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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第一章
7/16

元ねこ、飲み会に参加する

 連休中は、理加がたんすの中身を入れ換える手伝いをしたり、植木屋さんが庭の手入れをするのを眺めたりしていたので、特に遠出はしなかった。


 絹子叔母のお(とも)で、生け花の個展に理加と出かけた程度である。会場では、俺のことを何回も聞かれ困惑していた。その度に、理加が答える。


 「また従弟(いとこ)なんですけど、大学がこちらなので、上京して家に下宿しているんです。女所帯だから、男の子がいれば安心ですし」


 そのうち絹子叔母も、俺のことを甥として説明することになった。正確には「また甥」とでもいうのか?


 絹子叔母が、人間界では、ちょっと変わった人っぽい。最近やっとわかってきた。

 純一郎みたいな能力はないのに、俺が元猫とわかっているようで、それなのに驚きもせず、自然に俺と接している。

 ときどき、猫の時みたいに頭を撫でて、


 「あら、ごめんなさい」


 などという。別にいいんだけど。


 連休明けの週末には、地下鉄に乗って出かけた先の生協会館で、コンパがあった。

 四柱祭の慰労会と、新入生歓迎会を兼ねている。1年生から4年生、院生、教授連まで、仮に全員出席すると数十人にもなってしまうとかで、立食式で行われた。


 純一郎は、例の間宮美貴の件があるので、直前までぐずぐず言っていたが、大貫先輩に引っ張られて来た。碰上組は、碰上三丁目から一緒に地下鉄に乗って到着した。


 生協会館の辺りは、同じ東京でも雰囲気が異なる。碰上は古くからある小さい会社や店が、大学の周りに集まって一つの街を作っていて、落ち着いた感じだが、ここは空中で交叉する歩道橋や、地上に伸びる横断歩道が、せかせかと動き回る人の流れとの相乗効果で、遥か先の時間に存在する街に見えた。


 不揃いな形のビルがひしめく狭い坂道を登って、会場に辿り着いた。尾婆(おばば)組はすでに到着している。


 「日置せんぱーい!」

 「あ゛」

 「出たね」


 噂をすれば、していなくても、間宮美貴である。

 背中まで伸ばした髪に細かいウェーブをかけ、フリル満載の長めのワンピースを着ている。細かい淡水真珠を連ねたネックレスに、ピンクの石付き指輪を右手薬指にはめている。昔流行ったフランス人形みたいないでたちである。

