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仕度金。

 翌朝。

 父への手紙をお昼休みの時間にでも書こうかなと思いながら仕事に励み。

 真っ青な空の下、中庭の物干し場で侍女(メイド)仲間のマリーと一緒に洗濯を終えた大量のシーツを干している時。


「エーリカ? 侍従長様がお呼びよ?」


 先輩のラミアにそう呼ばれた。


「ああ、マリーごめんね、ちょっと行ってくる」


「うん、大丈夫よ」


「ここは私が手伝うわ。貴女は早く執務室へ」


「はい、わかりました」


 持っていた洗濯物をよっと受け取るラミアにすみませんと言って、中庭の扉に向かった。

 パタパタと早足で向かい屋内に入ったあと、赤い絨毯が敷き詰められた廊下の端っこをしずしずと歩き執務室へと向かう。

 内心ではあの例の縁談の話ではないかとちょっと不安におもいつつも、表情に出すのは抑えて目の前の扉をノックして。


「エーリカ、参りました」


 そう慎ましやかに挨拶すると、中から「入りなさい」と声がする。


(あれ?)

 いつもの侍従長の声ではないことに疑問を抱きながら扉を開ける。


「ああ、待ってたよエーリカ。今日はお客様と、それに君のお父様もいらしてる。そちらに腰掛けなさい」

 そこにいたのはこの屋敷のご主人様。アーバン・マグダネル伯爵その人だった。



 よくみると、どうやらエーリカが勧められた長椅子にはすでに父、ブラン・バークレー男爵が座っていて、彼女にとなりに座るよう目で指し示している。

 そして。

 向かい側、マグダネル伯爵の隣の椅子にもう一人。みるからに高位貴族とわかる気品のある方が椅子に深く座ってこちらを見ている。



「失礼いたします」と声をかけ父の隣に腰掛ける。

 怖い顔ででんと腰掛けている父。

 彼はエーリカが子供の頃からずっとこんな怖い顔しか見せてくれたことがない。

 普段から、彼女には命令するだけでまともに会話もしたことがなかったから、今の表情からもどんな気持ちなのかも計り知ることもできなかった。


「もうフランソワから聞いているよね? こちらはフォンブラウン侯爵閣下。君をご子息の伴侶にと望んでくださっている」


「ああ、でも、そんな」


「もうすでに侯爵閣下と男爵の間では話が進んでいるから。君はひと月後閣下のご子息との披露宴となるから、こちらでの仕事は今日を限りでおしまいでいいよ」


「え?」


「実家に帰って婚姻の準備を進めなさい。いいね」


 そんな有無を言わさない勢いで断言するマグダネル伯爵。

 フォンブラウン侯爵は笑みを浮かべ頷くだけ。

 父ブランはひたすら相槌をうっている。


 ああ。もうこれは。

 自分には拒否をするということはできないのだ、と。

 そんなふうに納得したエーリカ、その場は無言で頷いた。


 貴族の娘として生まれたからには政略結婚も覚悟しなきゃならない。

 それくらいは子供の頃から言い含められてきた。

 それでも。

 自分のような貧乏男爵家の四女にそんな政略結婚の価値なんかない。そう思い込んでいたのが間違いだったのだと、今更ながらに気がついて。


 同僚の皆に挨拶もそこそこに馬車で伯爵家を後にする。馬車の中で「披露宴用のドレスあわせなどで明日から忙しくなるぞ」という父ブラン。

(オートクチュールのドレスだなんて、そんなお金うちにあるのかしら?)

 そんな疑問にポカンとした顔をしたのをめざとく気がついたブランは、

「支度金をたんまり頂いているから金の心配はしなくて良い。お前は一ヶ月後に備えて自分の身を磨くことだけ考えなさい」

 と、エーリカに一言だけ云って黙り込む。


(ああ。わたくしはお金で売られたのだ)


 それは、エーリカがそう実感するに充分なシチュエーションだった。

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