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閑話① 月下氷人の呟き

 私の名前はティリナ・エヴァンス。アムリウス王国の第二騎士団の団長をしている。正直私には団長という立場は相応しくない様に感じる。

 人と話すのは苦手だし、自分でも分かっていることだけど表情を表に出すのも苦手だ。

 それでも私がこうしてこの地位にいるのは恩返しをするためだ。

 その相手というのは現国王様と、今は亡き前第一騎士団長ラムガナ様だ。

 私の生まれは王国の最北端の村だ。夏は過ごしやすいが、冬は外に出ただけで凍え死ぬほどの寒さだったことは覚えている。

 それはある吹雪の強い日だった。

 本来近隣の山の奥地で眠っているはずのワイバーンが突如として暴れ出した。当時の私に暴れ回るワイバーンを止めることなんて出来る訳もなく、


 「お前達はここに隠れていなさい!」


 私は母と家の中で息を殺していた。吹雪と一緒に大きな物音が家中に響き渡るのを覚えている。そして飛んできた瓦礫が家にぶつかり、きしむ音と同時に屋根が崩れた。

 母はそのまま下敷きになってしまった。

 それからも数日ワイバーンは暴れ回った。

 吹雪が止んだ頃にはワイバーンはどこかに行ってくれだが、それでも村は壊滅状態だった。

 幼い私は同じように生き残りがいないかと村中を歩き回ったが、見つかるのはワイバーンにより無残に殺された村人の死体ばかり。

 その中には父の物もあった。

 結局村で生き残ったのは私だけだった。自分だけが生き残ってしまった罪悪感と何もできなかった自分への嫌悪感が募りに募って行ったのをよく覚えている。


 「君、お父さんやお母さんは?」

 「……」


 私は答えられなかった。当時の私は父と母が死んだと信じたくなかった。

 その後、救援にやって来たラムガナ様に養子として迎え入れられた。

 ラムガナ様は大胆、分け隔てなく優しく、そして強い方だった。

 当時はその強さに憧れた。そして雪辱を晴らすため、無理を言って騎士団に入れてもらった。

 運が良かったと思うべきか、私には魔剣士としての才覚があった。剣を握れば思う様に体が動き、日を追うごとに実力を付けて行った。


 「ティリナ・エヴァンス、貴殿を第二騎士団の団長の任を与える。その忠義と義務を果たすと誓うか?」

 「はい、その任に恥ずかしくない活躍をお約束しましょう」

 「では、貴殿にこの剣を授ける。その任と剣に恥じない活躍を期待する」

 「ありがたく頂戴します」


 そしてそんな私を認めてくれた国王様は第二騎士団の団長という立場とこの王国の秘宝の一つである氷霧細剣(アイシームーン)を授けてくれた。

 そして魔族軍との戦いが激しくなる中、団長だったラムガナ様は逃げる国民を庇い、戦死した。彼の死を聞いた時はまた何も出来なかった自分に心底腹が立った。

 それでも投げ出す訳にはいかなかった。

 その後当時の副団長だったバラムさんがその後を引き継ぐ事になった。

 あれから数年の月日が流れ、王国が勇者召喚の儀式に成功したと知らせと帰還命令を聞き、他国へ支援に行っていた私達第二騎士団は王都へと戻ることになった。

 ただ不思議だったのは当初、勇者の訓練にはバラムさん率いる第一騎士団が当たるはずだった。彼が手に負えない程の勇者なのかと身構えてしまったが、結果は予想の斜め上をいっていた。


 「三十人ですか?」

 「はい。今回の勇者召喚に際しまして巻き込まれて召喚されてしまったのです。当初は第一騎士団だけで訓練を行うつもりでしたが、バラム殿から『流石に無理だ』と言われてしまいまして、あなた方第二騎士団にも勇者様方の訓練に参加してほしいのです」

