無能の才
弟子になる?
余りの唐突な話に一瞬理解するのに時間が掛かった。
話しぶりから考えるにこの幼女エルフは魔法騎士団の団長様だ。魔法適性が全くない俺が弟子になったところで一体何の意味があるのやら。
分からない。
「その……申し出は嬉しいのですが……自分全く魔法はからっきしでして」
「うん、知っているよ。君が、魔法適性がないことぐらいは。それにスキルもジョブもないことも」
じゃあ、尚更俺を弟子に誘う意味が分からない。それを知っていて言っているなら考えられるのはおちょくってんのか、それとも馬鹿にしてるのか、どちらにせよムカつくな。
「全く、君の考えはすさんでるなー。私は本心から弟子にしたいと言ってるんだ」
まただ。独り言が多いのは自覚しているところではあるが、さっきと言いエルフの時と言い絶対に口には出ていなかった筈だ。
「心を読んでるんですか?」
幼女は不適な笑みを浮かべた。
どうやら当たりのようだ。心を読めるすごい能力だ。もしそんなことが出来ればわざわざ魔力の流れを見ずに、攻撃の先読みが出来る。下手をすればどんな戦いでも無傷で勝つことが出来るだろう。
「いや、そんな便利なスキルじゃない。心を読むには相手との距離が近くないといけないし、戦闘中は心が乱れるからそもそも読めないんだよ」
「はーそうなんですか」
思っていた以上にしょぼい能力なんだな。それに人相手でそこまでの制約があるなら魔物相手ならそもそも心を読めない可能性もあるな。だが交渉では大分有利に立てそうだ。ていうかそんな秘密大っぴらに言っていい物なのか?
「おーい、そんなことはどうでも良いからさー弟子どうするの?」
「弟子ねー」
正直余り興味がない。そもそもメリットがない。魔法が使えないのにこの幼女魔法使いの弟子になったところで大した意味はないだろう。
これは断る一択だな。
「君さーさっきから人のことを幼女、幼女と随分と失礼だよねー」
一瞬にして圧迫感が増した。
俺は咄嗟に下がり、臨戦状態を取る。眼を発動させ、幼女を注視する。頭の中には全く兆候を見せず魔法を発動させた姿を思い出し、冷や汗が全身から噴き出す。
右か? 左か? それとも正面?
全方位に警戒を強める。彼女の魔力が僅かだが右手に集中しているのを見逃さなかった。右手に全神経を注ぎ込む。
次の瞬間、高まった圧迫感が無くなった。その威圧を感じることが出来た者はあまりの恐怖に腰を抜かしていた。何が起きたのか分からない連中はその場に立ち竦み状況を理解しようと辺りを見渡していた。
まともに立っていたのは一条とバラム、そしてティリナぐらいだった。距離的に近かったマリナは完全に後ろで伸びている。
「君、やっぱり視えてるね」
「は?」
「魔力の流れをだよ。それが視える魔法使いは世界中探しても早々見つかる物じゃない。そこで伸びているマリナも精々見えて魔力の揺らぎ程度だ。流れまでは視えてない。つくづく君に魔法適性がないことが残念だ。もしあったのならきっと凄い魔法使いになっていた」
「ならどうしてその凄い魔法使いになれない俺を弟子にしようとするんですか?」
「それはねー君のその魔力だよ」
予想外の答えに少し戸惑った。
は? 俺の魔力? 魔力量の話か? それなら俺より一条とか桜井の方がよっぽど多いぞ。それともそれ以外に俺の魔力に何か秘密でもあるのか?
