魔力
強くなると決めたが、さて一体何から始めればいいのだろうか?
俺は自分の体とステータスプレートを睨みつけ熟考する。
「まずはこの体に慣れる必要があるな。特に左でも右と遜色ない程度に武器を振れるようにならないと。後、あの時は逃げる形でダガーに行ったけどやっぱり使うなら直剣がいいな」
現状俺は片腕なしだ。今までのダガーと楯を使った戦闘にはどうしても腕が二本必要だ。折角買った丸楯を無駄にすることになるが、攻撃力で見てもやはり直剣の方が幾分かマシだろう。
「後は体をもっと鍛えないとな。ステータス的に考えても何においてもまずは攻撃力だ」
果たして筋力を上げたからと攻撃力が増すのかは試してみないことには分からないが、それでもこうして頭を回していると以前の自分とは違っていると実感できる。
立ち上がり、中庭から出た。
「まずは昼だ。流石にこの状態じゃあ訓練には参加させてもらえないだろうな。拝借した木刀もあるし、基礎訓練とあとは走り込みかな」
「見つけましたーーー!」
その聞き覚えのある声に体がビクりと反応する。振り返った先には病室にいたメイドが息を切らしながら逃がさんとばかりの血相でじりじりとにじり寄ってくる。
すぐに逃げなければと振り返るが、既に先回りされていたメイドに完全に包囲されていた。
「ははは……もう好きにしてくれ」
死肉に群がるハイエナの如く骨の髄までお世話され尽くした。
それ以降俺への監視が一気に強まったため、流石にもう一度逃げ出すことが出来ず、夜が明けてしまった。
「失礼します、レンジョウ殿が目覚めたと聞いたのですが……」
「ギディムさん、見ての通り五体満足で生きております」
まさか第三者にメイドにご飯を食べさせてもらっているシーンを見られるとは恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。
それよりもギディムは何の用でこんなところに来たんだろうか。
その疑問はすぐに解消された。
「それなら良かった。今回の事について色々と噂が流れているようですが、そこは一旦置いておきます。レンジョウ殿、その右腕、治ると言われたら治しますか?」
その言葉を理解するのにしばらく時間を要した。
治る? この腕が? そんなの願ってもないことだ!
「治します! もちろん!」
「そうですか……」
何だろう言葉の端々に俺に対する哀れみがあるような気がする。もしやとんでもない副作用があるとか、それとも莫大な治療費を請求されるとかか?
「いいえ、そういう訳では」
「声に出てましたか?」
「はい、バッチリ」
「そ、そうですか。もしも何かあるなら先に言っていて欲しいのですが……」
これだけの大怪我だ。何か代償があるなら甘んじて受け入れよう。俺には今それほどの覚悟がある。お金の場合は一生を賭けて返そう。
どちらにせよ、両手があった方がいいに決まっている。
「分かりました。それではお話します」
ギディムから聞いた腕を治す方法とは、やはり魔法だった。ただ欠損部位を治すときは四十八時間以内に魔法を受ければ、特に痛みを感じることなく回復する。
だが時間を越えてしまった場合は高位の回復魔法でも数回に分けてかける必要がある。さらにその際、激痛が伴うそうだ。それが嫌で治療しない人も多い事。
「そのさっき独り言を聞かれたついでに、その回復魔法を行ってくれるのは王国の人なんでしょうか?」
「いいえ、呼んだ回復術師は教会の神官です」
教会、この世界には複数の宗教があるが、その中で最も権力を持っているのはラティナ教だ。女神ラティナを絶対神だと崇める宗教団体。
ラノベでの経験だとそういう宗教は法外な医療費を要求してきそうだが、その辺はどうなのだろうか?
