恋愛はエゴである
頭が痛い。
ずきずきと痛む頭。俺は意識を取り戻す……が、身動きが出来なかった。
手には手錠がかけられていて柱とつなげられていた。
「あら、お目覚めのようね」
と、跳び箱の上に乗って声をかけてきたのは知らない女の人だった。
状況から察するに神和住 香住、だろう。
「香住先輩……。なんで私にこんなことを」
「あら、初対面なのに名前を知ってくれてるのね? 光栄だわ」
思ってもない癖に。
俺は少し暴れてみるが、手錠は壊れる気がしない。錆びついてもいなく、新品同様ぴかぴかの手錠だった。
これじゃまず外れない……。
「なんでこんなことを……」
「知ってるくせに。私の口から改めていってほしいかしら」
と、神和住先輩は徐々に距離を詰めてくる。
近寄ってきて伝わる、憎悪の感情。憎い、憎いと言わんばかりの表情と怒りに燃え上がっている目。その憎悪に俺は気圧され、少し恐怖まで感じていた。
その瞬間、神和住先輩の足が飛んでくる。頭を蹴られた。
「あんたごときがさぁ! 優里亜が付くはずだった婚約者の位置にさぁ! つくからさぁ! わざわざ私がこんなことしなくちゃいけないんだよォ!」
痛い。
何度も何度も殴ってくる彼女。俺は抵抗もできず、ただただ殴られていた。ずきんずきんと痛む頭の傷に追い打ちをかけるかのように、どんどん俺の体……百花ちゃんの体に傷が増えていく。
憎悪というのはここまで人を突き動かすものなのか。
「あんたがいるからうちの妹は傷ついてんだよォ!」
苦しい。
今にでも押し殺しそうなほど神和住からあふれ出る殺気が俺を蝕む。
「ごめんなさいの一言も言えねえか!? 人様から物奪っておいて謝罪の一言もなしか!? ふざけてんじゃねえよこのボケナスが!」
辛い。
今にも意識を失ってしまいそうだ。腕や足にはすでに痣ができていた。せっかく作ってもらったメイド服がカッターで切り裂かれる。
神和住はカッターを俺のほうに向けてきた。
「今ならまだ許してやるよォ! 別れるって告げたならこれ以上はやらないでやるよォ! 言ったら助かるんだ言うだけタダだろ!?」
手を止め、そうがなる神和住。
俺が、俺ごときがユキと付き合ったこと、それ自体が間違いだっていうのか? いや違う。俺だって……俺だってユキは好きなんだ。
好きになるという感情は間違っていない。それ自体は俺は否定したくない。
どこかで聞いた、恋愛はエゴだという。
その通りだと思う。恋愛はエゴを突き通さなきゃ負けだ。この人と付き合いたい、この人が好きだというエゴを突き通さなきゃ負ける。
「お前に別れろって言われて別れるほど俺の気持ちはヤワじゃねえよ」
「じゃあ死ね!」
カッターナイフが、俺の目の前に飛んできた。
神和住はカッターナイフをそのまま、俺の胸に突き刺した。
「……二度目の人生、ここまで、かな」
こんな形で終わるとは思ってなかった。
百花ちゃんの体を使ってまで生き延びた俺。こんな女の嫉妬に狂った形で終わるとは思っていなかった。
幕引きとしては全然、美しくない。
でも……。
でも、このまま死んだらユキは婚約者を失い、伊佐波と結婚する形になる。それは神和住の願った形に……。いや、すでに家に傷がつき選ばれることはない……。
どうなるか、わからん……。
だがしかし、神和住の思い通りになる可能性があるのなら、俺は……。
「はっ……やっ……やってやったわ! どちらにせよ死んだらこっちのもんよ! 事故に見せかけて埋葬してやる……」
その時だった。
神和住の体が大きく吹っ飛んでいた。視線を向けると、ユキが思い切り殴り飛ばしたようだった。ものすごい怒りの形相を浮かべ、息を切らしている。
伊佐波が駆け寄ってきた。
「え、えと、カッターは引き抜かないほうがいいですわよね!?」
「ああ。引き抜くとさらに出血する可能性がある。救急車を呼べ!」
「あ、あいよ!」
来てくれたのか……。
でも、俺は意識を保っているのもきつい……。




