復帰戦
今日は俺にとって記念すべき日になった。
「これで治療は終了となります。お疲れさまでした」
俺の右腕が完全に治ったのだ。治療に掛かったのは三週間。本来早くても一か月かかるものを三週間で済んだことは俺もだがそれ以上にワリムも驚いていた。
久しぶりの右手の感覚に感動で涙が出そうになる。
「本当にありがとうございます‼」
「いいえ、仕事ですので。それより確かに腕は戻りましたが、暫くはうまく動かすことが出来ないと思います」
言われた通り右腕の動きに僅かな不自然さを感じる。棒を掴もうと右腕を伸ばし、力を籠めるが棒は手の中から滑り落ちた。
「これはリハビリが必要だな」
訓練項目が一つ増えてしまったが、それでも右腕が治ったことは嬉しい。
治療が終了してすぐに誰もいない訓練場へと向かう。改めて右手で木刀を握り、素振りを行う。ぎこちなさは残るが、確かに自分の意志で腕を動かし、剣を振っている。
その足でバラムの元へと向かった。目的は訓練への復帰を認めてもらうためだ。自主訓練はあれから怠っていないが、一人での訓練にも限界がある。何より実践を模した模擬戦に至っては二人以上いないことには成立しない。
戦闘経験はどんな訓練よりも為になる。
「バラムさん! 右腕が治ったので訓練の復帰お願いします」
「おー何だ! いきなり!」
確かにいきなり過ぎだ。ノックもせず中に入るのは流石に不味かったよな。それでも今の俺は腕が治ったことによるハイテンション状態。止まれというほうが無理な話だ。
「話は分かった。だが駄目だ」
「どうしてですか⁉」
「理由はいくつかある。まず話を聞いている限りではその右腕まだ完全に回復したとは言えないのだろう。それに今お前がどんな立場か分かっていないはずがあるまい。今お前を訓練に参加せる利点が少ない。取り敢えず訓練に加わるにはまずその腕を完全に治してからにしろ! 話は以上だ!」
バラムの言っていることは尤もだ。
完全に腕の調子が治ってない状態で訓練に戻ったところで足手纏い以外の何者でもない。それに今の俺の立場とは腕を失った事件の原因だと思われていることだろう。ただでさえ嫌われいるのにお荷物とは事情を知らない奴等からしてみればいい迷惑だ。
となれば最優先は右腕のリハビリからだ。
「と言ってもリハビリって何からし始めら良いのやら? 取り敢えず思いつく限りをやってみるか」
思いついたのは箸で豆を移動させることだ。これは予想外に難しい。難点は指先の繊細な力加減だ。今俺の右腕は力加減が出来ない。0から100まで力があるとすれば0か100しか出せない。
寧ろ左の方がうまくできる。
さらに素振りも始めた。
何といっても夢は二刀流だ。そのためには右も左と同程度かそれ以上に剣が扱えるようになる必要がある。やはり左と右では体の使い方や重心が全く違うのが難しいところだ。
こうして俺のリハビリ生活は始まった。
今までは午前中は治療に使っていたから終わった今なら午前は完全に自由だと思っていた。
だが懸念していたことがあった。
「腕治ったんですね。良かったです」
目の前には笑顔が怖い佐藤先生がいた。
魔力の覚醒、腕の完治で完全に忘れていた。先生は言ったことを守る人だ。つまり今から長時間に及ぶ説教時間が始まった。
それも正座で。これはもう何かの拷問ではなかろうか?
