差出人のない恋文作戦
キャラクター紹介
神坂敦詞
ヤンデレに狂う高校一年生。ヤンデレが好きという点を除けばどこにいてもおかしくないただの一般人である。
だが、なぜか彼の周りには色々と濃い人物が集まる。
ちなみに、彼は6組なのだが、3組のクラスのマドンナであった浅井と付き合ったことで3組の男子から殺意を持たれている。ヤンデレに殺されるよりそっちに殺される方が早いかもしれない。
柚原レイ(ゆずはられい)
5組に所属する。過去に神坂に救われたことがあり、それ以来神坂の親友である。顔面偏差値が驚くほど高いが、どちらかというと可愛い寄りの顔である。親友のヤンデレ好きに振り回される常識人のように見えるが、親友かそれ以外かというなかなかに狂った価値観を持つ、十分に狂人である。
浅井瑠璃
3組に所属する。神坂の彼女であり、とある一件から彼に病むほど惚れている。が、彼はヤンデレが嫌いだと勘違いしており、自分の本性を隠して騙し騙し生活している。ちなみにかなり可愛い。
「え…いい子すぎない…?」
デートから一週間後、再び放課後に集まった俺たち。俺の口からことの顛末を聞かされた俺の親友、柚原レイはそう目を見開きながら言う。
「それなぁ……」
その姿に俺も頭を抱えてしまう。
「一体何をしたらヤンデレになってくれるんだろう…」
この俺、神坂敦詞はヤンデレをこよなく愛していた。そしてヤンデレを愛するがあまりこう思ったのだ。
彼女をヤンデレにしよう、と。
そう思い立って先日のデートで様々なアプローチを彼女に仕掛けてみたが、そのことごとくが失敗に終わっていた。
「これだけやってもダメならもう無理なんじゃないか…?」
そう言うレイに俺は何も言い返せなくなる。
あぁもちろんデートからの一週間何もしなかったわけじゃない。学校内でも何度も彼女の嫉妬を誘おうと行動を起こした。
わざわざ彼女のクラスの別の女子に本を借りに行ってみたり。
数少ない女友達に無理をいって一緒にお弁当を食べてもらったり。
その全てを彼女は見ていたはずだが、そのたびに彼女はその事実を笑顔で受け入れる…
そして極め付けにはーーー
「ハーレム状態になってもなんの嫉妬もしないし怒りもしないって…君の彼女は聖人の生まれ変わりなんじゃないの…?」
「ッスー…その節は本当にすみませんでした」
『なぁ、俺がハーレムになったら流石に嫉妬するんじゃないかな』
『は?』
ある日、俺は血迷っていた。何をしようともヤンデレ化しない彼女に、俺は頭を悩ませ、考えた。「超わかる!ヤンデレ」の本を片手に熟考に熟考を重ねた。そしてヤンデレに浸された脳みそで思いついた。
『周りに女侍らせたら流石に怒るか嫉妬するかするだろ』
『は?』
『というわけで学校内の女子にお願いして俺をハーレムにさせてくれないか』
『は?』
おや、この方は言語野を刈り取られてしまったのだろうか、かわいそうに…
『ってことで頼んだわ』
『は?…っておいちょっと待てぇぇ!!』
「あれから何があったか教えてあげようか」
「結構でsーーーいえ聞かせていただきます聞かせてくだし」
笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙を剥く行為が原点である。
地面に正座して拝聴する俺に彼は「はぁ…」と嘆息して続ける。
「様々なクラスに赴き、『俺の親友がモテたいらしいから一日だけでいいから好きになってやってくれ』と頼みこみ、その結果大量のデートの約束を取り付けられ、今週の放課後はおろか週末が向こう一ヶ月全部埋まってしまったんだけど」
「僕の心情を七文字で答えなさい」
「…やってらんねぇ、ですかね」
「おぉ!本当に当たった!で、何か言うことは?」
「はい…」
俺は両手を地面につけ、これまでにしたことがないほど流麗に迅速にーーー
「誠に申し訳ございませんでしたぁああ!!!」
