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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第一章
3/16

元ねこ、期待の星に数えられる

 「理斗、仕度はできたかしら」


 返事をする前に、もう理加は部屋に入ってきていた。上から下までじろっと一瞥(いちべつ)する。


 「趣味はともかく、やっと一人前に服が着られるようになったわね」

 「とっくに。趣味もいいだろ」

 「……」


 趣味については、黙殺された。俺は、差し出された理加の荷物を受け取って、玄関から外へ出た。春の風がさっと頬に吹き付けてきて、心地よい。


 「やっと、ゆっくり朝寝ができる」


 理加の家は、碰上大学のすぐ近くにあるのだが、教養学部がここから1時間弱かかる尾婆(おばば)にあるので、ここ2年間は、早起き生活を送っていたのだ。


 構内へ入る。ごみ箱の側に、三毛達が眠たげな様子でこちらを見やっている。左手に延びたゆるい坂を登り、ケヤキの大木が並ぶ左へ折れる。生協の書籍部を横目にバス停を通り過ぎると、右手に曲がる道の角に、赤レンガ造りの建物の入り口がある。昔の化学教室であり、現在ポン大で最も不人気な、しかも最も難関な学部がここにある。


 『心霊学部』


 青銅のプレートが掲げられている。俺と理加は、階段を上がった。


 8時半からぶっ通しで(途中10分くらい休んだが)2コマ分の授業を終えて、俺はぐったりして講義室を出た。理加は疲れた様子を見せていない。


 「お昼だあ。やっと、お昼だああ」

 「今日は、学食」

 「混んでいるのに」


 碰上キャンパスの学生食堂は3つある。その他にも幾つか特殊な食堂があるが、それは措いておく。

 俺と理加は、時計台下の、一番大きな食堂へ行った。中央食堂という。


 近くの池には、桜がちらほら咲き始めて、如何にも春めいている。食堂の混雑ぶりも、新学期らしい。


 見本を見てチケットを買い、階段を降りて列の後ろへ並ぶ。違うメニューを選ぶと、並ぶ列も違ってしまうので、俺はそばに居たくて理加と同じ物を選んだ。定食である。


 「よう、綾部。ねこも、今日は学食?」


 トレイを持って席を探していると、TVの前のテーブルで手を振る奴がいる。日置(ひおき)純一郎である。


 「午後は、学部必修科目だったわね」


 向かい合って席についた、理加が言う。既に食べ始めている純一郎が、口に食べ物を詰めたまま、頷く。


 「予習した?」


 純一郎は、首を振る。俺は、


 「最初だからいいんじゃない」


 と一人前の口を利いた。

 実は、理加にくっついているだけで、何のことやらわかっていなかったのだが。

 教養学部に通っていたときも、眠ってばかりいた。心霊学部に上がったことで、俺が活躍できるといいな、と思ってはいる。


 「まあ、竹野(たかの)先生やしね」

 「あ?」


 竹野といえば、俺にバンダナをくれた銀髪爺である。俺が絶対に敵わない奴なので、なるべく近付かないようにしていた。でも、理加が行くのなら、もちろん付いていくつもりである。


 昼食を終えて、食堂を出る。右手方向に、桜ヶ池がある。

 俺と純一郎が、初めて逢ったところである。

 あれは、余りよい思い出ではないな。理加が、ちらほら咲いている桜を眺めて、誰と言うこともなく呟いた。


 「四柱祭(しはしらさい)まで、あと半月くらいね」

 「うん。また、親父たちを泊めないといかんわ」

 「ねえねえ、何の話?」


 俺は、理加と純一郎の間に割り込んだ。どうも2人の距離が近すぎるように感じたのである。純一郎が、わざとらしく目を(みは)る。


 「あれ、去年、話さなかったっけ」

 「毎年話しているわ」


 理加がつっけんどんに言う。


 「なんでも、すぐ忘れるのよ。そのくせ、食べ物のことなんかは、覚えているのよね」


 そのまま黙ってしまったので、純一郎が説明してくれた。


 20年かそこいら前、桜ヶ池が荒れて、碰上キャンパス一帯が壊滅状態になった。

 原因調査に向かった先生や役人や民間人は全て行方不明になったことで、騒ぎになった。


 何回目かの調査隊が、そのまま異変を片付けてしまったのであるが、その時の調査隊長が竹野教授なのである。強いわけだ。この一連の事件を『碰上異変(ほうじょういへん)』という。


 それで、一応異変は治まったのだが、今後同じような事が起こらないよう、桜ヶ池に結界を張った。

 一年に一回、結界の劣化を防ぐために、祭式を執り行う。それが四柱祭である。祭名は、結界の拠点が四つあるところから来ている。


 「竹野教授って、もうじき定年だよね」


 説明が終わったところで、理加が言った。純一郎が首を傾げる。


 「まだ大丈夫やったと思うけど。定年になっても、身体が続く限りは関わってくれはるやろ」

 「でも、それって、苛酷(かこく)だよね」

 「その分、僕らが強くならな」


 歩いて学部まで来た。まだ昼休み中である。

 図書室へ行って、時間つぶしをすることになった。3人で階段を上った。


 ドアを開けると、壁面一杯の本棚が目に入った。真ん中は机と椅子、数台のパソコンが並んで、卒論にかかっているのか、4年生の先輩が何人か張りついていた。そのうちの1人が、俺達に気付いた。


