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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第一章
4/16

元ねこ、初実習を見る

 図書室で先輩と話しているうちに、時間が思ったより経ってしまった。

 チャイムが聞こえてから慌てて集合教室へ向かうと、着いたのは、チャイムが鳴り終わった瞬間であった。


 心霊学部の3年生が全員集合しても、20人足らずである。遅れれば目立つ。しかも、竹野の爺は、時間通りに来ていた。大貫先輩(いわ)く「期待の3人組」が駆け込んでくると、銀髪爺は、にやりと笑って言い放った。


 「さて、留年予定組がきたから、出発しようか」


 竹野教授は、明るいグレイの格子縞のスーツを着て、若草色のネクタイを締めている。

 先頭に立って階段を降りて行く後を、皆でぞろぞろついて行った。バス通りを抜けて、南大門(みなみおおもん)を出て左へ折れて行く。


 いい年をした兄ちゃん姉ちゃんが、金魚の糞みたいに格子縞の竹野教授の後を付いていくものだから、道を行くビジネスマンや、病院へ通うらしい婆さんたちが、遠慮仮借(えんりょかしゃく)ない視線を向けてくる。ちなみに、心霊学部は、ポン大としては女子の比率が高く、4割を占めている。


 小さな店が建ち並ぶ急坂を下って行くと、白い大きなホテルの手前に、低い鉄柵があった。


 「××××××所 碰上庁舎」


 誰かがプレートを読んだ。竹野教授が門前に立つと、門脇の警備室から、警備服に身を固めた男が出てきた。


 「そろそろ来ていただける頃かと、お待ち申し上げておりました」

 「ほう。連中が騒ぎ始めたのかね」


 「そうなんです。まあ、あいつらの目に見えるのは、多分自業自得なんでしょう」

 「そうとも限らないから、厄介なのだよ」


 竹野爺と警備のおじさんは、並んで意味の取れない話をしつつ、俺達を奥へ導いた。

 立派な前庭の向こうには、白亜の建物があった。俺たちが案内される先は、建物の脇である。


 どうも薄暗くて嫌な感じがする。ほかの学部生たちも、同じ嫌な雰囲気を感じ取っているらしく、落ち着かない。


 落ち着いているのは、教授を除くと、理加と純一郎だけであった。理加は、そういう能力を持たないから、反応がないのはわかるが、純一郎が落ち着いているのは、不可解だ。


 白亜の建物の脇を通りぬけて奥まで来ると、いきなり手の込んだ庭園風の景色が広がっていた。

 周囲を大きな木が取り巻き、外と隔てているため、余計に別世界に見えるのである。敷地は、外から見るよりもずっと広かった。


 「こっちだぞ」


 竹野教授が先頭に立ち、学生を導く。勝手知ったるなんとか、である。植え込みの間を通りながら、俺達はだんだん核心へ近付きつつあった。


 俺は、できれば逃げ出したかった。だが、理加が教授のすぐ後を譲らないので、頑張って一緒に前へ出ていた。日置が何時の間にか、理加の側を離れ、一行の一番後ろについていた。こわいのだろうか。


 岩が見えた。低木が上手く配置された陰に、ひっそりと一つ。直前まで目に見えず、それまではわからなかったが、こいつが嫌な気分の元凶であった。


 天然の岩ではない。コンクリートだ。均質で無表情な灰色の面が、5つあり、残る1面は地面と接している。そして、その周りに。


 「何が見える?」


 ご覧ください、とばかりに左腕を無駄に美しく伸ばした竹野の爺は、にやにやしていた。


 心霊学部3年生の反応は、様々であった。顔色を変える奴、へたり込む奴、感心して近寄りたそうな様子を見せる奴、目と口を丸く開いて硬直する奴。


 しかし、どいつも、コンクリートの周囲にいるもののことは、見えている様子であった。理加以外は。


 「見えません」


 理加は、無表情で言いきった。竹野は、別に怒るでもなく、俺を指差した。


 「こら。お前が綾部の目なのだから、すぐに教えなくては、いかんじゃないか」


 俺は、竹野が何をいっているのか、理解できなかった。純一郎が何時の間にか隣に来ていて、教えてくれた。


 「その井戸の上にいる、殆ど人間の形をなくした恨めしそうな女の顔と、左にいる、あどけなく頭と鼻から出血している男の子と、右に座っている爺さん、下にうろうろしとる大量の犬猫のことや。よう、見てみ。門で見かける三毛猫たちとは、ちょい違っとるやろ」


 俺が相槌を打つ前に、他の男子学生が付け加えた。


 「もしくは、濃いブルーの不定形と、オレンジ色の円形発光体と、灰色っぽい、ぼやけたもやもやだな」

 「と、すると、多分井戸に居座っている女が元凶で、それが子供やお年寄り、犬猫の雑霊を引き寄せているのね。違いますか」


 理加が、急に能弁になって、竹野に同意を求めた。竹野教授は、手を叩いて、「その通り」と答えた。俺が一言も言わないうちに、色々なことが片付いてしまった。俺は、つまらなかった。


 竹野は、続けて、学生の一人一人に、各々の霊の見え方を説明させた。純一郎が下から俺の耳に息を吹きかけた。


 「今の話は、わかったか」

 「わからん」


 俺はぶすっとして答えた。相手が理加ではないから、遠慮はいらない。純一郎は小声で解説してくれた。


 「お前は、綾部から指示を受けた場所に、今みたいに生き物とちゃう奴を見つけたら、それがどんな奴でどこにいるのか、綾部におせるんや。そうすれば、綾部は危険から身を守ることもでけるし、お前は飼い主に恩を返せるって訳」

