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ヤンデれ!  作者: 鱈の煮付け(仮)
3/3

差出人のない恋文作戦 裏

あぁ、今日はなんて素敵な日なのだろう!

髪を整え、荷物の準備をしながら彼女は、浅井瑠璃は胸を高鳴らせる。

一見すれば、いつもと何も変わらない朝。だがそこにはいつもの朝とは異なる、明確な違いがあった。そう、彼と一緒に登校することができるのだ。

あぁ、それは見る人によっては些細なことだろう。でも彼女にとってはその些細なことこそが至上の喜びであった。なぜならーーー


「お待たせ!待った?」

「いや、今きたところだよ」

そんな僅かな会話でも顔が綻んでしまうほど、彼女は彼のことを愛していたからだ。


「どうして今日は一緒に登校するのかな…って」

「き、きみと一緒に登校したかったからだな」

予想だにしなかった、それでも心のどこかで待ち望んでいた彼の答えに、思わず顔を赤らめてしまう。なぜか気恥ずかしくて「そっか」と言って前に向き直る。彼にこの顔を見られないために。

体温が高い、顔が熱い、息が苦しい、声はうわずってなかっただろうか。

そう頭の中で思考が浮かんでは弾ける。その感覚が今はどうして、この上なく心地が良かった。


それは、それはまさに青春であった。二人並んで他愛もない会話をしながら学校へと向かう彼らの姿は、見る人が見れば口から砂糖を吐き出しながら倒れてしまうだろうその美しい光景は。あぁ、だがーーー


(はぁ…)



(好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き♡♡)


ーーー現実はそんなにあまいものではない。


彼女は病んでいた。彼のことを愛するがあまりに。

そして今、彼女には余裕がなかった。その原因はここ数日の出来事。

ある時は彼が他の女に本を借りていた。

ある時は彼が他の女とお弁当を食べていた。

そしてある時はーーー彼が大勢の女に囲まれていた。

ギリッ…と歯噛みする。今思い出しても嫉妬と怒りで気が狂いそうだ。もちろん彼に対してではない。彼と共に過ごし、彼に気をかけられ、そして彼にハエの様に群がるあの女どもに対してだ。

彼は優しいから、きっと私に後ろめたさを感じつつも拒みきれなかったのだろう。そうわかっているからこそ、私の怒りの矛先は彼女たちに向いていた。

彼のそばにいるべきなのは、彼の視界にいるべきなのは、常に私でなければいけないというのに。

……いっそ監禁でもしてしまおうか

そこでようやく私の顔がひどく歪んでいることに気がついた。

慌てて顔を隠し、彼の様子を伺う。だがどうやら彼は考え事をしていたみたいで、幸い私の異変に気づいていない様だった。

その様子に私は内心ほっとする。

この気持ちは、決してバレてはいけない。この醜い嫉妬に蓋をして、彼の前ではいい子を演じなければいけない。それこそが彼に嫌われない、彼と共にいられる唯一の方法だから。

でも、今はーーー

「どうしたのぼーっとして、ほらもうすぐ着くよ」

そう笑顔で彼に呼びかける。

ーーー今はこの幸せに身を投じていよう



だが、その幸せは唐突に終わりを迎えた。

「へ、え?」

彼の手に握られたそれを見て固まる。

青を基調に装飾され、正面をハートのシールで止めたそれは、どこからどう見てもラブレターそのものであった。

(え、え?どういうこと?)

これまでにない状況に思考が回らない。

で、でもただの手紙なのかもしれない。そう微かな希望に賭ける私の期待は、だが徐に取り出された手紙の内容に、あっけなく打ち砕かれた。

あぁ、そこに書いてあったのはまさしく恋文そのものであった。差出人は書かれていない。だが言葉の節々から感じられるものは、恋する乙女のものでしかないという事実に、急速に思考が冷え切っていく。


(あぁ…そういうことね…)と。


つまるところこの手紙の差出人は人から彼氏を盗ろうというのだ、あろうことか何よりも誰よりも大切な私の彼を。

許さない許せない許容できるはずがない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない!!!

