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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第一章
6/16

元ねこ、祭りに駆り出される

 「相変わらず、赤木(あかぎ)くんは美少年だな」

 「美中年です、竹野教授」


 竹野が苦笑いした。警察官だという赤木は、もう40歳近くになる筈だが、美少年はともかく、美青年で十分通るほど、美しい容貌を持ち合わせていた。それが、平安時代の武官のような恰好で美々しく盛装しているのだから、もう夢幻のような美しさである。


 今日は四柱祭(しはしらさい)の日である。赤木に限らず、その場にいる人々は、全て同様の衣装に身を包んでいた。

 前日から、心霊学部、大講堂、図書館、武道場、運動場が注連縄(しめなわ)で結ばれ、学部生と関係者以外立ち入り禁止となっていた。

 学部生や関係者にしろ、注連縄の内側へ入るときには、簡単なお祓いをしてもらい、定められた入り口から入るようにしていた。


 この祭りの下準備は、院生が竹野教授の指揮の下で行い、学部生は下働きとして働いていた。心霊学部の教養学部生も参加していたが、(ほとん)ど見物人であった。


 四柱祭における盛装は、祭礼に参加する格によって異なる。竹野のじいさんと、風祭(かざまつり)助教授、純一郎の父ちゃん、桐野(きりの)というおばさん、そして美中年の赤木は、豪勢な平安貴族のような恰好をしていたが、下働きの俺や理加などは、白襟と赤袴(俺は白袴)であり、教養学部生ときたら、ただの一重である。俺や理加の長い髪の毛は、こよりで後ろに一束にされた。

  


 同じ三年生でも、純一郎は、従四柱(じゅうしちゅう)を務めるとかで、竹野教授に近い恰好をしていた。従四柱は、赤木達正四柱(せいしちゅう)の後ろについて、正四柱の補佐をする役割である。


 四柱祭の行われる桜が池は、花の季節が終わり、後から黄緑色の若芽が出てきていた。この地の周囲にも、注連縄が張られ、正四柱と従四柱は、この中に入る。

 竹野は四柱の中には入らないで、二重に張り巡らされた注連縄の外に設けられた座の中へ入って全体を統轄(とうかつ)する。この位置と、そこに座る人を主座(しゅざ)という。


 内側と外側の注連縄の間にあって、場の清めを受け持つのが権四柱(ごんしちゅう)である。大体これは院生が担当する。彼らは白い水干(すいかん)に、緋色の紐を付けた銀の鈴を持っている。権四柱を補佐するために、白い水干を着た院生たちも同じ場にいるが、位置は固定していない。


 学部生は、外側の注連縄のさらに外にいて、要領を得ない教養学部生を監視しながら、へんな()やへんな()が注連縄の中へ入り込まないように、見張る役である。


 「日置さん、従四柱をするんだ。すごい訳よねえ」

 「ほら、あそこにいるのは、日置さんのお父さんよ。似てる」


 盛装して、紅など()いているものだから、純一郎のような男でも美形に見えるようで、教養学部の女性陣がさざめいている。


 「あら。あの風祭(かざまつり)先生とお話している正四柱の男の人、素敵!」

 「ほんとの、美形よね。独身かしら」

 「あの人、赤木さんというのよ」


 注連縄の外にいる連中は気楽である。昔は、マスコミがヘリで祭礼を撮影しようとして墜落しかかったり……その時に竹野の爺が『撃ち落してやる』と言ったとか言わなかったとかで揉めた……穴を掘って祭礼を見物しようとして警察沙汰になったり、色々あったのだが、最近はさすがに皆心得ていて、取材は予約の上、祭礼の後で受けることで収まっている。

 あとは、時折現れる変な人を近づけないようにすれば、本当に見物人にでもなるよりほかない。


 俺達は、大体主座の後ろ辺りが巡回受持ち区域で、見物としては上席を確保していた。

 権四柱、従四柱、正四柱が定位置につくのを見計らって、竹野の爺は主座についた。今日は、銀髪頭も恰好よく決まっている。衣装のせいか、別人のようである。その竹野が、手に(さかき)(はら)い串を持って、すうっと立ちあがり、じっと目を閉じた。四柱たちも、じっとしている。


 竹野が目を開けた。祓い串を持ち上げて、一振りする。すると、竹野のいる主座から注連縄に沿って、光が通った。もう一振りすると、内側の注連縄にも光が通った。


 「かけまくも(かしこ)き……」


 腹に堪える堂々とした声が、朗々と構内に響き渡る。数拍おいて、権四柱、更に数拍後に従四柱、また数拍おいて正四柱と竹野爺の声を中心に唱和が始まった。正四柱が弦打(つるう)ちを始めると、権四柱は鈴を鳴らす。従四柱は(かね)を叩く。


