怪我の功名
念願かなって訓練に参加できるようになった俺ではあったが、以前噂は消えておらず、周囲の目線が痛い。その中で一番バツが悪い戸口と坂下が最後の最後まで復帰に反対していた。今では大人しいが本当にうるさかった。その所為か噂に拍車がかかり噂ばかりが独り歩きしている。
そんな二人の被害者面は効果覿面で周囲から同情を買っている。その空気感で真実を伝えても無駄だと分かる。
最もこいつ等からしてみれば俺からの復讐がないことがより恐怖心を煽られているのだろう。
「それならはなから嘘なんてつかなければいいのに」
それが本心だ。
そもそも今はこいつ等に割くリソースを持っていない。午前はヒートアップした佐藤先生たち教師陣による補講、午後は訓練に参加。その後も自主訓練とどこにそんな時間があるのやら。勝手に怖がっていればいい。
それが時間のない俺に出来る細やかでいやらしい仕返しだ。
話を訓練に戻そう。
俺が復帰する数日前までは野外訓練前と変わらなかったそうだが、最近魔族軍の動きが活発になりつつあるという報告があって以降方針を大幅に変えた。
本来もう少しレベルを上げ、体とスキルに慣れて来た時に始めるはずだった強化訓練へと移行した。
強化訓練の一環として野外訓練を経て各々が実践を経験したことで俺含め課題を発見したことだろう。最近の訓練ではその課題に関する訓練をやっている。
未だ武器の扱いに慣れていない者は素振りを。扱いには慣れているが、動く相手に対して攻撃を当てれない物は兵士や仲間と永遠と模擬戦を行っている。そしてそれすら十分に出来ている者はスキルや魔法も使える者はそれらをうまく使った立ち回りの開発をしている。
段階的にすることで向上心を煽るのを目的としているのか、それとも激化する魔族との戦争に一刻も間に合わせるために選別を始めたのか。
どちらにせよ俺にとっては好都合だ。
昔の俺なら素振り組に行っていただろうが、今は模擬戦組でも十分に通用するだろう。
「それでは各自二人組になり、決まった者から模擬戦を始めよう」
兵士の指示によりクラス内で仲がいい者とペアーが次々と作られて行く。
これは俺の嫌いな言葉No.2『好きな人と組んでいいですよ』だ。この言葉に一体どれだけ苦しめられたことか。そもそも好きな人というのが抽象的であいまいなのだ。もう少し特徴と言うかなんか言い方があるだろう。
ちなみにNo.1,3は『連帯責任』と『誰か連城をいれてやれ』だ。3に至ってはただの公開処刑だろう!
「あのー」
「あっ、俺とやろうぜー」
逃げられてしまった。唯一の頼みの綱である上野は残念ながら素振り組だ。そしてさらに俺に悲報が飛び込む。今現在模擬戦組に参加しているのは九人つまり奇数だ。よって必ず一人余るのだ。
「余ったのか……おい! 誰か相手してやれ」
「それでは自分が」
結局俺の相手は兵士の一人となった。
「連城久乃です。よろしくお願いします」
「知っているよ、君は有名人だから。私はマグラスだ。よろしく」
俺って有名なのか……それって悪評だよね。嬉しくねー。
握手を交わし、剣を構える。挨拶の時と言い、剣を構えている姿と言い完全にこちらを舐めているな。
それに奥で控えている兵士たちの小言が聞こえて来る。
「マグラスさんずるいよな~。横取りしてよ。俺もあいつとやりたかったのに」
「それ、お前あいつが一番弱いからだろう。訓練ならどれだけ痛めつけても注意程度で終わるかなら」
「そうそう。最近あのガキ共ちょっと強くなったからって調子乗りやがってムカつくんだよ! 憂さ晴らしやってねーと気が済まないぜ」
言葉が出ないな。
鬱憤晴らしに使われるのは癪だが、鍛冶師のラエズといい、騎士団の方々と言い、随分と俺達召喚者への印象は最悪のようだ。そのことを考えるとサンドバックにされることを怒るのも少し理不尽に感じて来る。
「訓練中に何をボーっとしている!」
「ん!」
ついつい訓練中だということを忘れていた。突然目の前に現れた剣を防ぐが、その衝撃で腕が痺れ、次の対応に遅れる。
しかし本当にムカついているんだな。攻撃に力が籠り過ぎている。てか、初手で追い込まれてしまって反撃できなんだけど!