この紙切れを今すぐにちぎってしまおう。捨ててしまおう。そして彼に言うのだ。「行かないで」と。優しい彼ならきっと言うことを聞いてくれる。醜い私の本性もきっと受け止めてくれる。

そう確信して実行に移そうとした私の体は、彼の口から出た言葉に、寸前で動きを止める。

「あーどうしようかなー行こうかなー」

「ーーー!」

その言葉に、私は自分の浅い思考を呪う。そうーーー


「どうしようかなー迷っちゃうなーHAHAHA」


ーーー優しい彼がそんな子を見捨てるわけがないのだ


「行ってあげて」

「へ」

自分でも気づかないうちに、私はそう言っていた。

「だってこうやって勇気を出して告白してきたんだよ?そんな頑張っている子に何もしないなんてかわいそうだよ」

ウソだ。本当はそんなことはどうでもよかった。私はただ、怖かった。自分の腹の奥の黒さを見た時の彼の顔が。優しい彼が好きになったのは優しい私のはずだ。

ヤンデレの私など…好きなはずがない。


「え、いや、でも」

そう戸惑う彼に向き合って私は努めて明るい声で言う。

「君が気にする必要はないよ!それに君は最近モテモテだしこういうこともあっちゃったりするんじゃないかな〜って思ってたの」

「…………」

彼は目を丸くして口をぱくぱくさせて声にならない声を出す。きっと私を差し置いて他の女に会いにいく罪悪感に心を潰されているのだろう。どこまでも彼は優しいのだ。

私は目を伏せて、「それに…」と続ける。

「君は優しいから…きっとこれを無視したらずっと気にしてしまうと思うの。そんな頭を悩ませて苦しむ君は見たくないし、私のことは気にしなくていいから、だからーーー」


「ーーー行ってあげて」




そう告げる彼女に、彼はただ「hぁい」と消えいる様な声で答えると、彼女の元を去る。あぁ、その顔は何とも形容し難い。溶けたような、逆にこの世の真理を知ってしまったような。具体的にはF○で有金全部溶かした顔をしていた。

そして残された彼女はーーー



_______________________


キーンコーンカーンコーン


「あれ?浅井さんまだ来てないの?」

「そういえば…珍しいな…」

「一体どうしちゃったんだろう…」

「さぁ…?」


_______________________


「いらっしゃいませ〜」

「これお願いします」

「学生さんかな?これ授業で使うの?」

「はい、物理の授業で…」

「へ〜最近の学生さんはワイルドなんですね〜」

ピッとその商品のバーコードを読み取る。

「“業務用ハンマー 大”が一点。お支払いは?」

「現金で」

「4980円になりま〜す。毎度ありがとうございました〜」

ウィーンとかすかな駆動音を響かせながら開く自動ドアから出てきた彼女は、あぁ目に光は灯っておらず。その顔にはただ一つ、明確な闇が現れていた。

其の手には彼女の腕よりも長いであろう大ハンマー。ホームセンターの看板を背に佇む彼女の姿は言葉よりも雄弁にある一言を語る。すなわちーーーー  

       ぶ っ こ ろ す

     『覚  悟  完  了』 と。


________________________


放課後、所定の位置につき、手紙の女が彼に会合する前に、彼女の頭めがけてこれを振り下ろす。そう、これは物理の授業だ。頭に全力でハンマーを振り下ろせば果たして記憶を失うのかという実験だ。その被験体がたまたま私の彼に手を出す害虫というだけで、たまたま死の可能性があるだけだ。

ちなみに言うと私は物理が得意だ。


校舎裏の角を曲がった先で放課後になるまで待機する。授業はこの際仕方がない。

時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか放課後になっていた。

「来る…」

私は気を引き締める。手紙の主が来るのを今か今かと待ち侘びる。


………………あれ

来ない。場所を間違えた?と思ったが目に焼き付いたあの光景が否定する。ここであっているはずだ。

結果数分経っても彼女が来ることはなく、あろうことか、彼が先に来てしまった。

(ま、まずい…)