ーーー土下座を、した。
あぁそれは心からの謝罪であった。贖罪の意味を込めた行為であった、がーーー
「ーーー違うよね?」
「へ?」
俺は思わず面を上げる。
笑顔という行為本来攻撃的なものであり(以下略)…
気圧された俺は震えながら続ける
「10年来の親友にしょうもないことを身勝手にお願いしてしまい…」
「違うね」
「…あなたのスケジュールを逼迫させる原因をつくってしまい」
「違う」
「……ここまでしてもらったのになんの成果も得られず」
「それはどう考えても違うよね」
「はぁ…本当にわからない…?」
一つため息をついた彼は椅子から立ち上がり俺の前にしゃがみ込み、
「しょうがないなぁ、一つヒントをあげよう、君ね女の子に囲まれてる時ーーー」
俺の耳に、囁いた。
「ーーーめちゃくちゃいい顔してたよ」
「本当に私はダメ人間で一人では何もできずこれまでに彼女を一人もつくることができず何も得ずそんな二酸化炭素を生産することしか能がないクソインキャで幸運にも彼女ができた瞬間欲望を曝け出しあまつさえさらにモテていい思いをしようとするクズ人間でございますそもそも私のようなクズの分際でモテようと思うのがこれ以上ない思い上がりでございましたそんな醜い私の醜い願望を叶えてくださり本当に“ありがとうございました”」
「はいよくできました」
_________________________
「あぁ…あぁ…」
「あーすっきりした!」
尊厳を破壊され机に項垂れる俺とは対照的にとてもいい顔で笑う彼は、ひとしきり笑った後「っていうかさ」と切り出す。
「こんなにいい子なんだったら頼めばヤンデレ化してくれるんじゃないの?」
すなわち「こんな周りくどいことしなくても良くない?」という考えてもいなかった言葉に、俺は破壊された脳を無理矢理動かす。
(それは…なんか違う気がする…)
確かに、彼女であればそんな頼みにも笑顔で答えてくれるだろう。でもそれは何かが違う。
違和感に頭を悩ませる俺は、唐突にその原因に気がつく。
つまり、それはヤンデレ“ごっこ”であり真のヤンデレではないということに。
「いや、それはだめだ。お前も頼むから俺がヤンデレが好きだということを彼女に言わないで欲しい」
「お、おう…」
突然真剣な顔で告げる俺に、レイは微かに顔を引き攣らせる。しかしすぐに「うーん…」と腕を組み悩み始める。
「じゃあ一体どうすればいいんだろうね…」
「そうなんだよなぁ…」
結局本題は何も進んでいない。と二人揃って頭を抱える。
一体どうすれば彼女の嫉妬を誘えるのか、という難題に会話の波も途絶える、このままじゃ埒が開かないな…と考えた俺は一つの提案をすることにした。
「少し休憩しよう」
「ん、そうだね。お菓子とかある?」
「いや、ない」
「ええと…じゃあアニメの話でもする?」
「いや、しない」
「えぇ…じゃあ何をすんのさ」
「君がヤンデレに刺された時の話をしてほしい」
「それ君にしか休憩にならないやつだよね?!」
絶叫する彼を尻目に、だって仕方がないじゃないか、と俺は思う。
先日この話を聞かされた時、詳しくは聞けなかったのだ。あんな話さわりだけ聞かされて放置されては生殺しだ。
「なぁ頼むよ、生のヤンデレの話を知りたいんだ」
真面目な表情でそう頼む俺に彼も折れたのか「はぁ…わかったよ…」
と渋々語り出す。
「あれは去年の話だったかな彼女とデートしている時、一人の女性が俺に話しかけて来たんだよね。でその女の人がかなり綺麗でさ、話も弾んじゃって連絡先の交換までしちゃったわけよ、彼女の前で。で家帰ったらお腹をぐさーだよ。
挙句の果てには泣きながら『痛いよね大丈夫私もすぐにいくからね』って。一体なにが大丈夫なのか教えてほしーーーーこれだっっ!!」
「うっわいきなりなんだよ!びっくりした…!」
真面目な表情で話に想像の翼を広げていた俺は、突然立ち上がった彼に驚く。しかし彼はそんなことお構いなしに「ははは!」と笑いながら俺の肩を叩く。