「驚いた。まさか君、他人の魔力ばかり視て、自分の魔力を視たことがないのかい?」
当たり前だ。自分の魔力を視て何になるというのだ。それよりはティリアやバラムのを見ていた方が物真似の精度だって向上するし、眼の訓練にもなる。
「そうか……なら教えてやろう。君の魔力は覚醒しているのにも関わらずほとんど揺らぎを感じないんだよ!」
「はー」
「それがどんなに凄いことか分かってないのか⁉」
分かるかそんなもん。こちとらまだ魔力を覚醒させて精々一ケ月程度だ。そんな生まれたての赤ん坊に何が凄いのか全く分かる訳がないだろう。
「仕方ない。一から説明しよう。まず君がさっきの戦いで見せたティリナの魔力の流れを真似て再現する、なんてことは流れが視えてようが本来そんなこと出来なんだよ」
彼女によると、そもそも魔力の流れには『波』が存在する。それは覚醒段階で個人個人で違い、流れをいくら真似しようと『波』が全く違う所為で本来では成功するはずがない。だがここで俺の魔力が関係してくる。全くと言い程、それが存在しない俺の魔力はその波の再現すら可能なのだ。
そしてそれを俺は無意識のうちにしていた。
「つまり私が君を弟子にしたいのはその卓越した魔力操作と制御に興味を持ったからだ」
「卓越した……魔力操作と制御」
「そう! 君のその才能に」
俺の才能。
それの言葉は乾ききった俺の心にスーッと溶け込むように染み込んでいった。『無職無能』と呼ばれ、それを自分でも納得し諦めていた。俺には何の取り柄もないのだと心のどこかで思っていた。
俺は無職で、無能ではあったが、無才ではなかった。その事実に今救われた気がした。
「だけど完璧じゃない。多分その魔力操作は独学かな? だから私が君に正しい魔力の使い方を教えよう。そして君にも扱える魔法を教えてあげよう」
「え?」
感傷に浸っている俺のまさかの爆弾発言が飛び込んで来た。
それは召喚されて今まで使いたいと思い、指を咥えて眺めている事しか出来なかった魔法を使えるようになるという祝砲にも近い言葉だった。
「……本当ですか?」
「もちろんさ! 私を信じてくれ。必ず君が魔法を使えるようにしてみせるよ」
今すぐにも弟子になると宣言したい気持ちをグッと押し込める。その前に確認しておくことがいくつかある。
「確かに弟子になる利点は分かりました。でもそれは全て俺の利点だ。あなたには何か俺を弟子にすることで利点があるんですか」
「君も疑り深いねー。確かに自分の都合のいい事ばかり言う奴は信用できないのは分かるよ。特に心が読める私からしてみればその意見には納得できるね。さて私の利点だったね。もちろんある。一つ目、現在私には研究を手伝ってくれる助手がいなんだ。以前の助手には逃げられてしまったからね。だから君を弟子兼助手にしようと考えたのさ。それとさっきも言ったけどその魔力だ。これは君に教える魔法にも関係することだから後で教えるけど私の研究に君の魔力は相性がいいから欲しいんだ。」
嘘ではなさそうだ。
確かにこの幼女にもメリットがあることは分かった。前の助手に逃げられたというワードが少し引っ掛かるが俺を騙す気は無さそうだ。
なら断る理由はないな。だけどそれなら順序が逆だな。
「分かりました」
「うん! いい返事だ。それなら……」
「ちょっと待ってください!」
「どうしたんだい? も、もしかしてさっきのは嘘だった言うんじゃないだろうな」
「いや、そうではなく……」
心臓の鼓動が早くなる。まるで今から告白でもするのかと思わせるような緊張感が周囲を包み込む。
大きく息を吸い
「俺を弟子にして下さい!」
深々と頭を下げた。
そう、順序が逆なのだ。確かに提案されたのは俺だが、教えを乞うのは俺であり、教えるのは彼女なのだ。ならば『弟子になってやる』ではなく『弟子にして貰う』のが正しい順序だ。
「いいねー君、いやヒサノ! 気に入った! いいよ。私の弟子にしてあげる!」
「ありがとうございます! 取り敢えず師匠の名前を聞いても……」
「あーそう言えば自己紹介がまだだったね。私は王国魔法騎士団団長ファスク・クノスタル。ついて来い! 我が弟子よ! 私達の未来は明るいぞ!」
「はい! 師匠!」
こうしてこの状況に飲み込めない周りを置いて俺と師匠は走り出した。これに意味があるのか分からない。まーたまにはテンションの赴くまま動くのも悪くないだろう。
俺は幼女エルフ魔法使いファスクの弟子になった。