「おらおら! どうした! お前ら召喚者の力はそんなもんじゃないだろう!」
「ちょっま!」
「戦場に待ったはないぞ!」
確かに実践に待ったは無いが、攻撃一つ一つが悪質過ぎる。
わざと急所を外し、攻撃してくる。その上こちらがよろめくと攻撃の手を緩め、わざと隙を見せる。この人性格は悪いが技量だけは本物だ。攻撃を繰り出すとそれをいとも簡単に防ぎ、反撃も的確だ。
押されるまま戦いは続き、俺の手から剣が飛ばされる。
「さっさと拾え。もう一度だ」
「マグラスさん~次は俺にさせて下さいよ~」
「まだだ。俺がまだ満足してない。ほら早く立て!」
本心隠す気ないだろう! 『俺が満足してない』って本音駄々漏れじゃん!
「何ならスキルとか魔法を使ってもいいぞ。使えるならな!」
このマグラスとかいうヤツ随分とノリノリだな。俺がスキル無し、魔法適性無しなのを知っていて煽ってやがる。
何だかさっきまで感じていた罪悪感がスーッと消えて行く。
この模擬戦はスキルも魔法も使用不可だ。だからあえて使っていなかった。だが此奴が使ってもいいと許可を出したんだ、使っていいよな。
「もう一戦よろしくお願いします」
俺は眼を発動させる。
さっきは油断したが、今度は油断しない。
マグラスはさっき同様決して急所を狙わないつもりなのだろう。それに動きもさっき以上に大雑把だ。俺は相手をしっかりと視る。
動きはさっきと打って変わって全ての攻撃をうまく捌いていた。突然攻撃が当たらなくなったことにイライラし出したマグラスは攻撃に力が籠る。それすらも動きを先読みしている前では無意味だ。
大振りに振られた剣を剣で往なし、そのまま重心をずらし、転ばせた。
「まだ続けますか?」
以外にも諦めの悪い男のようだ。立ち上がり剣を握り直す。それはさっきまでの舐めた構えではなかった。目も真剣そのもの。
互いの剣がぶつかる。
軽くはじけ飛ばれされていた俺も体に力を入れ、弾かれない様に剣に体重をかける。それから何度も剣を交えるが、やはり先読みしているアドバンテージは大きい。
相手の攻めの瞬間を狙い、攻撃を繰り出し続ける。こうなるとただのワンサイドゲームだ。最後はやけになったマグラスが大振りな攻撃を仕掛け、その隙に懐に入り込むんで終了となった。
俺の剣はマグラスの喉を捕らえている。勝負は完全に俺の勝利だ。だだ俺もムカついていたとは言え無意識にこの人の自尊心を傷つけてしまったことだ。
「調子に乗るなよ……クソガキ」
マグラスが振った剣が俺の顔すれすれを通り過ぎる。回避自体は容易だったが、落ち着いていた先程とは一変して彼は完全にキレた。
「お前らも参加していいぞ」
「いやでも、流石に三対一は……」
「これは模擬戦じゃない。お灸だ。この調子に乗ったクソガキを説教するためだ。だからいいんだよ」
「そうだな……覚悟しろよ『無職無能』さん」
大の大人三人が高校生一人に剣を構える。日本であったら剣を持ってなくとも則110当番案件だろう。でも不思議とこの状況にワクワクしている自分がいた。無意識に笑みがこぼれる程に。
「何、笑ってやがる!」
三人が同時に動き出す。流石は騎士団に所属しているだけはある。即座に俺の周囲に回り込み、一目では全員の動きが把握できないようになっている。
だが誤算だったのは俺が一切慌ててなかったことだろう。
こんな状況は今までにも何回もあった。オーガの時、教師陣の時、そのどちらもどうやって包囲から脱出するかを考えていた。だが今の俺が考えているのは正面突破ただ一つ。
「『物真似・氷姫:再現率48パーセント』」
向かって来る三人はそれぞれ違う方向から攻撃を繰り出してくる。その全てをたった一本の剣で受け流す。その姿はまるでティリナそのものになったつもりだった。
もちろんスキルではない。訓練に戻る以前から温めていた歴とした技術だ。魔力の眼の先読みはそもそも相手の魔力の流れを見て、次の行動を予測するという原理だ。
物真似はその応用だ。
魔力の流れを見て予測できるのなら、その逆、本人と同じ魔力の流れをすれば同じことが出来るのではないかと考えた。
