進化
魔力が覚醒して数日が経った。結論から言うと現状余り魔力は役に立っていない。いくら魔力が見えるようになったからと言ってそれ以上の価値は今のところない。
それでも何もしないよりはマシだと思い、毎日魔石に触れては魔力を感じている。
「これももう駄目だな」
数日魔石を触り続けて分かったことがあるとすれば、魔石は無尽蔵に魔力を含んでいる訳ではないということぐらいだ。小石程度の物はもって二日程度が限界。魔力を失った魔石は黒くなってしまう。
これで一体何個目なのか分からないが、また魔力を消費し切った。
「次の魔石は……あれ? もう無くなったのか。仕方ない明日また取りに行こう」
次の日、朝食を済ませた俺は城下町にある冒険者ギルドに訪れた。
冒険者、異世界ものでは外せない大切なファクターだ。この世界の冒険者も日本で読んでいた本の設定と大して変わらない。ギルドで依頼を受け、その報酬で生計を立てている人の総称だ。
と言ってもそんなに夢のある職業ではない。依頼は採取や討伐はもちろん。護衛からゴミ拾いに至るまで冒険というより何でも屋に近い。
さらに冒険者にはランクがあり、鉄⇒銅⇒銀⇒金⇒ミスリル⇒オリハルコンとなっている。冒険者なりたての俺はもちろん最底辺の鉄だ。最高ランクのオリハルコンは現在世界に八人しかいないと言われている。いつか会ってみたいものだ。
冒険者となった理由は魔力の覚醒のためとやや不純だが、今となっては暇があるときや魔石が無くなった時にこうして訪れている。
「お邪魔しまーす」
「あら、片腕さん。お疲れ様です」
「エマさん、お疲れ様です」
この人は俺の担当受付嬢のエマだ。冒険者ギルドでは一人一人に担当の受付嬢がおり、依頼の斡旋や報酬の受け渡しをやっている。
片腕さんとは俺のギルド内でのいつの間にか付いていた通り名みたいなものだ。断じて自ら名乗ったわけではない。
「片腕さんのランクで受注可能なクエストだとこの三つですかね」
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1.薬草採取
依頼内容:薬草を五つ取ってくること 依頼主:薬師のダン 報酬:大銅貨一枚
2.ゴブリン退治
依頼内容:ゴブリンを三体討伐 依頼主:ギルド 報酬:大銅貨一枚と小銅貨四枚
3.下水道の掃除
依頼内容:下水道の清掃 依頼主:下水道の管理者 報酬:大銅貨三枚
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出された依頼書はゲームのチュートリアルみたいな内容の物ばかりだ。
まずは下水道の掃除だがこれは却下だな。この依頼は以前来た時もあった物だ。多分だが常にギルドに依頼してるのだろう。報酬は他の三つに比べればいい方だが、別に金に困っている訳ではない。
俺は残り二つの依頼を受注することにした。
「場所の指定はないみたいだし、行くならあそこかな」
馬車に乗り、向かった先はゴザの森だ。
以前殺されかけた場所に再度来るとは凄まじい胆力とか思われそうだが、別にそうではない。ちゃんとビビっている。この世界では案外ビビりというのは悪いことではないと最近思いだした。
変に自己評価が高いよりは長生きしそうだしな。
それに森の奥にさえ行かなければこの森は比較的安全なのだ。
「さてまずは薬草の採取だったな」
薬草とは厳密にはハミラ草と呼ばれる植物の事だ。どこにでも生えているような雑草だが、魔力と反応させることで人体への回復効果が出るようだ。
この説明だと草がすごいのか、魔力がすごいのか分からないな。
森の中を散策するとすぐに五つ集まった。
「次はゴブリン退治」
ゴブリンは弱小魔物の代表のような存在だ。だが雑魚も群れば脅威となる。ゴブリンの厄介な点はその繁殖力だ。それこそ雑草の様に根事断ち切らない限り、奴らが絶滅することは無いとまで言わしめる。
そのため目撃情報があり次第、依頼が出されるそうだ。
初心者冒険者にとっては良い金づるだろう。
「見つけた」
その数は四匹。
「依頼では三匹だが、一匹多く狩っても問題ないだろう」