 四柱たちの合唱は、気楽に聞けるものではなかった。ちょっと気を緩めると、気が遠くなってしまいそうであった。注連縄の光が強くなってきた。


 鉦が鳴ると、桜ヶ池周辺の木に留まっていた鳥が、一斉に飛び立った。楽は、ますます高まっていく。


 と、正四柱から、四本の気が、柱のようにそそり立った。気柱は、勢いよくはるか天空まで達したかと思うと、一束となって急降下し、池の中にある島の少し上で放射状に散開した。開いて池を包み込み、そのままの形で静かに沈んで行った。


 気束が完全に桜ヶ池に没したことを見届けると、主座は


 「はっ」


 と大音声を発し、祓い串を二度振った。ぴたりと楽が止まった。注連縄も、ただの縄に戻っていた。


 竹野教授が主座に座った。まず、権四柱たちが注連縄から外へ出た。次に従四柱たちが一つ目の注連縄をくぐった。

 従四柱たちは、そこで一人ずつ鉦を打ち、正四柱を迎えた。正・従四柱が揃ったところから、一組ずつ外側の注連縄をくぐった。


 最後まで残った竹野は、席を立ち、祓い串を持ち上げ、島へ向かって投げた。榊は島の中央に真っ直ぐ突き立った。一瞬、光ったように見えた。


 竹野は、身を翻して主座を出て行った。


 祭礼は終わった。


 しかし、これからが見学者の大変なところであるのだ。祭礼が終わってから明朝まで、注連縄の中へ何も入らないようにしなければならないのだ。その間、清水を飲み、米粉だんごを口にして時間を過ごさなければならない。


 「ねこ、頑張ってね」


 純一郎が、へらへら手を振って去って行く。綺麗な衣装をまとって歌っているだけかと思っていたら、結構体力を使ったようであった。

 数時間の間に、やつれて見えた。従四柱、権四柱の役目はここで終わるが、正四柱は注連縄の中で待機するのである。無論、竹野教授も。


 祭礼は、早朝から昼過ぎまでのことであった。それから従・権四柱が撤退して、夕方までに、道に迷った人あるいは迷ったふりをした人を、数人追い返した。

 ポン大は、都心にありながら敷地が広く、赤レンガの歴史的建物と緑の多さから、休日になると散歩にくる人が意外といる。


 時々、巡回組の大貫先輩がやってきた。普段は、綺麗な脚を剥き出しにした服しか着ないのに、今日は赤い袴をはいているせいか、巫女みたいに見えた。


 夜になると、さすがに人通りも絶える。桜ヶ池の周囲の水銀灯は点灯しないように操作されている。

 遠くに見える灯りが郷愁を誘う。気温が少し下がったのだろう、肌寒く、皆一様に薄物を羽織っている。


 真夜中近くなった頃、俺たちから離れたところで、騒ぎが持ち上がった。


 「事件だ、事件だ」

 「持ち場を離れるな。後で、教えてやる」


 巡回組の4年生が、言い置いて、走り過ぎて行った。俺と理加は、4年生の言葉通りに、持ち場に残った。

 上級生の言葉は正しかった。間もなく、俺は変な物に気付いて、理加に指示を仰いだ。


 「理加、向こうから、灰色のふわふわしたものが、来る」

 「潰しなさい」


 こうした調子で、上級生が再び巡回してくるまでに、俺は、多分何かの雑霊を、いくつか退治していた。


 あとで聞いたところによると、自分を神だと言い張る婆さんが、自分の場所に戻るとかで、注連縄の中に突進しようとしたのが原因であった。


 本当か嘘か、いずれにしても判断を下す立場にない4年生たちが、教授たちの入るところへ婆さんを連れて行こうとした。

 そこへ、見計らったかのように赤木がやってきて、院生たちの話を聞いた。


 婆さんは、赤木の美貌を見て呆然としていたが、赤木が警察だと名乗ると、いきなり院生の手を振り切って正門の方へ逃げて行った、とのことであった。


 そのほか、特に大騒ぎしたことは何もなく、無事に朝日を拝むことができた。俺たちは、院生の指示に従って注連縄を外側から回収し、心霊学部の建物がある中庭へ持っていった。


 中庭には、正四柱が揃っていて、即席キャンプファイヤーが組まれていた。彼らが示すままに、俺達は注連縄をキャンプファイヤーの中に入れ、それらを焚いた。煙が細々と空へ昇っていった。


 こうして、四柱祭は終了した。

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