「これだ…これだよ…!」
「いやだから何がこれなんだよ?!」
「わかったんだよ、“お前の彼女が嫉妬しなかった理由”が!」
「ーーー!」
「いいか、それはなーーー」
_______________________
次の日の朝
俺は制服姿で彼女の家の前に立っていた。
「お待たせ!待った?」
そう言いながら玄関から飛び出してくる彼女に、「いや、今きたところだよ」と笑顔で返す。
「それじゃ、いこっか」
「うん!」
歩き出すと彼女は隣をトコトコとついてくる。すると、彼女は不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。
「ん?どうかした」
「ううん、どうして今日は一緒に登校するのかな…って」
「あぁそれは…」
彼女の純粋な疑問に俺は答えに迷った。
「私たちの家ってそんなに近くないよね?」
そう、俺たちの家は近くはない。少なくとも一緒に学校へ行くほどの距離ではないのだ。そのため今までにも何度か試してみたことがあるが、互いの負担になるということで一緒に登校は諦めることになっていた。
それなのになぜ今日は一緒に登校できているのかという問いに、俺は言葉に詰まりながら、こう答える。
「き、きみと一緒に登校したかったからだな」
「ーーー!」
よく考えてみれば理由になっていないそのクサイ台詞にだが彼女は顔を紅潮させ「そっか///」と前に向き直る。
(あ、あぶねえ…)
俺は内心冷や汗をかく。もちろん、その言葉は嘘ではなかったが、本当の目的は別にあった。
俺は歩きつつ昨日の記憶に思考を飛ばす。
______________________
『それはズバリーーーライバル感だ!』
『ライバル…感…?』
聞きなれない単語に首を傾げる俺に、彼はそう!と指をさす。
『ライバル感、それは男を求める上で女性が一番恐れる感情であり、自身の恋愛を脅かす最悪のコンディションなんだ』
『はあ……』
『ライバル感に一番必要なのはなんだと思う?』
『ライバル感ってことはそりゃあライバルなんじゃねぇの?』
『惜しいね、必要なのはーーー』
『ライバルから男への恋愛感情なんだ』
『ーーーー!』
その言葉に、全てがつながる感覚に俺は目を見開く。
これまでの作戦の数々、
彼女に仕掛けた言葉たち
本を借りに行った女子
一緒にお弁当を食べた女友達
そして俺をハーレムにした女子群
その謀略たちが意味をなさなかったのはたった一つの結論で片付けられると。
つまりは、そうーーー
『俺に一切の恋愛感情がなかった…ってことか…?』
『その通り!!』
『その通り??!』
あぁそれは虚飾の王様であり、そこに好きのsの字もなかったという事実に
もうちょっとオブラートに包んでくれませんかねぇ?!
そう涙目に抗議しようとする俺を遮り、彼は勢いに任せて続ける。
『彼氏が恋愛感情のないチヤホヤにあった時彼女はどう思うか!それは「私の彼氏人気なんだぁ」という喜びであり、その人気な彼と付き合っているという至上の優越感なんだ!!』
『じゃあ一体どうすればいいんです?!』
俺を好きになるような子彼女しかいねぇよ!と訴えかける俺に、だが彼は余裕の表情を崩さない。
『僕に任せろ、まずはーーー』
_______________________
と、いうわけで俺は指示の通り彼女と共に学校に向かっていた。
「どうしたのぼーっとして、ほらもうすぐ着くよ」
「あ、あぁ」
一体これから何が起きるのだろうかーーーその不安と期待に胸を膨らませつつ、俺は彼女を追いかけた。
昇降口にたどり着いた俺たちを迎えたのは、静寂だった。
この時間帯にしてはあり得ない状況、それにたじろぐが、彼女はそれを意にも介さず進んでいく。
驚いたことに下駄箱の周りにも誰もいなかった。
一体あいつ何をしたんだ……?
