ジークハルトのお世話。
♢ ♢ ♢
ジークのお世話を一手に引き受けていた乳母のマーヤが孫の出産の手伝いの為にしばらくお暇を欲しいと申し出た。
彼が気難しく普通の侍女をそばに置きたがらなかったせいで、マーヤしか世話をするものがいなくて。屋敷の皆が困っていると聞こえてきたのがきっかけだった。
「わたくしに、彼のお世話をさせてくださいませんか?」
このまま距離が詰められないままだと離縁をしてもらうよう説得することもままならない。
そう思って声に出していた。
お屋敷では普段、朝食も夕食も家族揃って摂るのが当たり前であったのだけれど、ジークが夕食時にいたことは無い。
下手をすると朝食の場にも顔を出さず王宮に向かってしまい、帰ってくるのも皆の夕食が終わった頃。
自室で一人食事を摂るのが常だった。
そんな家族揃っての夕食の時間にエーリカは侯爵にそう直訴して。
「お世話をする、か。それは良いかもしれないね。ジークハルトも少しは君に心を開くかもしれないし」
「そうね。少しは距離が縮まってくれるかもしれませんものね」
ジークが相変わらずで、エーリカに手をだしてもいない、という事を良くわかっているのか、侯爵も夫人も二つ返事で了承して。
「しかし、どうするね。まともに正面から行っても拒否されてしまう可能性だってあるよ?」
「ええ、侯爵様。それについてはわたくしに、考えがございますわ」
そう笑みを浮かべる。
(ふふ。どうせ彼はわたくしの顔なんか覚えていらっしゃらないでしょうから。ね)
そう思いながら。
翌朝早朝。
しっかりとメイド服に着替えたエーリカは、マーヤの後についてジークの寝室に入った。
「ぼっちゃま。この間からお願いしてますけど、私しばらくお暇をいただくことになりました。その間このエリカがぼっちゃまの世話係になりますから、よろしくお願いしますね」
「ああ、マーヤおはよう。そうか、もうそんな時期か。孫のエミリが出産だって、大変だね。私のことなら心配しなくても良い。そんな女のメイドは要らないから」
「何をおっしゃいますか。ぼっちゃま一人じゃお着替えの場所もわかりませんでしょうに。夕飯や湯浴みだってどうするんですか? お一人じゃ困りますでしょう?」
「着替えなんて、別に同じものでも構わないし、風呂だって少しくらい入らなくても大丈夫さ」
「バカおっしゃい。いいですかぼっちゃま。貴方様はこの侯爵家の嫡男でございますよ? 世間にどう見られているか、そこまで考えなくてどうするっていうんですか!」
マーヤは強かった。
渋るジーク様を言い含め、エーリカを後任に押し込むことに成功して。
「エリカです。よろしくお願い申し上げます」
それでも、そうお辞儀をするエーリカに、目も合わせず返事も返してくれない彼。
もう、彼はほんとどんな女性に対してもこうなんだな、と、少し呆れるとともに。
こんな態度が自分だけに向けられていたわけでは無い。
それに何故かすこし安堵して。
まあ、彼に対する印象が最悪な事は変わらなかったのだけれど。