 精一杯着飾りました、と顔に書いてある。


 「せんぱーい、一緒に座りましょう」

 「ここ、立食だよ間宮さん」


 抵抗すれど、結局さらわれていく純一郎。

 3、4年生は、苦笑しつつ見送る。1年生は、四柱祭での凛々(りり)しい純一郎しか知らず、見る目に補正がかかっている。


 「あの人、図々しいわね」

 「私たちも、追いかけて話しかけてもいいんじゃないかしら」


 開会の時刻になった。


 「あー。皆さん、お静かに。そろそろ始めたいと思います」


 マイクから流れる声が、私語を静めた。幹事は2年生である。


 「ただいまより、碰上大学心霊学部の新入生歓迎及び四柱祭慰労会を開会します」

 拍手。店の人が、栓抜きを持って、テーブルにセットされたビール瓶の栓を抜いて回る。幹事は、咳払いした。


 「では、まず、学部長の竹野教授に、乾杯の御発声をお願いします」


 銀髪爺が、マイクを握った。上級生のグラスにビールが注がれ、下級生と俺にはジュースが注がれた。


 「そういえば、学部長なんだっけ」


 理加が呟く。竹野は、歓迎と慰労の挨拶を実に簡単に済ませ、全員の健勝を祝して乾杯をした。


 みんな、一口飲むとすぐにグラスを置いて、拍手する。

 そして、一斉に、皿と箸を取った。料理を取り分ける。


 理加が、俺に取り分けてくれた。刺身や肉が山盛りだ。最後にバッグから、先割れスプーンを取り出して、皿に添える。さすがは俺の飼い主、準備に抜かりない。


 「はいどうぞ。食べ終わったら、言いなさい」

 「ありがとう」


 俺は早速先割れスプーンを握りしめ、刺身に手をつけた。


 俺も理加も、最初についたテーブルの料理をひたすら食べた。理加はお喋りを楽しむタイプじゃないし、理加が動かないなら、俺も動く理由はない。


 他の人たちは、形だけ皿と箸とコップを持ち、テーブルを巡り歩いて、色々な人と会話を楽しんでいる。


 竹野や助教授の風祭などは、目を離す度に移動している。全員と話す目標でも立てているのか、俺も話しかけられた。


 「髪の毛が伸びたね」

 「身体に変調は、ない?」


 刺身に飽きて、温かいものが食べたくなった。この反応は、人間ぽい。成長したみたいで、嬉しくなる。


 「あったかい物を食べたい」

 「向こうへ行きましょう」


 理加と俺は、一緒に鍋まで遠征した。スープ皿に、豚バラや豆腐を盛り付けてもらう。大貫先輩も来合せた。


 「ありがとう。今年の一年生って、随分と力の弱い人がいるみたい。理斗くんのこと、人間と思い込んで噂していたわ」

 「俺、人間なんだけど」

 「そうね。私も、元猫だなんて言わなかったわ。あとで誘いにくるかもよ。楽しみね」

 「え、それは嫌だ」


 理加は黙っていたが、すすっと目だけを横に動かした。先をたどると、人だかりに行き当たる。

 その中心にいるのは、女の子たちに埋もれてよく見えないが、多分に純一郎であるらしい。


 「お、早くも陥落か? 面白そうだから、見に行きましょう」

 「そうですね」


 隣のテーブルの上には、サンドウィッチがいくつか残っていた。理加は素早くそれらを救出した。一連の動きが、女の子たちの注意を引いた。会話が中断した。


 「大貫先輩」


 ほっとしたような表情だった。やはり、純一郎だった。側に(はべ)るのは、間宮美貴である。


 フランス人形のように可愛くまとめた間宮と、小麦色のすらっとした美脚と豊満な胸を強調する大貫先輩が相対した。教養学部生の男子が、遠巻きに注視する。


 間宮は、一層純一郎に身をすり寄せ、口を開きかけたが、大貫先輩が一瞬早く、大声で純一郎に呼びかけた。


 「日置くん。四柱祭、お疲れ様。かわい子ちゃんに囲まれたい気持ちもわかるけど、先生方その他お世話になった人たちに、まだ御挨拶していないわよね。それに、男子新入生の顔も、覚えなくちゃ。さ、ビール瓶とコップを持ちなさい」


 「はい、ちょっと一周してきます」


 純一郎は、そそくさと女の子の輪を抜けた。間宮美貴は、教授陣の前で純一郎の腕にぶら下がる勇気はなかったみたいで、その場に残る。大貫先輩の勝利であった。

 その間宮に、理加が声をかけた。


 「ちょっと聞いていいかしら。3年生の綾部です」


 間宮は、気のなさそうな目を向ける。俺は視界の外らしい。理加が、ときどき純一郎の手料理を食していると知ったら、修羅場(しゅらば)になりそうだ。理加は当然ながら、そんなことは口にしない。


 「間宮さんは、医学部志望だって聞いたけど?」

 「入学試験は理Ⅲで受けました。制度上は、心霊学部に進むこともできますよね?」


 間宮は、警戒したのか、先回りしてきた。


 「そうね。それなら、最初から心霊学部で受けた方がいいのに、どうして、理Ⅲを受けたのかなって、思ったの」


 間宮の白い肌が、ぱっと赤く染まった。唇が、微かに震える。爆弾発言再び、の予感である。理加、煽っていないよね?

 そこで、大貫先輩が介入した。


 「綾部さん。下級生を困らせちゃ、だめよ。ほら、あっちに刺身が残っているから、理斗くんと一緒に行ってらっしゃい」 

 「はい!」


 返事をしたのは、俺だ。行ってみると、刺身ではなく、焼き鳥であった。些細な違いにはこだわらないことにした。


 料理はほぼ食い尽くした。途中で抜けた人も出て、開会時よりも人数が減っている。時間もころあいである。

 幹事が再びマイクを握った。


 「ええ、皆さん。宴たけなわではございますが、そろそろお開きにしたいと存じます。では、ここで中締めを風祭助教授にお願いしたいと思います」


 とんぼ眼鏡をかけた、ひょろっと背の高い風祭が、前に出た。


 「それでは、ご指名でございますので、不肖(ふしょう)わたくしが、一本締めで締めさせていただきたいと存じます。皆様、お手を拝借(はいしゃく)


 みんな両手を胸の前に掲げる。


 「よぉーっ」


 パンッ! そして拍手。


 とりあえずは、終わった。しかし、夜はこれからである。


 「2次会行く人!」

 「カラオケ行こう!」


 あちらこちらから次の誘いが聞こえる。尾婆組には、寮に帰って麻雀をしながら飲み直す人々もいた。


 「理加は、どうする」

 「理斗は?」


 俺の希望が通って、2人で帰ることにした。

 会場の出入り口で、間宮美貴が待ち伏せていた。俺たちが先に、純一郎と鉢合(はちあ)わせした。

 間宮の目が、猫なみに光った気がした。


 「日置せんぱーい、2次会行こう!」

 「あ。ちょっと、今日は無理」

 え、なんで、とすがろうと寄る間宮を、かろうじて避け、純一郎は、俺達に赤い顔を向けた。目を潤ませている。会場を一周する間に、大分返盃(へんぱい)を食らったようである。


 「綾部、もし2次会へ行くなら、ねこ借りたいんだけど。俺、1人で帰れる自信がない」

 「日置せんぱい、大丈夫ですか」


 間宮がたちまち心配そうな顔つきになる。間宮の帰る方向は尾婆で、碰上に帰る純一郎とは、反対方向である。

 このままでは、送って行くと言い出しかねなかった。


 間宮が純一郎を送っていくのは一向に構わないが、もし純一郎が倒れたりしたら、介抱しきれず困るだろう。医学部にいても、まだ医者ではない。

 理加は、純一郎の頼みを聞いて、一瞬ためらった。間宮に目を走らせ、俺に頷きかける。


 「貸すまでもない。私も帰る。3人で一緒に行きましょう」


 3人で、と少しばかり強調した。俺は、すかさず純一郎に手を貸した。純一郎は俺とわかると安心して体を預けた。間があったのは、理加と間違えたらしい。大分酔っている。

 間宮は、理加と俺を疑わしそうに見比べた。間宮には、俺がどう見えているのか、態度からは読み取れない。


 「間宮さん、引きとめちゃってごめんね。また、飲みましょう」


 純一郎が、何とか間宮に笑いかけた。そこで(ようや)く、間宮の諦めがついた。


 「お大事になさってくださいね」


 名残惜しげに、2次会へ向かった。

 純一郎の体から、一気に力が抜けた。

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