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元ねこ、大学へ行く  作者: 在江
第三章
15/16

元ねこ、納得される

 後期試験も無事に終わり、理加は受講した講義全ての単位を取ることができた、と言っていた。

 先輩達の進路も決まり、ミニスカートの大貫先輩は碰上(ほうじょう)大学の大学院に進学することになった。中国へ行くのはまだ先の話だ。


 心霊学部を出て、そのまま大学院に進学する学生は、意外に多くない。心霊学部では、心霊学の他に専攻を持たなければならない。心霊学部の大学院はポン大しかないが、他の専攻ならば選り取りみどりである。霊能力を持っていると、他の学問もよくできるようで、他の学問で大学院進学を目指す学生の方が多いのである。


 理加と純一郎は、学部の送別会の幹事になった。送別会は、学部生だけで開催する。日程を調整し、店を予約し、案内状を発送する。俺も簡単な事務を手伝わされた。


 アドバイスを受けた純一郎と舞子は仲直りして、上手く行っているようだった。構内で二人に出くわした時も、純一郎は堂々と舞子を紹介し、舞子も嬉しそうに挨拶をしていた。


 まだ理加の家には来ないけれども、理加も急かす様子はなかった。成瀬は相変わらず手土産を持って家へ来る。美宇は出てこない。平穏な毎日が過ぎて行く。送別会が終われば後輩が尾婆(おばば)からやってきて、理加達は最上級生になる。


 送別会は、大学近くの小料理屋で行った。歓迎会と違って皆気心が知れているから、やや砕けた雰囲気である。

 一応竹野(たかの)教授の挨拶と乾杯があって、しばらく料理をつついてから卒業生の進路紹介をして、あとは自由に飲み食いできる。


 理加と純一郎は幹事だから、カメラを持って写真を撮ったり、酒やジュースが途切れないように気を配ったりしている。俺は刺身や魚の唐揚げを食って、用事を言いつけられた時だけ、動いた。


 「綾部さんは、卒業したらどうするの」

 「ここの大学院に進学して、できればそのまま大学に残って研究したいな。早川くんはどうするの」

 「僕は外交官を目指しているんだけど、試験に落ちたら国家公務員の上級職で外務省に入りたいな。貴重な能力を持っているのだから、大きなことに役立てたいよね」


 同期の早川は、大分酔っ払っている。それでもこの学部は、巷で定着する一気飲みは禁止で、理加のように酒に弱い人間には有り難いそうだ。

 理加は幹事であることを盾に、今日は一滴も飲んでいない。早川の酔言に、真面目な顔で答えた。


 「そうね。自分は何のために生きているのか、説明できる人生を送りたいわね」

 「うん、綾部くんは研究室に残ればいい。面白いから」


 ビール瓶を片手に握り締めた、竹野の爺さんが割り込んだ。その瓶から早川のグラスにどぼどぼと注ぎ、同じように早川から返盃を受けた。酒を注ぐのは止められないが、無理矢理飲ませるのは禁止である。先にグラスを空けたのは、竹野の爺いだった。


 「ちょっと教授。私には言ってくれないんですか」


 大貫先輩がずり上がったスカートを直しつつ、日本酒を竹野の爺に飲ませる。

 座敷だとわかっているのに、主義を優先した訳だ。そこで遠慮するようなら、大貫先輩ではない、とも言える。


 「大貫くんは、中国へ渡るのだから、縛るような事は言えないよ。それより、中国で面白いものを見つけたら、私にも見せ給え」

 「上手くいったら連れ帰ります。お楽しみに」


 ほほほ、と高らかに笑って、大貫先輩は引き下がった。

 そのうちに会費を集めるように純一郎に言われて、手伝った。精算し、頃合を見計らって風祭(かざまつり)助教授が中締めをし、無事に送別会は終了した。



 卒業式は、時計台のある講堂で行われる。毎年、テレビのニュースで風物詩のように報道されるくらいだから、テレビカメラも沢山くる。写真を撮られると、大概人間として写るのだが、心霊写真のようになる。


 心霊学部に入れるような学生は、動画でも、油断すると大概まともに映らない。訓練すれば大丈夫らしいが、俺など、人間どころか、何かの加減で猫として写ってしまう。撮影する人の時間を無駄にするのが申し訳ないので、心霊学部生は、カメラに映りたがらない。俺も、撮影されないよう気をつけて、理加の陰に隠れていた。


 心霊学部の卒業生が、まとめて出てきた。大貫先輩も、さすがに今日は袴履(はかまば)きである。花束を持って待ち受ける俺達を見つけ、手を振りながら小走りに寄ってきた。


 「卒業おめでとうございます」

 「ありがとう。でもまたすぐ会うんだよね」


 それぞれに花束が行き渡り、先輩達は去って行った。見送る後輩達も、それぞれに分かれて行った。俺と理加と純一郎が残った。


 「栗栖(くりす)さんは、ここに来ているの」

 「ああ、図書館で待ち合わせしとる。一緒にご飯食べよう思うて」


 屈託なく純一郎が答える。理加も、あっさりと別れを告げた。


 「じゃあ、ここで。お疲れ様でした」

 「新学期に」


 記念撮影の邪魔をしないように、東門へ向かう。学生生協の本屋まで来たところで、後ろから大声で呼び止める声が聞こえた。


 「綾部さーん!」


 渡会(わたらい)だった。一年中、素材の違いはあれど海辺で潮風に吹かれているような恰好をしている。そもそも顔がいつも日焼けしている。茶色い髪をなびかせて、走って追いついた渡会は、少し息を切らせていた。小脇に挟んだセカンドバッグから、封筒を取り出す。