 「ふ、うーん」


 言い方は多少気に食わんが、言わんとするところは、わかった。その時、理加が口を開いた。


 「それだけじゃない。私が、そこの化け物を倒せ、と言ったら、理斗は何とかしてそいつを消さなくてはならない」

 「どうやって」

 「それを、これから勉強するの」


 理加のいう通りであった。竹野教授は、学生の答えが一巡すると、腕を組んだ。


 「さて、手始めに、こいつらを消してもらおうか。あ、小さい奴からでいいよ」


 学生達の間に、ざわめきが広がった。教養過程の2年間にも、学部授業と称して、霊体出現理論だの、気合の入れ方とか、まあ、基礎の基礎らしきものは教えてもらっていたらしいが(俺は寝ていた)、いきなり初対面の霊を消せ、といわれても、できる訳ないのが普通であった。


 霊の方は霊の方で、自分たちの存在の危機を感じ取ったか、怪しげな動きを見せ始めた。襲い掛かってくるかもしれない。その不安が、学生達の緊張感を高め、辺りの空気も変化させつつあった。


 「理斗。お前、あの犬猫の雑霊に触っておいで」


 理加が言った。俺は、今はなき尻尾の毛を逆立てた。


 「やだ。こわいもん」


 思わず知らず、後じさりする。理加が眼光鋭く睨みつけた。こっちも、相当こわい。

 ピンチを救ってくれたのは、以外にも竹野の爺だった。教授は、どさくさに紛れて俺と理加の間に入り込んでいた、純一郎に呼びかけた。


 「日置くん。どれか、一つ、消して見せたまえ」

 「はい」


 純一郎は、すっ、と前へ出た。すると、気のせいか、霊達が不安に(おのの)いて、少し後ろへ引いたように見えた。日置もそう見えたのだろう。ふうっ、と力を抜いた。霊達は、安心した。


 ”Requiem aeternam dona eis、 Domine、 et lux perpetua luceat is……" ※


 突然、純一郎が訳のわからん言葉を喋り出した。同時に、その身体から、淡い光が発せられた。

 霊達は慌てて散ろうとしたが、その時、純一郎が腕を振った。


 掌から明るい光束がほとばしって、男の子と老人と犬猫の群れを引き裂いた。一瞬にして、霊は消えた。霧が爆発したら、こんな感じだろうといった、消え方であった。


 あとに残ったのは、浮かんでいる女の霊のみ。相変わらず、恨めし気な崩れ顔をしている。


 とりあえず自分が指名されずほっとした他の学部生たちは、同期の中に、早くも抜きん出た能力を示す者を見せ付けられ、驚愕していた。

 平気な顔をしていたのは、理加だけである。あ、俺もである。

 俺だってすごいんだぞ。竹野教授が言うには、人間の形をした猫なんて、まずその辺にはいないんだとか。それに、純一郎が強いってことは、最初に会ったときに知っている。


 「あー。他の人の分も消しちゃった」


 竹野が呟いた。


 「すみません」

 「その女の人は、どうするのですか」


 と、男の学生。どうするって、お前、撫でてやる訳にはいかないだろう。

 竹野は、にやりと笑った。


 「じゃ、早川君、やってみるかね」

 「え、あ。いいです。無理です。できません。すみません」


 余計な口を利いたのを、後悔している。竹野は、銀髪をひょいっと手で梳いた。緊張した気配が漂い出した。もとより、黙ってみている幽霊ではない。崩れた顔に、憎悪が湧き出してきた。攻撃すべく、霊は動こうとしたとき。


 「はっ!」


 気合で金縛りにしてしまった。もがく、霊。


 「臨兵闘者、皆陣列在前!」


 わからん言葉を早口で唱えながら、両手を組んだりほぐしたりした。終わった途端に、竹野の身体が金色の光に包まれた。あまりのまぶしさに、俺は目をつぶった。きっと、大抵の者はそうしただろう。理加以外は。


 「あ、攻撃する前に、消えた」


 竹野教授の声に、俺達はおそるおそる目を開けた。光は薄れて、辺りに金色のもやとなって流れていた。コンクリートの辺りは、今は何もなかった。ただ、ちょっと嫌な感じが残っているだけだ。


 「うむ。今年のは、少々弱かったな」


 顎をなでながら、竹野爺が呟く。


 「ひょっとして、毎年こんなことをしているのですか」


 おずおずと尋ねる女子学生に、彼は答えた。


 「当然。そうしなきゃ、授業にならないだろう」

 「つまり、講義の為に、霊の集まりやすい場所を近所に確保しているのですね」


 理加の言うとおりであるらしい。


 「国の施設じゃなきゃ、難しいだろう。あと、お金があるところとかも」


 純一郎が駄目押しをした。


 「皆、今の話は、秘密だぞ。相手がお役人だからと言って油断するな。霊を扱う者に要求される能力の一つは、秘密を守れることだからな。何故だかわかるか、早川君」


 「霊の出現には、個人の秘密が関わっていることが多いからです」


 早川くんは、今度は教授の要求に応えられて満足そうであった。


 「そう。この授業は、諸君が理論で学んだことを実践する場である。進む方向が違う者もあるだろうが、最低限知っておいた方がいいこと、というのはどの学問にも存在する。だから、面倒でも将来のためと思ってなるべく出席しなさい。今日は、これで終わりにする。内部の見学をしたい人は、残りなさい」


 ほとんどの学部生が残った。


※ ラテン語。主よ、永遠の安息を彼らに与えてください、そして、彼らを永久の光で照らし

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