 「はい、分かりました」


 こうして唐突ではあるが私も訓練に参加することになった。差し当たっては明日の野外訓練に参加する旨を騎士団に話し、その日は解散となった。

 ただその日は不思議と寝付けなかった。

 久しぶりの王都。土煙と血の匂いのしない風を感じていたいと思ったからかもしれない。


 「……綺麗だ」


 突然聞こえたその言葉に驚き振り返ると少年が一人立っていた。体は細く、年も私と変わらないだろう。騎士団の人間ではなさそうだ。

 ただここは女性寮。男性は基本進入禁止だ。

 すかさず腰に据えている細剣を抜き、彼の喉元に突き付ける。普通だったら驚いたり、よろめいたりといくか反応するはずだが、彼はじっと私の眼を見ていた。

 ただ彼もやっと自分の置かれた状況を理解したのか、慌てふためいた顔をし、膝を付き、許しを乞うてきた。

 それには思わず驚き、笑ってしまった。これでも人を見る目はある方だと思う。なんとなく道に迷ったと言っているが、嘘だろう。だけど悪い人ではなさそうだ。

 その後すぐに彼を解放してあげた。ただ不思議と彼に興味が湧いた。


 「それと……君の名前教えて」

 「へ?名前ですか?連城久乃です。あー久乃が名前で、連城が苗字です」

 「レンジョウ・ヒサノ、分かった。私の名前はティリナ・エヴァンス、またどこかで会えるといいね」


 体格や声全く似ていないヒサノに何処かラムガナ様に似ている雰囲気があった。

 その時の彼女の顔は懐かしさを感じさせつつ二度と会えない恩人に寂しく思うものだった。


 次の日、集められた集団の中に彼の姿があった。

 聞いた話では本来召喚者では持っているはずのジョブという物を持たず、この世界でも珍しいスキル無しだと。それでも訓練には毎日参加し、諦めない奴だとも聞いた。

 やっぱり私の思った通りのいい人なのだとその時までは思ってた。

 訓練中彼が起こした事件を知るまでは。

 ゴザの森の奥地には強力な魔物が多く生息していることは有名な話だ。もちろんそのことは事前に彼等に教えてあった。それでも規律を破り、森の奥へと行き、剰え仲間を危険に晒した。この行為は騎士団でなくてもしてはいけない行為だ。

 結果腕を失ったのは自業自得だ。

 ただ彼に何処か期待していた分、裏切られたような気がした。自分勝手だと思って貰って構わない。だから私自身いつぶりだか怒っていた。

 そして彼の全く反省していない様子にさらに腹を立てた。

 だが不思議なのはここからだった。


 「連城君の腕の治療をお願いできませんか?」


 腕を失い、召喚者内、騎士団内からも完全に信用を失ったと言うのに勇者イチジョウと賢者サクライが腕の治療を申し出た。

 それには少し反発もあったが結局治療することになった。

 それだけじゃない。彼自身も何か付き物が取れたようにスッキリした顔をしていた。訓練以外で自主的に訓練するのは勇者だけだと聞いていたが、その中に彼も加わった。

 利き腕の右が無くなったと言うのに左腕で剣を振っていた。それに今までダガーを使っていたのに突然直剣を使い出したのだ。

 それに隠れて『片腕』という通り名で冒険者として活躍しているという噂も聞いた。本当かどうか確認を取ったわけではないが、片腕の冒険者と聞きすぐに勘づいた。

 そしていつの間にか魔力を覚醒させていた。

 魔剣士の私にもオーラを見ることが出来る。元より魔力量が他の召喚者に比べ高いとは聞いていたが、そのオーラには驚いた。

 まるで植物や石の様なオーラをしている。全く揺らぎが無い。凪の様なオーラをしていた。


 最近の午前中は彼の叫び声が城内に響き渡っている。

 腕の治療が始まったようだ。手足を無くし大金を叩いて治療する者は少なくない。だがそのほとんどがまともに完治したことがない。その理由は悲鳴が響き渡っていることから分かる通り回復の際に激痛が伴うからだ。

 中にはこの激痛に耐えられず、死んだ者がいるほどだ。

 多くの者は叫びも出来ず、気絶すると聞いたが、彼は治療中常に叫んでいる。それはずっと意識を保ったまま激痛に耐えていることになる。


 「すごい……」


 本心から出た言葉だ。

 この時から私の中である疑惑が浮かび上がっていた。

 『あの事件は、本当は彼が引き起こしたものではない』ということだ。いや初めからあったように思うそれをどうして今まで考えなかったのか、それは彼自身が焦っていることを知ったからだ。巧を急ぐあまり死んだ兵士をたくさん見てきた。

 その経験が私に考えさせるのを止めていた。

 戦場では自分の命を守るので精一杯だ。とても他人の命を庇っている余力はない。そういうことが出来る人は真っ先に死ぬ。ラムガナ様のように。まして実践すら初めての新米なら尚更。

 気になった私は同じパーティーメンバーに話を聞いて回った。


 「そうです! 戸口君達が森の奥に行こうと言い出して、連城君は止めてたのに……それで結局彼、腕を失って、その上助けた戸口君は原因を擦り付けて……私がもっと早く起きていれば……」


