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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第一章
8/16

元ねこ、猫好きに遭遇する

 横断歩道が交錯する広い道を通り抜け、3人で地下鉄に乗った。

 街中を夜風に吹かれて歩くうち、少しは酔いが醒めたらしく、純一郎の顔色もやや戻ってきた。


 「嫌なら、はっきり言うべきよ。進路まで変える気でいるもの。後で色々問題になりそう」


 週末ではあったが、時間が中途半端と見え、地下鉄はまだそれほど混雑していなかった。2つ席が空いていたので、まず純一郎を座らせ、隣に理加が座った。


 俺は、理加の前に立った。

 座った途端、理加が純一郎に忠告したのであった。


 シートに浅く腰掛け、仰向けになった純一郎は、はっきりしない発音で答える。


 「嫌というほどでもあらへんけど。そないな親密な関係になりたいとまでは、無理やね。向こうが、はっきり言わんのに、こっちが断ったら、変やろ」

 「結婚前提と決まった訳じゃなし、とりあえず付き合ってみればいいじゃない」


 純一郎は、眉根を寄せた。


 「そないな意味ちゃうくて、なんて言うたらええかいな。綾部かて、Young Lawyer を焦らしてんでな? 彼かて、ええ歳に見えるけど」

 「うっ。それは違」

 「大して違わへん」


 それっきり、2人の間に沈黙が落ちる。人間は、いろいろな言葉を使うから、嫌になってしまう。ヤング・ローヤーとは何ぞや?

 純一郎は、乗換駅から到着駅までの間、本当に寝ていた。この気まずさの中で寝るか、普通?


 碰上三丁目の駅で降りて、純一郎のマンションまで、3人で歩いて行った。マンションの入り口に着くころには、純一郎は回復していた。


 「助かったわ。茶でも飲んでいく?」

 「家で休む。早く寝たら」

 「そうすんで。おやすみ」

 「おやすみ」

 「おやすみ」


  理加と俺は、にぎやかな通りを渡って、碰上大学の敷地に沿って歩いて行った。俺は、理加に尋ねた。


 「ねえねえ。やんぐ・ろーやーって、なに?」

 「妙に記憶力がいいのね。英語よ」

 「日本語では、どんな意味?」


 理加は、俺の問いを無視して、すたすた歩いていく。

 しつこく訊くのも気が引けて、俺は仕方なく黙って付いていった。間もなく、理加のマンションが見えてきた。



 四柱祭が終わると、すぐ五月祭がある。碰上キャンパスで行われる、大学祭である。主体となるのは3、4年生だ。


 心霊学部では、例年『(はら)い屋』を開設している。無料である。儲けより、研究成果の披露を優先している。客寄せパンダみたいなものだ。

 無料であるから、できることもたかが知れている。それでも客の満足度が高いのは、大半が「気のせい」であるからに他ならない。


 そしておびき寄せた客に、研究発表展示を見てもらおう、という魂胆である。


 真面目な学問としての心霊学を理解してもらうため、毎年「心霊学とは何か」、というところから始めている。これをまとめるのは3年生で、自らの復習を兼ねている。


 そして、「四柱祭」と「碰上異変」のレポートも必ず展示される。桜ヶ池で、阿呆なことをやらかさないように、好奇心旺盛な人々を啓蒙(けいもう)しているのである。


 歴史を振り返ると、阿呆なことをやらかすのは、自分が正しいと信じる確信犯であるので、こうした展示をしたところで、効果のほどは不明である。


 その他の研究発表は、グループによって毎年いろいろなものが飛び出してくる。今年は、人体から発する「気」を医学的見地から捉えることに成功した実験や、怪奇スポットの紹介や、霊体を化学的に分析してみたもの、が発表された。


 「難しい言葉で誤魔化すな」というのが竹野教授のモットーである。

 展示は、いずれも一般人にわかるような言葉で書いてある。


 残念なことに「あなたもできる霊退治」とか、「誰にでもわかる霊の在りか」といった展示ができるまでには研究が進んでおらず(将来的にもできるかどうか疑問である)、こちらはそれほど盛り上がらない。