ただし、魔力の流れをまねた所で俺とティリナとの間には身体的性能には天と地の差がある。その所為で再現できる技術にも限度がある。
それが再現率だ。現状48パーセントが俺の限界だ。足りない再現率は修正でカバーする。
その修正とは両手利きだ。
初めは二刀流を夢見て始めた両手利きだったが、試してみた結果、思ったほど強くなかった。というより俺には合ってなかった。
そこで思いついたのが両手利きを使った変幻自在の剣術変更だ。右手で剣を握っていた筈の相手が突然左手に剣を握り、右と遜色ない剣術で襲って来る。
戦いは一瞬の判断ミスが命取りになる。そして初めて実戦で使ったが思った通り、決して片手では裁き切れない量の攻撃も両手を駆使すれば無傷で受け流せる。
「は?」
「受け流された? たった一本の剣で?」
「有り得ない」
突然の俺の変容に三者三様に驚きの反応を見せる。その隙を見逃す訳も無く追撃を開始する。流れるような剣捌きとは打って変わって力を込めた強力な一撃を繰り出し続ける。
「『物真似・巨兵:再現率30パーセント』」
怒涛のラッシュが続く。一戦目と状況は反転していた。それに俺は大人三人相手に攻撃を全く寄せ付けていなかった。
それでも俺としては満足していなかった。
再現率30パーだとまだまだ弱いな。もっと足腰を鍛えないとな!
「悪かった! 俺達が悪かったからか!」
許しを請うマグラスに無言で剣を大きく大きく振り上げ、力の限り振り下ろした。もちろんムカついたからと言って殺す気など微塵もない。顔の直後で寸止めだ。
「分かってますよ、これは模擬戦。本気で……あれ?」
そこまで怖かったのか完全に伸びてしまっていた。目の前で手を振っても呼び掛けても反応がない。
他の二人も尻もちを着き、唖然として動かなくなっている。
「ありゃりゃ、これはやり過ぎたかな」
この三人を運ぶのを手伝って貰おうと辺りを見渡すと、訓練中の全員の視線が俺に集中していた。訓練場に沈黙が充満する。
流石の俺でもこの場で声を上げることが出来ず立ち竦んでいると
「素晴らしいーーー! いやーーー実に素晴らしい戦いだったよ! 見てるこっちもワクワクしたね」
訓練場に甲高い声が響き渡る。周りを見渡すが、声を出している人は誰もいない。その状況に少し怖くなっていると
「一体どこを見てるんだい?」
突如目の間に現れたローブを着た少女は、宙に浮かびながら悪戯っ子ぽくニシシと笑っている。その容姿は小学生ぐらいの子供にしか見えないのだが、目を引いたのは彼女の耳だった。
耳が長い! これはまさかあの有名な種族の。
「そう! 私はエルフだよ」
「マジか!……てか俺また声に出てた?」
そんな訳の分からない状況に魔法騎士団の副団長マリアが飛び込んで来た。
「やっとお帰りになってんですね! ファスク団長!」
「やあやあー、マリアじゃないか! そんなに息を切らしてどうしたんだい?」
「どうしたも、こうしたもありません! 貴女が仕事をほっぽり出して旅なんかに出た所為で書類が溜まってるんですから! もう少し団長としての自覚を持って下さい!」
「もーうるさいなー! 帰ってきて早々仕事の話とか止めてよ! 折角面白いもの見て良い気分だったのに!」
この状況どうしよう。宙に浮いた幼女とマリアが喧嘩をしており、その下では大人三人がピクリとも動かない。状況について行けないクラス連中。そしてそれに挟まれている俺。
何だ? このカオス状態は。
「君、名前は確かレンジョウだっけ? あれ? 異世界では下が名前だったよね。てことはヒサノが名前なのかな?」
「団長! まだ話は終わって…っん!」
突然彼女の口が開かなくなった。恐らく魔法なんだろうが、いつの間に唱えたんだ。眼で見てたのに魔法発動の兆候が一切見えなかった。
俺の中でこの幼女の警戒レベルを引き上げた。
「悪いけどマリア、少し静かにして貰える? 今大事な話をしているんだ。それで?」
「はい、俺の名前は久乃で合ってますけど……」
「そうか! それなら良かった。ゴホン、ヒサノくん、君私の弟子になる気はないかい?」