうですか?」


 一体どこの力を抜くのらや。腕か? 体か? 尻か? どこの力を抜いてもやはり魔力は出ない。


 「ちょっと待て。うーん、やはり体内で魔力を循環させていた所為で凝り固まっているな。まずはそこをほぐすところからか」


 俺をじっと見つめた師匠は何処か納得したようにうなずき、さっきのことを思い出した所為か恐る恐る両手を差し出して来た。

 別に変なことしないのにそんな怖がられるのは不本意だ。

 両手を握り、輪が出来る。すると師匠から魔力が流れ込んでくるのを感じた。


 「ヒサノも私に魔力を流せ」


 眼を瞑り、左から入って来る魔力を感じつつ、右から彼女へと魔力を流す。数分するころにはぎこちなかった放出も違和感なく出来るようになっていた。


 「眼を開けてみろ」


 開けた頃には師匠の手は俺から離れ、手の先に彼女が見せた魔力の塊と同じものが出来ていた。ただ綺麗な球体を維持しておらず、グニャグニャと激しく揺れている。


 「まー最初はこんなもんだ。出力と調整は追々やって行けばいい。よし! これで一応準備は出来たな。座れ。ヒサノが気になっている魔法について話そう」


 魔力を引っ込め、席に着く。席に着いてのを確認するとまた黒板の前に立ち、説明を始めた。


 「ヒサノ、お前魔法についてはどれくらい知っている?」

 「魔法は魔力を使用し、魔法名を唱えることで使える物です。属性は……」

 「あーそこまででいい。そう、魔法とは魔法名を唱えることで使うことが出来る。例えば火球(ファイヤーボール)の様にな。その前提を踏まえると今から教える魔法は厳密には魔法ではない。昔は魔術と言っていた。今では刻印魔法だとか、付与魔法と呼ばれているけど、私はあまり好かないな」


 魔術。それが魔法と一体何が違うのか、魔法はさっき言ったように発動させる魔法名を唱えることで発動できる。それは魔法と呼ばれるものに共通している事だ。例えば体内の魔力ではなく、精霊を介して発動させる精霊魔法。周囲の魔力を利用した元素魔法。

 その他数々の魔法はその発動に必要な魔力を得る方法は違いが決まって魔法名を唱える必要がある。

 一方魔術とはその必要がない。


 「魔術とは魔法とは違い、一般的に呼ばれている魔法陣や魔法式を使い、現象を発生させる。だから魔法名を唱えなくても発動させることが出来る。それに魔法の様に適性を必要としない。魔法陣さえかければ、あとはそこに魔力を流せば誰でも使えるからな」

 「それって物凄く強いんじゃ。魔法名を唱えなくてもいいとなれば相手が何を出してくるか分からない。不意打ちにだって使えるし、適性を必要としないなら俺みたいな奴でも使える! あっいやでもそれならどうして誰も使おうとしないんだ?」

 「良い着眼点だね。どうして適性を必要としないのに使われないか? それは魔法に劣る所が多いからだよ」


 魔術のデメリットとは一つ目がその発動の遅さだ。魔法は唱えるだけで発動できるが、魔術は魔力を式に流し込まないといけない。一瞬の油断が命取りになる戦いの場ではその一瞬の間で命を落としてしまう。

 二つ目が、放つ物の威力が弱いことだ。さっきでは火球で例えると同じ魔力量を使っても魔術では魔法の半分程度の威力しか期待できない。

 三つ目が二つ目の話に関わることだが、同程度の威力を出そうとすると魔法式を重ね合わせなければいけない。その分魔力量も増える。つまり燃費が悪いのだ。

 魔術はメリットに対してデメリットが大きすぎるため戦闘では使われることは無い。


 「戦闘以外では魔術は重宝されている。ほれ、その辺に置いてある魔道具。その中には魔法式が彫り込まれた魔石が入っている。スイッチを入れると明かりが付くようになっているだろ」

 「確かに付きますが、師匠、俺は別に魔道具を作りたいわけじゃ……それにそこまでのデメリットがある魔術を戦闘に活かせるとはとても思いません」


 使える魔法があると聞き、彼女の弟子になった。その気持ちの根本にあるのは強くなりたいからだ。だが話を聞いている限りでは役に立つとは考えにくい。


 「確かに。魔術は戦闘に不向きだ」

 「なら……」

 「だがそれは一般人ならな」

 「は?」

 「言ったはずだ。君の魔力操作は卓越しているとそれに君の魔力自体が魔術と相性がいい。まず魔術の発動に時間が掛かるのは波がある所為なのだ。魔力を流し込む際に波が邪魔をし、式にうまく魔力が流れない。だがヒサノの魔力ならそんな心配はいらない」


 そう言うとさっき指を指した魔道具を徐に取り、スイッチを入れ明かりをつけた。


 「見ての通りすぐに明かりが付いた。これは魔石にはほとんど波がない所為だ。つまりヒサノも魔力操作をさらに鍛えればこの速度で魔術を行使できるということだ」


 その言葉に俺はさっきまでの考えを捨てる。スイッチを押し、明かりが付くまではほんの一瞬だった。その速度は魔法以上。

 威力が弱い? それならより多くの魔力を流せばいい。

 燃費が悪い? 俺の魔力量なら問題ない。

 俺の気持ちは決まった。


 「ご指導よろしくお願いします!」

 「うむ! 良いだろう。君を立派な魔術師として鍛えてやろう」

 「よろしくお願いします! そう言えば俺って弟子兼助手なんですよね?」

 「うん、その通りだけど」

 「てことは師匠の研究の手伝いも含まれるんですよね。先に何の研究をするか聞いてもいいですか?」


 さっき師匠は『私の研究に君の魔力は相性がいい』と言っていた。つまり彼女の研究とは魔術に関わることだろう。それを考えると助手というより動力としての役割を期待されているのだろうか? 頼むから人道的扱いをして欲しい。そのためにもどんな研究かは聞いといて損はないだろう。


 「私の最近研究内容は転移魔法についてだよ」

 「転移魔法? さっき師匠使ってたじゃないですか」

 「確かに私は転移魔法が使える。だけどその原理は知らなんだ。現在私が使っている転移魔法は古い書物に書かれていた魔法をそのまま使っているに過ぎない。その原理や発動までの過程を知りたいんだ」

 「知ってどうするつもりですか?」

 「魔法式として書き上げ、転移を魔道具として使えるようにしたい。転移の出来る魔道具は古代遺産(アーティファクト)としか残っていない。それも完全じゃない。君たちが召喚された勇者召喚の魔法陣もその一種だ。使い方は知っているが原理は知らない。もしこれを解明できれば君たちを元の世界に帰すことが出来る術式を書くことが出来るかもしれない」


 それを聞き流すことは出来なかった。

 帰ることが出来る術式が作れる? もしそれが可能なら魔王を倒さず日本に帰ることが出来る。

 クラスの探索組が喉から手が飛び出る程欲していた戦わず帰還できる方法の手掛かりがこんな所で見つかるとは。


 「つい勢いで帰れるかもと言ってしまってけど、可能性があるだけで確信がある訳じゃない。だからできればこのことは他の召喚者には言わないで欲しい」


 確かに考えてみればそんな方法が見つかったとなれば、折角まとまりを見せているクラスにまた亀裂を入れる結果に成り兼ねない。


 「分かりました。このことは誰にも話しません」

 「ありがとう」


 何処か暗い雰囲気を残したまま俺と師匠の出会いの日は終わった。

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