これではあの女が彼に会う前に、女をころ…女で実験するのが至難の業となる。

彼女がこちら側を通ることを期待するしかない。そう思って私はハンマーを握る手を強めた。


…………………来ない。

いつの間にか辺りは夕暮れに染まっており、だが未だ誰も来る気配がしない。

もしかして、あの手紙はただの悪戯だったのだろうか。

考えてもいなかった選択肢が、頭をよぎる。だとしたら、だとしたらもう安心だ。

そう安堵し、私は緊張を解いた。

彼が悪戯の対象にされる。それはこの上なく許せないことではあったが、彼と私の関係を脅かされることに比べると遥かにマシと思えた。

だが、その安堵こそが間違いだった。

「あの…」

「ーーー!」

角の向こうから響く声に私は目を見開いた。

(まさか…本当にきた…!?)

しまった!油断した…っ!自分の愚かさに腹が立つ!

顔は出せない、きっと見られてしまう。そう思い私は耳を働かせるが、極度の緊張からか上手く聞き取れない。


「〜〜〜〜」

「〜〜〜」

「〜〜〜〜!」

何かを話した後、ザザザッと足音が響気、その足音はだんだんと大きくなっていく。

(こっちに来てるーーー?!)

まずいこのままでは非常にまずい!

私は慌てて手に持つハンマーを鞄に隠し、急いでその場を立ち去ろうとする、が。


「うわっ!」

「きゃっ!」

僅かに間に合わず角を曲がってきた彼女とぶつかってしまう。

「わ、わる…いえごめんなさい!怪我はありませんか!」

「だ、大丈夫です!こちらこそごめんなさい!」

慌てて立ち上がり彼女の姿を見る。そこにいたのはまさに美少女というべき、マスクの上からでもわかるほど見目麗しき可憐な少女であった。

「えっと…」

どうするべきか…今からでもころ…いやここでは彼に音を聞かれてしまうかもしれない。それなら今私がすべきことは。


「あなたは…手紙の人、ですよね?」

「ーーー!」

「彼は…なんて答えましたか…?」

そう、確認をすることだ。

心臓が早鐘を打つ。万が一、万が一彼が告白に応えていたら、と不安に気がどうにかなりそうになる。だが、それも無用の心配だった。


「残念ながら振られてしまいました」

「そ、そうですかそれは残念でしたね」

落ち込んだ表情でそう言う彼女に、私は心の底から安堵した。

彼は断ったのだ。この美少女の甘言に惑わされることなく、私を選んでくれたのだ。

私はよろこびに包まれながら、「それじゃ」とその場を立ち去ろうとした私に、彼女は「でも」と続ける。


「でも、私はまだ諦めていませんから」


(ーーーーーーは?)

彼女は今、何と言った。思わず硬直してしまう。

「盗られちゃうと思うなら監禁でも束縛でもしてやってください」

そう言い残して彼女は私の横を通り歩き去る。

だがその言葉は私の脳には届かなかった。なぜなら、隣を通り抜ける時に見えた彼女の顔。

あぁ、それはやりきったような目的を果たしたかのような、晴れ晴れとした“笑顔”だった。

私は振り返り、遠ざかって行く彼女の背中を見つめる。

彼女は、敵だ。害虫だ、ゴミだ。

私たちの幸せを邪魔する、この上ない悪だ。

(顔は覚えた…)

私は、私の中の最もドス黒い感情、すなわちーーー

(次に会ったら…絶対に殺す…)

ーーー殺意を持って、彼女を見送った。



一方その頃、柚原レイは達成感に包まれ満面の笑みであった。

こんにちは、鱈の煮付け(仮)です。

思っていたより筆が乗ったので2日連続投稿となります。

さて、今回ですが皆様にお礼を申し上げたいことがございます。前回投稿したヤンデれ!第二話ですが、想像以上に多くの方々に読んでいただき、私はとても嬉しく思っています。

本当にありがとうございます。

これからもゆるーく投稿を続けていきますので、一緒に楽しんでいただけると幸いです。


それと、ブクマ、感想、評価、本当に、本当に励みになりました。どうか皆様気軽にこういったことをしてください。どんな物であろうともらえることが嬉しいのです。


それでは、また次回のお話で会いましょう。


ご意見ご感想お待ちしております!

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