俺は直剣を鞘から抜く。基本ソロプレイの俺はむやみに突っ込んだりしない。いくら相手が弱小魔物とは言え、数は相手の方が多く、その上片腕ではもしものことがあったときに対処できない可能性があるからだ。
落ちてある小石を拾い、反対側に投げる。
音に釣られ、ゴブリンの顔が向いた瞬間、一匹の首を撥ねる。さらに一匹。俺の存在に気が付いた一匹が持っていた棍棒を振り上げ、反撃に入る。
大振りの攻撃に合わせ、腕を切り落とす。そして一突き。
「さて一対一だ。悪いが死んでもらうぞ」
向かって来るゴブリンの首を切り落とし、戦闘は終了した。
俺はゴブリン達の死骸を集め、解体し始める。
「やっぱり、魔物と言えど、人型の解体は精神的にキツイな」
ゴブリンの体内から魔石と討伐の証拠として左耳を取っておく。
このまま帰っても良かったのだが、思ったよりも早く依頼が完了した俺はもう少し森の中で魔物を倒すことにした。
「んー魔力のオーラ見えるようになって良かったことは、探知性能が上がったことぐらいか」
木に登り、周囲に魔物がいないか『魔力の眼』を使い探していた。
かなり安直だが『魔力の眼』とは俺が勝手につけた魔力のオーラが見える状態の眼のことだ。
便利なことにこの眼、スイッチを入切することで見えるようになったり、逆に見えなくしたりと出来る。正直これが出来なかったら視界が靄だらけで生活しづらかっただろう。
「あれは……」
見つけた先にはお馴染みニードルラビットがいた。
相も変わらず兎に似つかわしくない唸り声を上げ、自慢の角突進を繰り出してくる。ただここで致命的なミスをしてしまった。
「見づら!……眼、切るの忘れてた!」
辛うじて回避することは出来たが、それでも以前兎の周囲にはオーラがかかっており、見えづらい状況は変わらない。
「いやでも、今後発動した状態でも戦う事もあるだろうし訓練してた方がいいよな……よし! 兎ちゃんには悪いが実験台となってもらうぜ!」
そこからは只々魔力の眼を発動したまま、攻撃を避け続ける時間が始まった。やはりいつもの視界に比べれば靄がかかっている所為で見づらくなっている。それでも兎の動きに集中し、向かって来る攻撃を回避する。
「どうした! 兎ちゃん! 君なら出来る! 頑張れー」
実験を初めて一時間は経っただろう。その間ほぼ休むことなく突進をし続けたニードルラビットは流石にバテテきたようで突進の速度もかなり落ちてきている。
そしてそれを応援する俺。一体どっちが訓練しているのか分からなくなる。
その時だ。兎が攻撃モーションに入ったのと同時にそれは起きた。
右足に魔力が集まってる? あーやっぱり右に動き出した。今度は両足……これは飛ぶな。
その予想通り兎はご自慢の角突進を繰り出してくる。そこをすかさず剣を抜き、首を撥ねる。
「うおーーーなんだ今の? それより兎ちゃーーーん! すまん、殺す気は……」
たった一時間だったが、一緒に鍛錬した兎を殺してしまったことに罪悪感を覚えつつ、兎を解体しながらさっきの感覚を思い出す。
あれはいったい何だったんだろうか? 兎の魔力の流れ? 的な物が見えて動きを先読みできた。
「分からん! そういう時は再現してみるまでだ! 次の魔物を見つけよう。兎ちゃん君の毛皮も肉も無駄にはしないよ」
それから俺は日が暮れるまで魔物を見つけては攻撃を避け続け、さっきの感覚を再現しようとしたが、あれ以降出来なかった。
流石に城に帰らない訳にはいかず、やむを得ず王都へと帰還した。
その後依頼達成の報告をし、王城へと帰った。
次の日、俺の頭の中は昨日の感覚で一杯だった。
あれ以降再現が出来なかったあの感覚をどうにかもう一度出来ないかと試行錯誤したが、その兆しすら現れなかった。
今日も森に行こうと城を出ようとしていると
「はぁはぁはぁ、見つけました。レンジョウ殿」
突然名前を呼ばれ振り返ると息を切らしたギディムが立っていた。
「ギディムさん、どうしたんですか? そんなに慌てて」
「教会から神官様が来られました」
それは以前話していた腕の治療をしてくれるという回復術師だった。予定より随分と早めの到着だった。案内された病室に入るといかにも神官と言った僧服に身を包んだ男が立っていた。