そう思う俺の疑問は、だが下駄箱を開けた時、はらり、と落ちてきた何かの紙に塗りつぶされた。
「なんだこれ、手紙…?」
「どうしたの?」
そう言って彼女も俺の手に握られた手紙を覗き込む。
それは青い糸で装飾されている以外はただの手紙の紙封筒に変わりなく。
だがそれを裏返し表を見た俺たちは
「ヒュッ」
と固まった。
そこには、ああそこには、大きな大きな“ハート”があった。
(ら、ラブレターじゃねぇかこれ!!!)
ラブコメの定番ラブレター、だがもちろんその現物は貰ったことはないし、親友がワンカートンほどはあるそれを燃やした残骸でしか見たことがなく。だが男の本能というものであろう、ものすごい速度で察する。
(これ、あいつだ!!!)
このラブレターは偽物だ、と理解した俺の脳裏にグー!と親指を立てる彼の姿が浮かぶ。
ま、任せろってそういうことか…!
確かにこれなら俺を好きな女性を用意することなく、恋愛感情を意識させられる…我が親友ながらさすがとしか言いようがない作戦であった。
横目に彼女の反応を窺う、そこにいたのは
「へ、え?」
固まっている彼女であった。
(き、効いている???!!)
これまで何の動揺を示さなかった彼女が明確に反応しているという事実に、俺は驚き、確信する。
ーーーこれはいける!!と
俺は封筒を止めてあるハート型のシールをペリ、と剥がし、徐に中身を取り出した。
パサと開かれたその紙に俺たちは顔を寄せて覗きこんんだ。
そこには几帳面なーー女子が書いたとしか思えないーー字でこう書かれていた。
「神坂敦詞くんヘ
好きです。
あなたの声が好きです。顔が好きです。素朴ながら優しさの溢れるあなたの立ち振る舞いが好きです。
こうして面と向かって言えない弱い私を許してください。もしこんな私にこの告白の返事がもらえるのであれば、放課後、400号館の校舎裏にきてください。来なくても構いません。その時は潔く諦めます。
ずっとずっと大好きです」
送り主の名前は書いていない。だが、送り主が誰かを知っている俺は
(…………)
若干、引いていた。
(でもこれで…!)
と頭の中で指でハートマーク作る彼の姿を振り切り、彼女の方を見る。
自分の頭より下に控える彼女の顔は見えない、だがどう見てもタダではない雰囲気を漂わせる彼女に注視する。
これで俺が「行こうかな」という素振りを見せ、彼女が一言、ただ「行かないで」と言うだけで彼女の嫉妬は確定し、自身の嫉妬を意識した彼女は、ついに、ヤンデレへと一歩近づくことになる!
そう勝利を確信し内心ガッツポーズをして親友に感謝をし、俺は最後のピースを埋めるべく口を開いた。
_______________________
「あいつうまくやってっかな〜」
「?レイ君どうかしたの?」
女子に囲まれ、話の中心にいた男、柚原レイは自身に向けられた質問に椅子を揺らしながら「何でもね」と答える。
周りにいた女性もそれ以上追求するつもりはないのか、「そっか。でさ〜」と話を続けた。それを話半分に聞きつつ、彼の思考は別のところへ向かっていた。
自分が立てたこの計画、人払いをし彼女が感情を出しやすい環境を作り、その上でラブレターを読ませることによって彼女の嫉妬を誘う。完璧と言っていいだろうこの計略に最後に必要なのは親友、敦詞の自然な反応と僕の意図を汲み動くアドリブ力だ。
自然な反応のため事前に計画を伝えてはいないので、僕の意図が汲めるかどうかは賭けではあるが、10年以上一緒にいた仲だ、それは問題ないと踏んでいた。問題なのは…
(相手があの子なんだよなぁ…)
そう、唯一の懸念点。これまでに付き合ってきた女の中にもあんな子はいたことがなない。はっきり言って全く読めない存在だった。
(万が一…万が一、はっきり言って普通ではないが。“ああ“なった場合…)
そう思考に耽っているとガラガラと教室の扉が開く音が響く。
見るとそこには親友、敦詞の姿があった。
「ねぇ、話聞いてる?」
「わり、ちょっと用事ができた」
僕は急いで立ち上がり彼の元へ向かう。
「え、ねぇちょっと!」
「淳詞行こうぜ」
「………」
背中にかけられる女たちの声を無視して、彼の手を取り廊下へと駆け出した。