ただそれだけで終われば良かったのだが、治療中の座学をワンツーマン補修という形でやってくださると言い出した。
はっきり言おう有難迷惑だ。
そんなこと口が裂けても面と向かって言えないが、俺の午前中はきれいさっぱり消えて行った。
となるとリハビリに使えるのは午後だけだ。
正直時間が全く足りない。一刻も早く訓練に復帰したい。焦っても余計に怪我をする可能性が上がるだけだと言い聞かせ、日々を過ごしている。
言い聞かせていた筈だ。
「はぁーーーサボってしまった」
朝食を済ませてた直後、先生から逃げるように城下町をぶらぶらしていた。
勉強嫌いアレルギー持ちの俺にはみっちりとした授業は性に合わない。後ろの方で聞いているようで聞いていないフリをするのがやっとだ。
勉強ばかりはどうにもならん。これでもこれしき一般常識は叩き込んである。文字は読めるし、書ける。お金の計算だって出来る。それ以上何を習う必要があるのか分からない。
「さて何しようか」
唐突にできた暇な時間をいかにして潰そうかと考えていると、無意識の間に冒険者ギルドの入り口に立っていた。
「そう言えば……魔石も無くなってたし、ちょうどいいか」
まるで行きつけの店に入るような感覚で中に入ると、いつも通り屈強な男達が朝から酒に溺れていた。そんな中でもせかせかと働く受付嬢達。その姿にお酒という誘惑に誘い込む冒険者達。残念ながら見向きもされなかったようだ。
「ファナさん、お久しぶりです」
「はい? 何方でしたっけ?」
たった一か月で忘られるとはちょっとショックだ。だがこの程度の事は俺にとってはよくある事だ。めげない、めげない。
「俺です。俺、片腕です」
「何を言ってるんですか? 片腕さんは腕か片方しかないから片腕さんなんですよ。あなた腕両方あるじゃないですか」
まさかこの人、顔じゃなくて腕のあるなしで判断してたのか……。いくら特徴のない顔とは言え、担当の冒険者の顔を覚えてないというのは受付嬢としていかがなものか。
「あの……これ、冒険者カードです」
「はー……え? え? 本当に片腕さん?」
「はい、本人です。見ての通り」
「でも腕……」
「はい、治りました」
どうやらやっと信じてくれたようだ。ただしばらく顔を見せなかっただけで死亡説が流れていたそうだ。片腕なのに嬉々として討伐系の依頼ばかりを受けていた所為で自殺志願者とでも思われていたのだろうか?
そう言えば入りたての頃は妙に安全な依頼ばかり斡旋されてたわけだ。
「そ、そうですか。それは良かったです。それで今日はどういったご用向きで」
「何か依頼が無いかと思い来たんですが……何かありますか?」
「依頼ですか? あるにはあるんですが……」
渡された依頼はどれもこれも渋い物ばかりだった。リハビリ兼訓練として依頼を受けるつもりだった俺にとっては受ける価値はほとんどなかった。
魔石集めという目的もあるため、ニードルラビットの皮の調達という依頼を取り敢えず受けておいた。
向かった場所はいつものゴザの森だ。
相も変わらず、出合頭に兎やゴブリンの頭を切り落とす。魔物の動きが先読みできるようになった今となっては、完全に見つかる事なく倒すことが出来る。
「しかしこれだと何の訓練にもなりはしないな」
俺はステータスプレートを見る。魔石集めで魔物を定期的に狩る様になり、レベルもすくすく上がっている。正直この辺りの魔物では大した経験値にならないのは明白だ。
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【名前】連城久内 【種族】人間 【ジョブ】―――:Lv. 11
【HP】:178/178 【MP】:126/126 【SP】:100/100
ステータ
【STR】:32 【VIT】:25 【AGI】:24 【DEX】:40 【INT】:36
スキル
ユニーク:―――
固有:―――
コモン:―――
装備
【頭】:なし 【胸】:革鎧 【腰】:革腰当 【足】革靴
【右武器】:鉄の直剣 【左武器】:なし
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目線は森の奥を見ていた。
実力を試したいと思う反面、やはりあの日のトラウマが蘇って足がすくんでしまう。無意識に剣を握る力が強くなる。
その瞬間、あの時と同様の悪寒を感じ、咄嗟に回避を取った。
俺の立っていた場所に極太の棍棒が叩きつけられ轟音が鳴り響く。土煙が上がり、その中からさらに横殴りの攻撃が飛んでくる。もし眼がなければ確実に当たっていただろう。攻撃のモーションが見えていた俺は間合いから距離を取り、回避する。