「始めまして、今回治療を担当するワリムと申します」
「あーどうも、ご丁寧に」
そこからワリムによる回復の手順を教えてもらった。
「私共が使う回復魔法は教会で作られた特殊なもので、今回のような痛みを伴う治療を行う際の痛みを軽減させることが出来ます。しかしその分やや回復までに時間が掛かります。ただし痛みが軽減されると言ってもかなりの激痛です。それでもよろしいでしょうか」
痛みが少しで軽減されるのは願ってもないことなのだが、どうやら回復までに一ケ月は掛かるとのこと。それでも治るなら拒否する選択肢はないな。
「大丈夫です。お願いします」
「分かりました。それではさっそく始めたいと思います」
そこから地獄のような日々が始まった。本当に軽減されているのかと思うほどの激痛。腕を内側から引っ張られているような感覚と骨や神経を直接握られているような痛みが同時に押し寄せる。
初日は当然気絶した。
それでも逃げ出すわけにはいかなかったのはやはりあの日の決意が効いているのかもしれない。
「あ゛――――――――――――――――」
「はい、よく耐えられました。本来であれば治療中すぐに気絶してもおかしくないのですが、こんなに早く治療中意識を保っている方は私の知る限りあなたが初めてです。それでは今日はここまで。また明日来てください」
「はぁはぁはぁ、はい。ありがとうございました」
午前中は治療に使い、午後は自由な時間だ。とは言え腕一本程の治療となれば体力もごっそり持って行かれる。とてもじゃないがこれから訓練しようという気には成れなかった。
そのため最近は動かなくてもできる魔力の訓練に勤しんでいる。要は魔力の眼への慣れだ。常に眼を発動させつつ日向ぼっこをしたり、クラスの訓練の様子を見たりとしているがやはりあの時の感覚には成らない。
結局今日も成果は得られなかった。
次の日、朝食を済ませると治療が始まる。
ワリムの言うことには他の人に比べれば回復が早いとのこと。この調子で治療を続ければ一か月を待たずに完全に回復するそうだ。嬉しい誤算だが、治って以降のことを考えると余りいいという風に思えない。
魔力の件もそうだが、何より先生の説教が待っている嫌すぎる!
「それでは今日も治療を始めます。頑張ってください」
「はい、お願いします」
魔法が発動し、いつもと同様の痛みが全身を駆け巡る。
「あ゛―――――――――――!」
叫ぶのを止められない。ただその時は無意識だった。それ以外に理由を求められても答えようがない。
治療中無意識に『魔力の眼』を発動していた。周りに見えるオーラの数々。そして治療をしているワリムのオーラとその流れ。
その瞬間、今まで見えていなかった魔力の流れをはっきりと見えるようになった。ワリムの全身を駆け巡る魔力が両手に集中し、魔法を発動させている。
「見えたーーーーーー‼」
「な、なんですか! いきなり」
余りの興奮につい起き上がってしまった。俺は再度治療を受け直し、その間も常に眼を発動させていた。
治療が終わり何時もの様に眼を発動させたまま外を見ている。どうやら草木や石には流れが存在せず、人や動物には流れがあるようだ。
「でもどうして突然見えるようになったんだろうか」
考えても答えは出なかった。自室に戻り、魔石を触っていると
「あっそう言えば……」
俺が取り出したのは魔力を覚醒させるためにといろんな方法を書き留めたメモ用紙だ。その中の三つ目、『死の体験こそ内なる力を呼び覚ます!』これではなかろうか。確かにあの治療で感じる痛みは命の危機すら感じる。現に一度気絶してるし。
「治療中に発動したことで内なる力が呼び起こされたのか? まさかね……」
只今で魔法を受けると言い、今回の事と言い、実際にやったこと書いてあったことが悉く俺の魔力の覚醒のために役に立っている。再度メモを見る。
「他の物にも何かしらの効果があったりして……いやないない」
俺はメモ用紙をごみ箱に捨てた。
どうしてこんなことをしたのかはよく分からない。ただそうだ、信じたくないだけだった。突然怖くなったわけじゃない。
その日は布団に包まって寝た。