階段の踊り場にやってきた僕たちは誰もいないことを確認した後、で、と切り出す。
「どうだった?うまく行ったでしょ」
胸を貼りながら誇らしげに問う僕に、だが、答える声はない。
不思議に思った僕はここで初めてはっきりと彼の顔を見た…彼はかすかに俯いており前髪に隠れて目元が見えない。しかし彼の口元はボソボソと何かを呟いていた。
「…いと」
「…?」
「…ないと」
「は?」
「行かないと行かなければいかなければぁっっっっ!!!」
「おいちょっと待て何があった!!!」
頭を抱えそう叫ぶ彼に思わず叫び返してしまう。何があったのかという問いに彼はただ「行かなければ」と繰り返す、ともすれば事件性もありなんと言う光景に、僕は「はっ…」と思い至る。
「まさか、おいまさかーーー」
あぁ、それは流石にないと思っていた結末。
万が一と思いつつも普通ではないと高を括っていたルート、すなわち
「ーーー“行ってあげて“って言われたのかーーーっっ??!!」
「行かなければぁぁぁぁあ!」
「おい!正気に戻れ!あれ書いたの僕だぞ!?そこに行っても誰もいないし誰も来ない!!あの手紙の子は存在しないんだ!!」
肩を掴み、そう訴えかける僕の声に、だが彼は正気に戻ることはなく、「でも…!!」と続ける。
「それでも!!彼女が存在している可能性が万が一、億が一にもあるのなら俺は行かなければ、彼女のために!!!」
「本当に君は何を言われたんだよお!!(泣)」
握り締めた拳を天に突き上げ、いざ行かんと歩を進める彼に、あぁ必死の制止も意味をなさず、結果踊り場に取り残されてしまった僕は、
キンコンカンコンと響く授業の開始5分前を告げるチャイムをただ一人で聞いた。
_______________________
クラスが別の僕たちは結局それから顔を合わせることなく、放課後を迎えてしまった。
「あ、あの、れ、レイ君」
帰りの準備もせず、教室を発とうとした僕に一人の女の子がおずおずと話しかけてくる。
「え、えっとど、どこ行くのかな…って」
長い髪で顔が隠れており、見るからに陰気な彼女の表情は読み取れないがその声の感じからかなり動揺しているようだった。
「どこって、別にどこでもいいでしょ」
「で、でも、今日の放課後、で、デートする…って」
そうこの女の子は今付き合っている彼女だ。数週間前に彼女が僕に告白し、まぁたまにはいいだろうと気まぐれに承諾して、今もその関係が何となく続いていた。
「あぁ、それね、今忙しいからまた今度ね」
「で、でも、この前も、い、忙しいって先延ばしに…」
「親友が相談に乗って欲しいって言ってきたんだよ、あの時はごめんね、今日も親友との用事があるんだ、だからまた今度にしてくれると嬉しいな」
「で、ででも!最近二人の時間が取れてないし、き、今日こそは…って」
自分でもなんでこんなのと付き合っているのかわからないが、僕と親友に迷惑をかけないのなら、と許容していた。だがーーー
(邪魔だな…)
「あのさ」
「は、はいっ…」
僕はちょいちょいと手招きをすると、近寄ってきた彼女の耳に、他の人には聞こえないように、囁いた。
「忙しいって言っているのがわかんないの?ここまで言わないとわからないのかな、今君にかけている時間なんてどこにもないの。これ以上ごちゃごちゃいって邪魔するなら別れるよ」
「わかった?」
顔を離し、そう笑顔で言う僕に、彼女は言葉を発することができず、ただ震えてこくこくと頷く。
「じゃ、また今度ね」
「……」
そして僕は急いで目的の場所、400号館へと向かった。
「まじか……本当に待っているよ」
400号館の3階、窓から下を見下ろした僕の視界に入ったのは、宣言通り校舎裏で律儀に待つ親友の姿であった。
もちろん、彼の待ち人が来ることはない。なぜならその待ち人というのはある意味僕のことであり、そして彼にとっては僕ではないのだ。
「どうしようかな……」
あいつは優しい、きっとその手紙の子が来るまでいつまでも待ち続けるだろう。
彼女の頼みであるなら尚更だ。たとえ来ないと心の底ではわかっていたとしても。
他の女に頼んで行ってもらうか…?