 「よっ、心霊学部期待の三人組」


 大袈裟なことを言うから、他の先輩もこっちを見る。純一郎は当然といった風で、


 「期待の星第一号です」


 などと澄まして応える。その先輩は、仕事の手を休めて、俺達に向き直った。


 「今日から新学期なんだ」

 「ええ。ところで、卒論って、大変そうですね」


 先輩は、にやりと笑った。


 「まあ、他学部のように、バイト雇ってって訳にもいかないわね。私は特に、大学院へ進学したいから、力を入れているわ」


 「大貫さん、大学院へ行くのですか」


 純一郎は、先輩の意味不明な冗談を聞き流す。問答無用で、ここの大学院に進む前提である。心霊学に関していうならば、ここしかないのだから、それは正しい。


 大貫先輩は、すらりとした足を組んだ。小麦色の肌に、生き生きとした瞳が加わる。


 「もちろんよ。そのうち、国費で中国へ留学したいわ」

 「中国には、それ系統の大学とか、研究所といったものは、ありましたか」


 と、理加。


 「あるみたいだけど、軍部も関係するらしくて、日本人の私が入るのは難しいかも。表向きは、中国文化の研究ってことで、巷で商売している人達から、実戦を教えてもらおうと思っているの」


 「あちらは年季の入った霊が出る、と聞きます。行方不明に、ならないでくださいね」


 理加がいうと、冗談には聞こえない。しん、となったところで、大貫先輩がさり気なく話題を変えた。


 「次は、何の講義なの」

 「竹野教授の『心霊学総論』です」

 「ふうん」


 大貫先輩は、含み笑いをした。


 「何です?」


 さすがの理加も不安そうな顔つきになった。


 「いや、あれは、実に楽しい授業よ。頑張ってね、諸君」


 俺達がどんなに追及しても、先輩は口を割らなかった。どうせ、すぐにわかることだから、というのである。その通りである。おまけに新たな話題を振ってきたので、それ以上追求はできなかった。


 「今年の新歓コンパは、もう日程決まったの」


 気が付くと、他の先輩方も手を休めて俺達に注目している。理加が答えた。


 「コンパ委員は2年生なので、はっきりしたことはわからないのですが、例年通り、四柱祭の慰労会を兼ねると思います」

 「まあ、そうだろうな」


 と、他の先輩達が同調した。その先輩の中で、誰かが思い出したように、言った。


 「日置くん、久々に間宮さんに会えるわけだ」

 「あー、間宮美貴(まみやみき)ね」

 「おお、そいつは見物(みもの)だ。是非(ぜひ)出席させてくれたまえ」

 「よしてくださいよ」


 純一郎が、困った顔をする。

 間宮美貴は、理加よりひとつ下の教養学部生で、昨年の新入生歓迎コンパでは、いきなり初対面の純一郎の恋人宣言をしたという、心霊学部における有名人である。


 当然、身に覚えのない(と主張している)純一郎は面食(めんく)らって口も利けず、大貫先輩たちがうまく間宮を誘導訊問して、ようやく身の潔白を証明できたのであった。


 「ところで」


 大貫先輩が言った。


 「間宮さんって、うちの学部じゃないって、知ってた?」

 「えっ」

 「うそっ。知らなかった」


 図書室はたちまち、大騒ぎになった。理加も知らなかったらしい。切れ長の眼を見開いている。


 「え。じゃあ、文理6系で入ったんだ」

 「どこ、ちなみに?」

 「理Ⅲ」

 「それなら、近いですね」


 ポン大の学生募集は、学問の系統で行われるのが一般的で、文系理系それぞれ3つずつに分かれて入試を行う。

 理加のいる心霊学部だけは特別で、単独試験である。


 学問的には、文系でも理系でもなく、綜合人間学だ、というのが、例の竹野先生の持論であるが、理Ⅲは医学系であるから、これも人間学で近いと言えば近い。


 「こっちに上がってくるのでしょうか」


 純一郎が、不安げに尋ねる。先輩の一人が答えた。


 「そりゃあ、聞いてみないと、いけないね」

 「でも、希望しても、成績がよいだけでは入れないからね」

 「人は、見かけによらないからねえ。特に、あの子のバイタリティを見たら、何か持っていそうに思えてくる」


 慰めようとしているのか、からかっているのか、よくわからない。純一郎なんて、誰にでもくれてやるのに。

 理加に近付く奴は、生きた者も死んだ者も、俺が全部追い払ってやる。

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