「医療費は王国が負担しますよ」
「……あ、ありがとうございます」
また口に出てたようだ。
これで治療費も問題ない。聞いたところによると副作用もなさそうだ。問題があるとすれば治療中の激痛ぐらいか。腕が千切れた時の痛みに比べれば大したこと無いだろう。
最後に今度は独り言ではなくギディムに聞いておきたいことがあった。
「どうして、俺の腕を治してくれるんですか?」
治療費もタダじゃない。それにさっきの口ぶりから考えて恐らく彼も噂の事は知っているだろう。今回の騒動は俺が引き起こしたことになっている。事実は全く違うとは言え、もう言い訳が出来ない程広がっているだろう。今更訂正する労力の方が無駄だ。
そんな向こうとしては自業自得の怪我。それをどうして治してくれる気になったのか。それを知りたかった。
「申し出があったからですよ」
「申し出?」
「はい、勇者様と賢者様から」
つまり一条と桜井から俺の腕を治してくれと申し出があったから治すそうだ。一条が関わっているのが少し気に食わないが、これをたかがプライドで断る程愚かでも、子供でもないつもりだ。
「教えてくれて、ありがとうございます」
「いいえ、治療師は数週間後に王国に着く手筈になっております。それまでは出来るだけ安静に。それで は私はこれで失礼します」
「あの! もう一ついいですか?」
「何でしょうか?」
俺にはまだ言っておきたいことがもう一つある。
「メイドさん達にもう少し自重するように言ってくれませんか?」
「ハハハハーー」
「おい! こら! 待てやー!」
結局その後もいいようにメイド達のおもちゃにされてしまった。
次の日、漸くメイド達から外出の許可を得た俺は一日ぶりのシャバの空気を堪能していた。
「それにしてもまさかこの腕が治るとはな。となると剣の訓練は腕が治ってからでいいか?」
俺は訛った体を起こそうと軽いジョギングをしながら考える。片腕生活にも慣れたもので歩くとふらついていたのも走れる程度にまでバランスを取れるようになっていた。
午前中はほとんど人がおらず、ジョギングコースも貸し切り状態だ。
「なんだかそれも勿体ないよな。残り僅かな片腕生活、折角なら如何にか活かしたい……よし!」
俺は訓練場へ移動し、木刀を構え、素振りを始めた。
右腕が元に戻るとは言え、それまで剣の訓練を一切しないのはやっぱ勿体ないよな。それに左腕も右腕と同等の動きが出来れば二刀流も夢じゃない。
「ニヤニヤが止まりませんなー」
「一人で何言ってるんだい?」
思わず木刀を手放してしまった。この声、そして恥ずかしいところを見られてしまった場面、デジャブを感じる。振り返った先には俺と同じように木刀を持った一条がいた。
なんでこんなところに? 今日は座学が休みなのか? それとも優等生のこいつがサボり?
俺はゆっくりと木刀を拾い、何もなかったかのように素振りをし始める。
「連城君、何が『ニヤニヤが止まらに』だい?」
掘り返すなや! 今なかったことにしようとしてるの見て分からないかな? いいやこうなったら話を逸らそう。
「そう言えば、一条君ありがとう」
「へ?」
「へって……腕の事だよ。ギディムさんに聞いた。腕治してもらえるように言ってくれたんだろ。そのお礼」
返答がない。顔の前で手を振っても反応がない。まるで屍のようだ。勇者だから死にはしなんだがな。
此奴たまにこうなるよな。別に変なこと言ってないはずなんだが。
「ご、ごめん。驚いて。まさか礼を言われるとは思ってなかった。この前みたいに拒絶されると思ったからギディムさんには僕が申請したことを黙って欲しいと言ってたんだけどな」
「あーあの時は俺もむしゃくしゃしててついあんなこと口走ってしまったんだ。」
「そ、そうなんだ」
風呂の時も思ったんだが、何だこの空気は。此奴俺に気でもあるのか。
「そうだ、この際だから言っとくわ。確かにあの時はああ言ったけど、次は虚勢じゃない。俺は俺の力でどうにかする。無職無能の俺でもお前より強くなって見せるよ」
これを一条に向かって言っているのか、俺自身への戒めなのか、言っている自分も分かってはいない。それでも決意ではある。もう二度と後戻りできない様に。
だがまたもや一条からの反応は無かった。そのまま結局一度も素振りすることなく訓練場から出て行った。正直彼奴が何を考えているのか分からない。
ただ折角の決意のだから反応ぐらいはして欲しい。俺一人盛り上がってるみたいで恥ずかしい。
その日から数日走り込み、素振りの毎日が続いた。体力もそこそこ戻り、今ではメイド達からも簡単に逃げ切ることが出来るようになった。
ただ未だ噂は健在の様でクラスメイトが目を合わせようとしないのが少し寂しい。