おそらくそれが一番手っ取り早いだろう。
でもなぁ…と思い出すのは、彼をハーレムにした時のこと。
正直言って僕はあんな無茶振りに一ミリも怒ってなどいなかった。それでも彼にああして言ったのはもっと別の理由。彼に二度と他の女を利用させないためだ。
彼を取り囲む女どもの顔。
僕の親友を僕に近づくための道具としか思っていないような、彼といることを些細な罰ゲームとしか思っていないような。そんな顔。
あぁ例え僕をどんなふうに思おうが、どれだけ僕を卑下しようがどうだっていい。
だがあいつを見下すのは何よりも許せない。
親友以外の存在はどんな奴でさえどうだっていい。
「…しゃーない!親友のために一肌脱ぐとするか!」
そう決意して、僕はポケットからスマホを取り出すととある人に電話をかける。
「あ、もしもし姉さん?ちょっとお願いがあるんだけどーーー」
_______________________
カー、カー、と夕暮れを背景にカラスの声が響く。
そう、夕暮れ。普通生徒たちはもうほとんどが帰ってしまっている時間、そんな時間、人目のつかない校舎裏に一人の男が立っていた。死んだ目で。
(俺…何でここにいるんだろう)
何度目かわからない問いを心の中で呟く。
結局手紙の子も、誰も来ることはなかった。いや、来るはずがないのだ。わかっていた、わかっていたが…
もう少し待ってみるか…
来ないものを待つという矛盾に、俺の精神は極まりかけていた。
そうして死んだ魚のような目をしてたち続ける、俺の背後から、
ザッザッザ、と地面を踏み締める音が響いた。
あぁ、ついに幻聴まで聞こえてきたか…と自身の状態に涙する俺はーーー
「あの…」
ーーー目を見開いた
慌てて後ろを振り返る俺の目に映ったのは、これ以上ないほどに華麗な少女であっt
否!!!実はこの少女、彼の親友、柚原レイその人である!!!
姉から高校時代の服を借り大きめのブレザーで男を主張する肩や腰回りを隠し、白髪のウルフカットウィッグを被り地毛を隠し、チョーカーで喉仏を隠し、そして姉(匠)によってガーリィなメイクを施してもらった彼は、あぁまさに女の子、それも街中を歩けば誰もが振り返るような絶世の美少女へと変貌していた!!
目を見開き、こちらを見つめる彼に、レイは内心動揺する。
(うっわはっず…バレていないよな)
念には念をとつけてきた黒マスクの下で口元を引き攣らせる彼、否、彼女に、だが淳詞はそれが親友だと気づかない。
「え…っと。君がもしかして手紙をくれた子?」
「…はい」
努めて高い声を出し、そう肯定する。その姿に、まさか目の前の美少女が親友だと思わない彼は、胸に手を当て、スー、と一筋の涙を流した。
(本当に、本当におったんや…)
(いやいるわけねぇだろ)
「だ、大丈夫、ですか?」
「あぁごめん何でもないよ、ところで、君の名前は…?」
「な、名前…っ?」
(し、しまった!!名前考えてないぞ!!)
「…せ」
「せ?」
「瀬戸内檸檬です…」
(まずい…咄嗟に好きな食べ物の名前を言ってしまった…これは流石に怪しまれたか…?)