 やはり、『祓い屋』の方に、人が集まるのである。


 そういうわけで、『祓い屋』を担当していなければ、学部生は暇である。

 理加と俺は、展示説明をしていたが、交代の学部生がきたので、昼食を取りにいく、と称して学部の建物を出た。


 「あ。綾部せんぱい。日置せんぱいは、いますか」


 出入り口で、間宮美貴に会った。新歓(しんかん)コンパ以来の顔合わせである。この間のいきさつについて、遺恨(いこん)を持っている様子には見えない。


 「奥で、『祓い屋』をしているわ」

 「ありがとうございます」


 理加が答えるなり、間宮は奥へ駆けて行った。


 「理斗は、何を食べたいの」

 「肉、魚、卵」

 「野菜も食べなさい」

 「わかっているよ」


 大学祭は一般に公開されていて、大学関係者以外の来客も目立つ。ライブなどに、有名人が出演するせいか、大講堂の前の広場には、人がいっぱいだ。


 並木通りには、サークルが出店する露天が並んでいる。占い屋、古着屋などもあるが、圧倒的に多いのは、稼げる食べ物屋である。

 屋台で効率よく稼げる食べ物は限られる。自然と似た店が並ぶ。一通り見て回った後、法学部の中にある牛丼屋に落ち着いた。


 もう1時を回っているのだが、こういう時の昼食時間は、遅い方にずれこむもので、空席はほとんどなかった。ちょっと待たされた後、運よく2人用のテーブル席につくことができた。


 牛丼が運ばれてくるまでの間、理加は窓の外を行き交う人々を眺めていた。

 木々の間から漏れる五月の光が、理加の陰影を際立たせていて、きれいな絵みたいだった。


 俺は、理加があんまり綺麗なので、うっとり見とれてしまった。で、視線に気付くのが少し遅れてしまった。


 それは、斜め後ろから、じっとりと湿気を帯びた不快感を伴っていた。

 俺は、がばっ、と身体ごと振りかえって、視線の出所(でどころ)を睨みつけた。


 男だ。年中日光浴しているみたいな、こんがり焼けた褐色の肌に、ゆるくパーマをかけた明るい茶色の髪の毛を、長めにセットしている。碰上大学生には珍しい髪色だ。染めているのだろうか。

 クリーム色のジーンズに、同色の麻のジャケットを合わせ、黄緑色のTシャツを着ている。俺と目が合うと、にっこり笑って見せた。白い歯並が、褐色の肌の間から光って見えた。


 「あら」


 俺の視線に気付いた理加が、あとを辿って野郎に行き当たった。けっ、知り合いか。


 「誰、あれ」

 「渡会(わたらい)くん。試験で、席が近かったの」


 理加が教える間に、渡会とかいう男は、席を立って俺達のところまでやってきてしまった。近くで見ると、結構背が高い。


 「久しぶりやね。こちらは、親戚?」


 まず、俺の警戒心を解こうというのか、俺に向かって笑顔を送る。白い歯が(まぶ)しい。


 「そうよ。一緒に勉強しているの」


 理加は、それ以上詳しく話すつもりはないようで、そこで会話が途切れる。


 「ふうん。わし、今『碰上新聞』に入ってるんや。取材に行くこともあるかもしらんけど、その時は、よろしゅう頼むわ」


 牛丼がきたので、渡会は、会釈して去って行った。何を取材するのか知らんが、怪しげな言葉遣いをしおって、気に入らない。


 「なんとなく、純一郎の話し方に似ているね」

 「渡会くんは、大阪の人だからね。日置は京都出身だから、理斗には同じように聞こえるのね」


 と、理加は説明してくれたが、オーサカとかキョートのことを言われても、まだよくわからなかった。俺には遠すぎる。

 食事を終わって、外に出ると、ごみ捨て場の近くで、ぶち猫に餌をやりながら、その肢体(したい)を触りまくっている男がいた。何だろう。触り方が、ちょっと気持ち悪い。


 「渡会くん」

 「あ、あはっ。また会うたね。わし、猫好きなんや」


 照れ隠しのつもりか、俺にちらちらと媚びるような眼差しを送ってくる。理加は呆れた様子を見せた。


 「わたしも猫好きだけど、洋服が汚れるわよ」

 「可愛い猫を見ると、つい……」


 言い訳しながらも、手は猫を撫で続けている。俺は、ごろごろと喉を鳴らすぶち猫を見ているのが、傍目(はため)ながら気恥ずかしくなって、理加を(うなが)した。


 「いるのねえ。ああいう猫好きが」


 学部に戻ってから、理加が呟いた。

 俺は、渡会があんまり理加と親しくならなければいい、と思った。純一郎や、成瀬の方が、ずっとマシである。


 五月祭が終われば、夏はもうすぐである。

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