しかしお見舞いに上野が来たこともあった。素振りをしていたことをかなり驚いていた。勇者様もあれぐらいの反応をしてくれれば面白いのだが。
今日は城門で外出の許可を貰い、城下町へと出ている。目的は王立図書館に行くことだ。
基本的な体力アップや剣術の向上だけではどう考えても無職無能のデメリットを打ち消すには足りない。そこで目を付けたのが魔力だ。
俺のステータスで唯一と言って程、他人より秀でている物があるとすれば魔力だ。もちろん魔法を使える訳ではないが、完全に死んでいるこれを何か活かす方法はないかと図書館へと向かっている。
「さてまずは何を手掛かりに探すか? やっぱり魔力と言えばまずは魔法関係で当たってみるか」
そこから有に十冊は本を読んだ。だがやはり適性を持たない俺に使えそうな魔法は無い。それでも諦めるにはまだ早い。
「これも駄目……さて次は『魔法使い・入門編』」
読み始めたのは魔法使いになるためのトレーニング本だった。本には魔力の使い方からその感覚まで事細かに書いてあった。どれも余り俺には関係ない物だと思ったが、その中の一つ『魔力の覚醒』についての項目が気になった。
「えーっと、魔力を使う際、初心者は魔力を覚醒させる必要があり、それを行わないまま魔法を発動すると暴発する恐れがある」
その後もつらつらと説明があったが、要は魔力の覚醒とは魔法を使う前段階。己の魔力を呼び覚ます儀式のようだ。それを行うことで魔力を体の外に放出できるようになるとも書いてある。
それは俺が魔力の使い方の一つとして考えていた魔法としてではなく、魔力自体をそのまま放つ魔力弾が使える可能性があるということだ。
「おーこれだよ! それでその覚醒方法は……」
その1. 水に長時間潜る!
己に眠る魔力を呼び覚ますためには精神統一が一番。そして己の内に目を向けることで内なる力を呼び覚まそう! そのためには水中に潜るのが一番!
俺は早速湯船に潜った。お湯も水も変わらんだろう。
「…………ブグ…………ブグブグブグ、はぁーーーーーのぼせるわ!」
失敗。
その2. 魔力は体で感じるべし!
魔力を感じるためには体で直接感じる必要がある。そしてその痛みも感じるとなお良い。つまり魔法を撃って貰いその力を感じろ!
俺は冒険者登録を済ませ、ニードルラビットと対峙する。こいつも魔法を撃つことは知っている。そこからは永遠と待つ。待つ。待つ。
そして十分後、やっと火球を撃った。
「おー来たーーー! 熱っ」
効率が悪い上に、魔力は発生しない。
失敗。
その3. 死の体験こそ内なる力を呼び覚ます!
これに関しては読む必要皆無だ。既に死んでもおかしくない体験をしている。それなのに魔力は出現していない。
失敗。
その4、失敗。その5、失敗…………失敗。
「全くあてにならねーじゃか!あのインチキ本!」
ベッドの中へとダイブする。今日一日で出来る限りの事は試した。その成果は見ての通りなし。気が付けば冒険者登録まで済ませていた。冒険者も異世界生活の大切なイベントの気がするが、それをこんなにあっさり済ませていい物か。
だが今はそれより魔力だ。
「戦果と言えばニードルラビットを倒した時の魔石ぐらいか」
ポケットの中から小石程度の魔石を取り出す。やはり濁った半透明の石だ。とてもこの中に魔力が詰まっているとは思えない。
俺の動きがピタッと止まる。
「ん?……魔力が詰まっている。確か調べた本の中に……」
俺が見つけたのはまた別の本に書いてあった覚醒の方法だった。
それには魔力には波が存在している。覚醒前の魔力はただのため池のような揺らぎのない状態だ。それに外部から魔力を流し、刺激することで覚醒すると書いてあった。
この方法を取るには俺だけでなくもう一人必要だ。とてもじゃないが現状の俺と関わろうとしてくれる奴はいない。だから断念していた方法だ。
「魔石ならイケるかもしれない」
早速魔石を握り、魔力を感じるか試してみる。僅かだが体に魔力が流れる感覚がある。そして少し熱い。感覚だがニードルラビットの火球に似ている気がする。
「あれ、意味あったんだな」
そこから毎日、暇さえあれば魔石に触れ続け、魔力を感じるようにした。
変化は唐突にやって来た。ある日、目を覚ますと人や動物、草木や石に至るまでオーラの様な靄が見えるようになっていた。
「なんだこれ?」
目の病気かと思い、調べてみたところそのオーラこそが魔力のようだ。そのオーラの大きさである程度の魔力量を見分けることが出来るようだ。一条や桜井のオーラも見たが、他の連中とは比べ物にならない程大きかった。
それよりもこれで漸く魔力の覚醒に成功したようだ。