「へー、瀬戸内檸檬さんか!いい名前だね!」
(マジかこいつ)
本心から思っているのだろう、裏のない笑顔でそう言う彼に内心ドン引く。
「うちの制服じゃないってことは他校の人だよね、どうやって俺のことを知ったの?」
「えっと…街中で見かけて…」
まずい、このまま会話が続くとボロが出ちゃうな…そう判断した僕は「それで」と本題へと移った。
「私の告白の返事は…?」
その言葉を聞いた途端、彼の表情が真面目なものへと変わる。
そしてこちらの目を見つめ、何秒か逡巡を見せた後、僕に向かって、深く、頭を下げた。
「ごめん」
顔は見えない、だがきっとその顔は苦虫を噛み潰したかのように歪められているのだろう。苦渋に満ちた声で続けた。
「俺にはもう彼女がいて、だから君の思いには応えられない。だから、ごめん」
「ーーーっ!」
告白を断られたショックに息をのみ、彼女は駆け出す。頭を下げ続ける彼の横を通り抜けて…
(何だこの茶番)
そう一瞬素に戻りかけた思考を振り抜き、校舎の裏を駆け抜ける。
そこには、彼女の涙の跡と義を通した男の姿だけが残っていたーーー
__________________________
無駄に縦に長い校舎裏に辟易しながら走り切り、角を曲がった僕は
「うわっ!」
「きゃっ!」
ドンッ!と何者かとぶつかり尻餅をついてしまう。
見るとその何者かも衝撃で後ろに倒れてしまったようだ。
「わ、わる…いえごめんなさい!怪我はありませんkーーー!」
ぶつかってしまった相手を見て僕は、驚きのあまり固まってしまう。
そこにいたのは、親友の彼女、浅井瑠璃その人だった。
「だ、大丈夫です!こちらこそごめんなさい!」
そう言って立ち上がった彼女は「えっと…」としばらく迷うそぶりを見せたあと、意を決したのか遠慮がちに口を開いた。
「あなたは…手紙の人、ですよね?」
「ーーー!」
なるほどそういうことか、と僕は心の中で合点がいく。
淳詞の言動から察するに、ラブレターの差出人に会うことを許可したこの子は、だが心の中では心配していたのだ。
すなわちーーー
「彼は…なんて答えましたか…?」
ーーー彼が他の女に取られるかもしれないと不安になってこんな時間までずっと見張っていたのだ
(これは…いい傾向なんじゃないか…!?)
それなら今僕がすべきことは。
立ち上がって僕は落ち込んだ表情を作り、言う。
「残念ながら振られてしまいました」
その言葉に明らかに彼女は安堵する。
「そ、そうですかそれは残念でしたね」
「それじゃ」と立ち去ろうとする彼女に、だが僕は「でも」と続ける。
「でも、私はまだ諦めていませんから」
「ーーーっっ!?」
あぁ、笑みと共に放たれたそれはまさしく挑戦状であった。
彼女の顔が目で見てわかるほど硬直する。
「盗られちゃうと思うなら監禁でも束縛でもしてやってください」
そう言い残して僕は彼女の横を通り歩き去る。
(なんか思っていたよりも上手く行ったなぁ)
と満面の笑みで、達成感に包まれつつ僕はそこを後にした。
背中に刺さる彼女の視線の意味に気づかずに……
こんにちは、鱈の煮付け(仮)です。
本当は一週間後に出せればと思っていたのですが、友人に遅いと言われたので頑張って書き切りました。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。
不殺の勇者の休憩にと書いていた本物語ですが、また何故かこちらが先にできており、10000字という長さにいつの間にかなっていました。不思議ですね。誠に申し訳ございません。
さて、今回も趣味全開の物語となっていますので、ところどころ醜くなっているとは思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
一つお聞きしたいのですが、こういった物語はまとめて出すより小出しにした方が読みやすかったりするのでしょうか。そこも意見いただけるとありがたいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。2日以内にはこの話のおまけを投稿するつもりなのでそれも楽しみにしていてくれると嬉しいです。
不殺の勇者...?はい...なんとか出します...お待ちください...
ご意見ご感想お待ちしております!