 ………。


 「は、は⁉ あれは彼奴が原因で起こったんですよ! 知らないんですか? あの無能焦ってたから俺が折角止めたのによー」


 賢者は本当のことを言っているように見えた。トグチは明らかに嘘を吐いているのは見てすぐに分かった。

 その日以上に後悔することは無かった。


 「私、なんて酷いことを……謝らなきゃ……」


 だけど一向に捕まらない。午前中は治療で潰れる。ならばと午後は訓練が入っており、抜ける訳にはいかない。夜は気が付けば自室に帰っている。

 それでもすぐに機会は来た。彼の腕の治療が終わったのだ。このチャンスを逃がすまいと勇んだは良かったが、先にサトウ殿に捕まっていた。午前中の授業の受け直しをさせると言っていた。これで午前中がまた潰れた。


 「ティリナ、少しいいか?」

 「はい、何でしょうか?」


 今日は月に一度の定例会の日でもあった。最近の議題は主に勇者達の訓練に関することだが、定例会が終わった後、バラムさんに呼び止められた。


 「会議の前、レンジョウから訓練に復帰したいとお願いされた。お前の意見を聞きたい」

 「理由を聞いてもいいですか?」

 「うん、今回のことを受けて俺は彼奴を訓練から外そうと思っている。実力的にも他の召喚者と差が開きすぎている。このままでは無駄死にさせる結果になりかねん。それに奴の評判はあまり良くない」

 「その事ですが……」


 私は知っている限りの情報を話した。


 「それに今、彼は変わりつつあります。私は訓練に戻すべきだと」

 「お前がそこまで言うのは珍しいな。それに庇ったという可能性か……確かにそれは考えてなかった。私の方でも調べてみよう」


 出来る限りの事はしたと思う。

 それから数日、ヒサノは右腕の改善に取り組んでいる。と言っても二本の棒を使って豆を皿に動かすあれに何の意味があるかは分からなかった。

 それでも日に日に動きが良くなっているのは見ていれば明らかだ。


 「知ってますか? ティリナさん、最近ゴザの森でオーガが目撃されたという噂があるんです。偵察隊が今事情確認に森に行っているみたいですが、もし見つかったから大事になりますよ」


 副団長の言う噂に関しては私も知っている。オーガとは大きい物ではブラックベアー程の大きさになる人型の魔物だ。何より厄介なのが種族の違うゴブリン達を従えることが出来ることだ。

 そのためオーガもゴブリン同様見つけ次第、すぐに討伐しなければならないのだが、ゴブリンと違い奴らは強い。並の冒険者では骨を砕かれて終わる。

 発見された際は騎士団が出る可能性もある。準備は怠らない方がいいだろう。

 ただその心配は杞憂に終わった。


 「オーガが討伐されました! 」


 飛び込んできたのはゴザの森へ調査に行っていた偵察隊の一人だ。だがそこまで慌てることだろうか? 確かにオーガは強い。だが冒険者でもパーティーを組めば倒せない相手ではない。危険視される理由はゴブリンを統率できる一点のみ。


 「どこのパーティーが討伐したんだ? 赤薔薇か? それともナツリガナか?」

 「いいえ、単独での討伐です。しかもオーガだけでなく同時に五匹のゴブリンも仕留めています」

 「単独? パーティーではなく?」

 「はい」


 単独でオーガにゴブリンとは……私の知る限りではそんなことが出来るのは(シルバー)冒険者パーティー赤薔薇のリーダぐらいだ。

 だが出て来た名前は意外な人物だった。


 「それがほぼ無名の冒険者で本名までは分からないのですが……『片腕』という冒険者だそうです」

 「片腕? それは本当?」

 「ええ、確認は取りました」

 「ティリナ知っているのか? その片腕という人物を」


 『片腕』は彼の通り名だ。それをバラムさんに伝えると慌てて部屋を出て行ってしまった。

 次の日、訓練に彼が参加していた。どうやらバラムさんは参加することを許可したようだ。それはいいのだが、最近訓練中ずっと凝視されている気がしてならない。

 振り返りヒサノを見ても明後日の方向を見て誤魔化しているが、あそこまで見られていれば誰だって気が付く。

 この容姿は異質なのは自覚している。

 ただ彼の視線はそういった物とは違う。もちろん欲情的な物でもない。なんというか観察されている気分になる。それが良い物か悪い物かは判断が難しい。只今は放置しておくことにしたそっちの方が面白うだから。


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