「オーガ、それにゴブリンの群れとは厄介な」
棍棒を振り回していたのはオーガだった。身長は二メートルを超え、その攻撃をまともに喰らえば折角治った腕どころか全身の骨が砕け散るだろう。それに周りには少なくとも五匹のゴブリンが退路を断っていた。
「逃げるか? 戦うか? 逃がしてくれる雰囲気じゃないな。さてどうする?」
絶望的な状況だったが、内心少しワクワクしていた。
剣を構え直し、オーガと対峙する。その一方で周りのゴブリン達にも警戒を向ける。
先に動いたのは一匹のゴブリンだった。それに合わせ他のゴブリンが動き出す。そしてオーガも棍棒を振り上げる。
出遅れた一匹を倒し、包囲を抜ける。
「どうした! どうした! そんなじゃあいくらやっても当たんねーぞ!」
眼をフル発動させる。デカ物からの攻撃を警戒しつつ、向かって来る一匹の首を落とす。逃げられない様に残り三匹が新たに包囲を作る。
「こっちと見せかけてーこっち!」
解体用に持っていたナイフを抜き、オーガの眼に当てる。
視覚をいきなり失ったオーガは振り上げた棍棒を無造作に振り下ろす。それが一匹のゴブリンに命中。よろめいた一瞬を見逃さず、オーガのアキレス腱を切る。
「頭が高ーんだよ、デカ物」
喉元に一突きし、絶命する。ボスが倒された雑魚共は背を向けて逃げるが、もちろん容赦なく倒す。
終わったと思った瞬間、ドッと疲れがやって来た。
両手の同時使用。出来て当たり前のことだが、まだ失う前程器用に扱えない右腕を軸にした戦闘としてはうまく行った。そして戦闘中の眼の使用続行。自己採点では100点満点中90点だと高評価を付けてもいいと思う。
残りの10点は残りのゴブリンを逃げ出す前に倒せなかったからだ。
「さて……このオーガどうしようか」
ゴブリンとオーガの魔石を回収し、討伐の証拠としてそれぞれの耳を拝借した。オーガはどれが証拠になるのか分からなかったから頭を持ち帰ることにした。
「重い……」
こういう時に『アイテムボックス』が欲しくなるが、上野を荷物運びとして扱えばあの馬鹿共と同類になってしまう。
その考えを捨て、オーガの頭を持ち帰った。
ギルドに持って行くと、一時騒然とした。やはりオーガは相当珍しいのだろう。
「それもありますが……これをソロ討伐ですか……」
ファナの驚いた顔は初めてギルドに来た時以来だ。
基本冷静な彼女のこの顔を見れただけでも十分な価値はある。討伐報酬と依頼報酬を受け取り、ギルドを後にした。
日頃の鬱憤を晴らせた今日は上機嫌だった。城に帰るまでは。
「待ってましたよ……連城君」
「先生……これには深い事情が……」
「ならその深い事情とやらを聞かせてもらいましょうか」
逃げようとする俺を他の教師陣たちが取り囲む。
思い出せ! 状況はあの時と変わらない。俺ならこの包囲網を抜けられる筈だ。
眼を発動させ、周囲を警戒する。
ゴブリンとは違い、むやみに飛び出してこない。暫く硬直状態が続いた後、痺れを切らした教師陣が動き出す。合図はいはずだが、ほぼ同時に俺に向かって来る。流石に武器を抜くわけにもいかず、さっきの様な突破は出来ないが、僅かに開いた隙間からすり抜けた。
だがそれは教師陣の罠だった。抜けた先に弓を構えた佐藤先生。放たれた一矢は俺の脳天に的中する。もちろん矢先は付いてなかったが、怯むには十分な威力だった。
「確保――!」
結局捕まってしまった。その後夕食まで説教と補講が続いた。俺の腹は終始鳴き声を出していた。
「やっと解放された……食堂まだ空いてるかな」
教師陣から解放された俺は食べ物を求め彷徨っていた。
「食べるか?」
すると突然目の前に串焼きが現れる。香ってくる香辛料の香りに思わずかぶりついてしまう。
振り返ると暗闇の所為でさらに怖い顔になったバラムが立っていた。
「ゴホゴホ……バラムさん……どうしてここに?」
「明日でもいいかと思ったんだが、明日から訓練に出て良いぞ」
「良いんですか?」
「ああ。さっきの君とサトウ殿との一戦を見ていた。あれほどの戦力差で諦めないその精神力には驚かされた」
「はー」
諦めない精神力? ただ怒られたくなかっただけなのだが……随分と都合よく解釈してくれている。ここは話を合わせるか。
「それはありがとうございます。でも結局捕まってしまいましたけどね」
「ははは、確かにな。だがあの包囲網の穴をよく見つけたものだ。今騎士団であの穴を見つけることが出来るのはそういないだろう。サトウ殿は君が見つけると信じてあの罠を張ったのだろう」
そう言われると嬉しい。ともあれ明日から訓練に参加できるのはありがたいな。
その後バラムと別れ、貰った串焼きを食べ尽くした。