アナスターシア。
なんだか霧がかかってしまったようになっていた頭が、少しはっきりしてきた。
目の前にいるのは、もしかしてアナスターシア様?
なんですぐ気が付かなかったのか……。
かぶりを振ってもう一度ちゃんとその彼女の顔をみる。
ああ、うん、間違いなさそう。
(もしかして、さっきいただいたジュースってお酒だったのかしら?)
そう思い至り、少し反省する。
気分が良くなったのは良かったけれど、危うく本日の主役に失礼な事をしてしまうところだった。
「ごめんなさい。アナスターシア様ですよね? どうしてこちらに?」
主役はあの人混みの中心にいるはず、と、勝手に思っていた。
まさかこんな端っこのテーブルになど来るわけがない、と。
ここにもお料理は確かにあるけれど、それは会場中に満遍なく置かれているから、で。
当然中心に近い場所とか王族方がたくさんいらっしゃる所とかにもたくさんのお料理が並んでいるから、わざわざこんな端まで来る必要はないのに。
「わたくし、あんまりああいう人混みは好きじゃないんです。息苦しくて」
そういうとコケティッシュな笑みを浮かべ小首を傾げる。
その仕草がなんだかとても可愛らしくて、好感が持てたエーリカ。
釣られて自分も笑みをこぼした。
「わたくしも、苦手です」
「あら。一緒ですね」
「ふふ。ですね」
なんだかすごく感性があう。彼女は王子妃になるお方。
自分とは身分も違いすぎるのに。なんとなく仲良くできそうな気がした。
そう思ってしまうと余計に先ほどの醜聞が気になってしまう。
彼女がそんな、王子を乗り換えて何も感じないようなそんな女性には見えなくて。
地位のために、たとえ政略結婚だとしても、それに従うしかない自分のような女には思えなくて。
(この人はきっともっと強い。自分をちゃんと持っている)
そう、思えて。
「お幸せ、ですか?」
思わずそう聞いていた。失礼だとかそんなこと、考える間も無く。
ついついそう言葉がでてしまっていた。
「ええ。ありがとうございます。わたくし、多分、今が一番幸せなのだと思いますわ」
そう満面の笑みで答えるアナスターシア。
「実は、ここだけの話ですよ?」
エーリカの耳元に近づいて、
「ナリス様はわたくしの初恋の相手だったのです」
そう囁いて頬を赤らめる。
その表情がとてもかわいらしくて。彼女が真から幸福に浸っているということがわかって。
なんだかとても嬉しく思うと同時に、すごく羨ましくも思えて。
「でも。みなさまわたくしの醜聞を噂して面白おかしく話していらっしゃるから、なんだかあの輪の中にいるのは苦痛なのですよ……」
「あ、あの……」
「貴女もやっぱりご存じですよね? あんな大勢の前での出来事でしたもの」
さっきまでの幸せそうな顔から、シュンとしょんぼりうなだれてしまったアナスターシア。
「あ、いえ。わたくしは社交界には疎くて、こういう会にも今日初めて参加したくらいなので、先ほど周囲のご令嬢方が変な噂ばなしをしていたのが聞こえてきただけなんですけど」
「そう。だからわたくしの顔を見ても嫌な顔をなさらなかったのね。わたくしそれが嬉しくって」
シュンとしていた顔が、またすぐ明るい笑みに変わる。
コロコロ変わるそんな彼女の表情。
それがとても好ましく思えていた。