 「夏休みに那須で会った時に写真撮ったやろ。渡そうと思うとったのに、なかなか機会がのうて。こんなところで悪いのやけれど」

 「ありがとう。現像代は?」


 理加は通行人を避けて、端に寄った。普段人通りが少ない北門も、この日は通行人が途切れない。渡会は首を振った。


 「焼き増しやないから、ええわ。それより、写真見てんか」

 「今?」


 問い返しつつも、理加は封筒から写真を取り出した。1枚ずつ眺める。

 ホテルの前で従業員を掴まえて撮ってもらった写真、ロビーで、庭先で撮った写真。この頃は、俺も写真の意味がわからず、普通に撮られていたな。理加も霊感なかったし。

 ふと、理加の手が止まった。黙って封筒ごと俺に手渡し、目を上げて渡会を見た。


 渡会に撮ってもらった、理加と2人の写真だった。ホテルの玄関先にある、植え込みを背景にしている。そこに写っているのは、大きな2匹の猫だった。片方は俺、もう一方は見知らぬ薄茶色の虎縞(とらじま)だ。


 理加の姿は、虎縞の後ろになって、ぼやけている。俺の人間としての姿は、半透明になっていて、ほとんど輪郭(りんかく)ばかりであった。立派な心霊写真である。

 渡会は、理加の反応に戸惑い、しどろもどろになって説明した。


 「僕、新聞部でぎょうさん写真撮っているのやけど、こんなん出たの初めてなんや。よほど凄い霊障があるのやないかと心配で、誰かに観てもらった方がええのと違うか」


 本気で心配している。この脳天気(のうてんき)男は、ジャーナリストなのに心霊学部がどういう学部か理解していないのか。理加はと見ると、目が点になっている。俺達はしばし心霊写真を囲み無言で立っていた。


 「あのね、渡会くん。私、猫憑(ねこつ)きなの」

 「彼も?」


 (ようや)く決心して理加が言ったのに被せて、問う渡会。理加はすぐに答えない。

 渡会はあくまでも真面目な顔を保っている。ここでジャーナリスト魂を発揮するとは、気の利かない男である。じれったくなって、俺が答えた。


 「俺は、元猫だ」

 「あ、道理で」


 意外にも渡会の反応は、驚愕でも恐怖でも嫌悪でもなく、納得だった。

 俺は写真を封筒に仕舞って、理加の様子を窺った。理加の方が驚いている。


 ポン大生からでさえ冷笑されるか嫌悪されるかの反応を示されることが多い心霊学部の学生が、猫憑きと元猫と名乗ったのだ。一笑に付されても当然のところ、単なる納得、という反応は、想定外もいいところである。


 純一郎が舞子と付き合う気になったのも、心霊学部と知った上で告白してきたからだろう。

 俺達の態度に頓着せず、納得した渡会は話し始めた。


 「知っとるやろけど、僕、もの凄う猫好きなんや。そっちの君なんて、最初に会うた時から気になって仕方のうて。綾部さんに猫が憑いたのは、最近のことやろ? 正確には覚えとらんが、夏休みに那須で会うてから気になり出したのや。思いもかけない場所で出会うて、親近感を覚えたせいかと思うとったわ」

 「気持ち悪くないの?」

 「その写真が、狐や犬憑きやったらだめだったかもしれん。僕、幽霊なんて見ない体質やし。でも、猫なら平気や。なあ、これからご飯食べに行かへんか。そっちの彼も一緒に行こうや。名前、まだ聞いとらんかったな」

 「俺は理斗だ」

 「理斗くん。おおかた、綾部さんの飼い猫やったのやろ。ご飯、どうや」

 「行く」


 珍しく名前を呼ばれて、反射的に返事をしてしまった。なんだか、一人前の人間扱いをされたようで嬉しかったのだ。渡会は理加を見た。


 「いいわよ」


 理加は肩をすくめて言った。

 俺は内心考えた。これは美宇の言う告白なのだろうか。答えは否、だ。ご飯を一緒に食べたぐらいで告白になるのなら、成瀬にも純一郎にも告白されたことになるからだ。

 実際には、同じ食事を共にする意味は成瀬と純一郎の間に大きな隔たりがあった。渡会はどちらに近いのだろう。


 連れ立って歩く2人の後から、俺は歩いて行った。歩きながらさっきの心霊写真を取り出して、もう一度眺めた。

 薄茶色の虎縞は、猫としてもなかなか可愛く感じた。美宇の生前の姿に違いない。

 この写真、貰えるように理加に頼もう、と俺は思った。

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